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第二話
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都内にある、某私立高校。
今日は二学期の始業式だった。
久しぶりに会った生徒たちは、今期始まったドラマや最近発売された新曲など、高校生らしい話題に花を咲かせている。
「おいハル、どうしたんだよその頭!」
「へへへー。いいだろー」
一人の男子生徒が教室に入ってくると、途端に話題の中心をさらっていく。
「……自分で染めたのか、それ」
「すげえウン……チャパツだな!」
「今さ、ウンコ色って言おうとしただろ」
話題の中心にいる男子生徒……青海春は、その名前にも見た目にも非常に似合わない髪色をしていた。
ブリーチに失敗したのか、ところどころ色の抜けきっていない汚い金髪で、色を重ねられたところも海底の泥のような色、なんども薬剤に浸したのか痛みきった毛先も相俟って、全体は錆びたような赤茶色だった。
「いやー、こーゆーのってさ、大人になってからだとハゲるって言うじゃん? 今だからこそ、だよ。来年からどうなるかもわかんねえし、髪も今のうちにとことんいじめてやらないとな!」
「マジかー。俺も染めようかな」
「ウチのガッコ、厳しくないもんな」
「うちは親がなー」
男子の盛り上がりに対して、女子はあからさまに引いていた。
予鈴が鳴り、いくつかできていたグループは自動的に解散される。春も自分の席に着いた。
「ちょっと」
後ろの席から春を呼ぶのは、幼馴染みの秋吉毬子だ。
「なんだよ、毬子も羨ましいの?」
得意げに前髪を搔き上げる春に対して、毬子は冷めた目で言う。
「あんたさ、ハゲるよそれ」
「るっせーなぁ。わかってんよ。だーかーら、今だけなんだって! ハゲてからだと染めたり遊んだりなんもできねーだろ!」
「 あのねぇ……調子乗らないでよ」
「毬子のも俺が染めてやろうかー?」
「ちょっ……」
丸めた教科書を手にした毬子が大きく振りかぶったところで、本鈴が鳴った。
その日の夕方。
髪のことではなく、主に成績のことで先生からお説教を食らっていた春は、足取りも重く帰路についていた。
今年で三年。部活動も夏で引退し、先生たちは口を開けば進路、進路、進路。自分で痛めつけるまでもなくハゲそうだ。
高校最後の夏休み、パーっと遊ぼうと誘った友達は、やれ勉強合宿やれ大学のオープンキャンパスと、ほとんどつかまらなかった。
「はぁ……」
自然と、ため息が漏れる。
力の抜けた歩き方をしていたのが悪かったのか、歩道橋を降りたところで誰かとぶつかった。
「すいませ……」
「おい」
一言詫びを入れてさっさと立ち去ろうとした春は、その男に二の腕を掴まれた。
「なんだよ……ですか」
面倒なタイプの人とぶつかった……そう思った春だが、目の前に迫るとても機嫌の悪そうなお顔に気圧され、つい敬語になってしまう。
確実に、身長は春より十センチは高い。細身だがガリではなく、少なくとも春の周りにこんなスタイルのいい人間はいない。肩にかかるくらいの長さの金髪を後ろで一つに括っているが、無造作なように見えて手入れの行き届きが十二分に感じられるほど、色艶が良かった。そして何より、なんかいい匂いがする。
「いいから来い」
「え、え……? ちょっと!」
中学の時から軽音部。ギターより重いものを持ったことのない春に、彼の手を振りほどくのは無理な話だった。
無理やり連れてこられたのは、すぐ近くにあった美容室。春が通う高校の通学路沿いにあって、よく女子たちがぎゃーぴー言いながら覗きをしている店だ。もちろん入ったことはないし、入ろうと思ったこともない。美容室自体ご無沙汰だった。
「何なんだよアンタ……」
問答無用で椅子に座らされ、袖がないタイプのエプロンを巻きつけられる。身動きを制限された春は、羽虫の抵抗を試みるが……
「動くな。ケガするぞ」
「ハイ」
チョキンチョキンと、リズミカルな金属音が耳元で鳴り響き……
銀色に光る先の鋭いハサミを手に、殺し屋のような目をした男が春を見下ろしているのが鏡ごしに見える。春は目を閉じてじっとするしかなかった。
「おい」
「……ハイっ!」
怖くて目も開けられず、何をされているのかもわからずされるがままだったので、どれくらい時間が経ったかわからない。身動き一つしていないはずだが、何か気に触るようなことでもしたのだろうか……
「椅子、倒すぞ」
「え? あ、ハイ」
ゆっくりと背中が倒れていく。恐る恐る目を開けると、頭にラップのようなものを巻かれた自分が鏡に映っていた。
椅子は体に一番負担のかからない絶妙な角度でストップする。アレだ、家具の展示場にお試し用に置いてある、お年寄りが寝るベッドのアレだ。
椅子の居心地良さに甘え切っていると、シャーという音がして頭に心地良い温度のお湯が染み渡る。あれ、普通シャンプーする時って、台のところまで歩いて行ったりしなかったっけ。
そしてアレ……今まで嗅いだことのないい匂いのするシャンプー。力加減もちょうどよく、まるで気持ちいいところが分かっているかのような指運び。アレ、痒いところありませんかーのヤツもなかった。あれさ、シャンプー中に聞かれても、シャワーとか店の音とかで結構声張り上げないといけないから辛いんだよな……
あれ、まてよ。シャンプーする時に顔にかける臭い布もないぞ……
「……ぃ、おい」
「んー……っあー! よく寝たー!」
「だろうな……」
聞き馴染みのない声。吸い馴染みのない空気。 春は辺りを見回した。
「え……ここって……」
美容室でよく見る道具を片付けている長身のイケメンを見て、全てを思い出した。
慌てて鏡を見る。
「えっ……これ……おれ?」
やっすい薬剤で自分で染めたせいで、赤茶……ウンコ色になっていた髪は、落ち着いて高級感のあるダークブラウンに。だが自然な感じにまとまった髪が遊び心も演出していて、高校生らしさを損なっていない。
元々癖っ毛気味で、それをコンプレックスにも感じていた春。ストパをかける金もなく、母親のヘアアイロンを訳もわからず使ってヤケドをしたのも、一度や二度じゃない。
それが今は。コンプレックスなどどこ吹く風、店内の照明をキラキラと跳ね返す堂々っぷり。
「……雑誌のモデルかよ」
一応確認するが、鏡の中の自分も同じ動きをしていた。
「一通り見惚れたら、そろそろ帰ってくれないか。店、閉めたいんだが」
片付けを終えたらしい男は、受付の台に軽く腰掛けて鍵を弄んでいた。
「あ……あ! すみません!」
春は入り口脇のソファーに投げてあったカバンを漁る。
「すいません……あの、おれ、今これしかなくて……」
あんなウンコみたいな髪をここまでするには、かなりの金がかかったはずだ。……まあ、この人の技術によるところが大きいのだろうが、それにしたって今の春の手持ちでは到底足りないだろう。
「230円……」
財布を開いて、春は絶望した。これじゃ、今はジャンプも買えない。
財布を覗き込んで、若干哀れみの表情を浮かべてから、男は言った。
「金はいらねえよ。俺が勝手にやっただけだ」
「え……? でも……」
「そのかわり──」
男が凄みをきかせてくる。春は店で奴隷のようにこき使われ、集めた髪の毛を食べさせられるという拷問を想像しかけた。
しかし、差し出されたのは髪の毛ではなく、一枚の名刺だった。
「お前みたいな髪質は、定期的にケアしないとハゲるからな。最低でも月イチ」名刺を裏返し、そこに書いてある手書きのアドレスを指す。
「でもおれ……月イチで美容室通うカネ……」
「カネがいると言ったか?」
男は春の財布から学生証を抜き取り、悪戯っぽく笑って言った。
「カットモデルってやつだよ。お前には、俺の練習台になってもらう。よろしくな、ハル」
今日は二学期の始業式だった。
久しぶりに会った生徒たちは、今期始まったドラマや最近発売された新曲など、高校生らしい話題に花を咲かせている。
「おいハル、どうしたんだよその頭!」
「へへへー。いいだろー」
一人の男子生徒が教室に入ってくると、途端に話題の中心をさらっていく。
「……自分で染めたのか、それ」
「すげえウン……チャパツだな!」
「今さ、ウンコ色って言おうとしただろ」
話題の中心にいる男子生徒……青海春は、その名前にも見た目にも非常に似合わない髪色をしていた。
ブリーチに失敗したのか、ところどころ色の抜けきっていない汚い金髪で、色を重ねられたところも海底の泥のような色、なんども薬剤に浸したのか痛みきった毛先も相俟って、全体は錆びたような赤茶色だった。
「いやー、こーゆーのってさ、大人になってからだとハゲるって言うじゃん? 今だからこそ、だよ。来年からどうなるかもわかんねえし、髪も今のうちにとことんいじめてやらないとな!」
「マジかー。俺も染めようかな」
「ウチのガッコ、厳しくないもんな」
「うちは親がなー」
男子の盛り上がりに対して、女子はあからさまに引いていた。
予鈴が鳴り、いくつかできていたグループは自動的に解散される。春も自分の席に着いた。
「ちょっと」
後ろの席から春を呼ぶのは、幼馴染みの秋吉毬子だ。
「なんだよ、毬子も羨ましいの?」
得意げに前髪を搔き上げる春に対して、毬子は冷めた目で言う。
「あんたさ、ハゲるよそれ」
「るっせーなぁ。わかってんよ。だーかーら、今だけなんだって! ハゲてからだと染めたり遊んだりなんもできねーだろ!」
「 あのねぇ……調子乗らないでよ」
「毬子のも俺が染めてやろうかー?」
「ちょっ……」
丸めた教科書を手にした毬子が大きく振りかぶったところで、本鈴が鳴った。
その日の夕方。
髪のことではなく、主に成績のことで先生からお説教を食らっていた春は、足取りも重く帰路についていた。
今年で三年。部活動も夏で引退し、先生たちは口を開けば進路、進路、進路。自分で痛めつけるまでもなくハゲそうだ。
高校最後の夏休み、パーっと遊ぼうと誘った友達は、やれ勉強合宿やれ大学のオープンキャンパスと、ほとんどつかまらなかった。
「はぁ……」
自然と、ため息が漏れる。
力の抜けた歩き方をしていたのが悪かったのか、歩道橋を降りたところで誰かとぶつかった。
「すいませ……」
「おい」
一言詫びを入れてさっさと立ち去ろうとした春は、その男に二の腕を掴まれた。
「なんだよ……ですか」
面倒なタイプの人とぶつかった……そう思った春だが、目の前に迫るとても機嫌の悪そうなお顔に気圧され、つい敬語になってしまう。
確実に、身長は春より十センチは高い。細身だがガリではなく、少なくとも春の周りにこんなスタイルのいい人間はいない。肩にかかるくらいの長さの金髪を後ろで一つに括っているが、無造作なように見えて手入れの行き届きが十二分に感じられるほど、色艶が良かった。そして何より、なんかいい匂いがする。
「いいから来い」
「え、え……? ちょっと!」
中学の時から軽音部。ギターより重いものを持ったことのない春に、彼の手を振りほどくのは無理な話だった。
無理やり連れてこられたのは、すぐ近くにあった美容室。春が通う高校の通学路沿いにあって、よく女子たちがぎゃーぴー言いながら覗きをしている店だ。もちろん入ったことはないし、入ろうと思ったこともない。美容室自体ご無沙汰だった。
「何なんだよアンタ……」
問答無用で椅子に座らされ、袖がないタイプのエプロンを巻きつけられる。身動きを制限された春は、羽虫の抵抗を試みるが……
「動くな。ケガするぞ」
「ハイ」
チョキンチョキンと、リズミカルな金属音が耳元で鳴り響き……
銀色に光る先の鋭いハサミを手に、殺し屋のような目をした男が春を見下ろしているのが鏡ごしに見える。春は目を閉じてじっとするしかなかった。
「おい」
「……ハイっ!」
怖くて目も開けられず、何をされているのかもわからずされるがままだったので、どれくらい時間が経ったかわからない。身動き一つしていないはずだが、何か気に触るようなことでもしたのだろうか……
「椅子、倒すぞ」
「え? あ、ハイ」
ゆっくりと背中が倒れていく。恐る恐る目を開けると、頭にラップのようなものを巻かれた自分が鏡に映っていた。
椅子は体に一番負担のかからない絶妙な角度でストップする。アレだ、家具の展示場にお試し用に置いてある、お年寄りが寝るベッドのアレだ。
椅子の居心地良さに甘え切っていると、シャーという音がして頭に心地良い温度のお湯が染み渡る。あれ、普通シャンプーする時って、台のところまで歩いて行ったりしなかったっけ。
そしてアレ……今まで嗅いだことのないい匂いのするシャンプー。力加減もちょうどよく、まるで気持ちいいところが分かっているかのような指運び。アレ、痒いところありませんかーのヤツもなかった。あれさ、シャンプー中に聞かれても、シャワーとか店の音とかで結構声張り上げないといけないから辛いんだよな……
あれ、まてよ。シャンプーする時に顔にかける臭い布もないぞ……
「……ぃ、おい」
「んー……っあー! よく寝たー!」
「だろうな……」
聞き馴染みのない声。吸い馴染みのない空気。 春は辺りを見回した。
「え……ここって……」
美容室でよく見る道具を片付けている長身のイケメンを見て、全てを思い出した。
慌てて鏡を見る。
「えっ……これ……おれ?」
やっすい薬剤で自分で染めたせいで、赤茶……ウンコ色になっていた髪は、落ち着いて高級感のあるダークブラウンに。だが自然な感じにまとまった髪が遊び心も演出していて、高校生らしさを損なっていない。
元々癖っ毛気味で、それをコンプレックスにも感じていた春。ストパをかける金もなく、母親のヘアアイロンを訳もわからず使ってヤケドをしたのも、一度や二度じゃない。
それが今は。コンプレックスなどどこ吹く風、店内の照明をキラキラと跳ね返す堂々っぷり。
「……雑誌のモデルかよ」
一応確認するが、鏡の中の自分も同じ動きをしていた。
「一通り見惚れたら、そろそろ帰ってくれないか。店、閉めたいんだが」
片付けを終えたらしい男は、受付の台に軽く腰掛けて鍵を弄んでいた。
「あ……あ! すみません!」
春は入り口脇のソファーに投げてあったカバンを漁る。
「すいません……あの、おれ、今これしかなくて……」
あんなウンコみたいな髪をここまでするには、かなりの金がかかったはずだ。……まあ、この人の技術によるところが大きいのだろうが、それにしたって今の春の手持ちでは到底足りないだろう。
「230円……」
財布を開いて、春は絶望した。これじゃ、今はジャンプも買えない。
財布を覗き込んで、若干哀れみの表情を浮かべてから、男は言った。
「金はいらねえよ。俺が勝手にやっただけだ」
「え……? でも……」
「そのかわり──」
男が凄みをきかせてくる。春は店で奴隷のようにこき使われ、集めた髪の毛を食べさせられるという拷問を想像しかけた。
しかし、差し出されたのは髪の毛ではなく、一枚の名刺だった。
「お前みたいな髪質は、定期的にケアしないとハゲるからな。最低でも月イチ」名刺を裏返し、そこに書いてある手書きのアドレスを指す。
「でもおれ……月イチで美容室通うカネ……」
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