はるになったら、

エミリ

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第十三話 side AKITO

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 今日はクリスマスイブということで、都内のあちこちで関連のイベントが開かれていた。
 ファッション雑誌企画のクリスマスパレードもその一つ。各雑誌の専属モデルや読者モデルはもちろん、その年に活躍した俳優やタレントもランウェイを歩く。ステージ上では音楽ライブも行われ、毎年恒例の一大イベントとなっていた。
 午後七時。ステージ上はまだ音楽ライブの最中だが、モデルたちはひとまずお役御免となり、それぞれが自由に過ごしていた。
 クリスマスパレードにゲスト出演した冬哉も、充てがわれた個室でくつろいでいた。
「暁人くん、お姉ちゃん明日の準備とかもあってもうちょっとかかるけど、先に帰る?」
「待ってるよ。ここいてもいい?」
「うん。明日はこの部屋、別の人が使うから整頓しておいてねー」
 奈津子は衣装の入った大きなバッグを肩にかけ、楽屋を出て行った。
 冬哉がゲスト出演するのは一日目のみ。明日は別の人気タレントが来ることになっていた。
「はあ。日程入れ替えられたら、終業式出れたのにな……」
 誰もいない楽屋で、冬哉はため息をつく。
 ゲスト枠の出演とはいえ、冬哉はまだまだ若手。たとえ試験の日と重なっても、日程の融通は利かせてもらいにくかった。

 冬哉──暁人が芸能活動をしていることは、学校でも校長やほんの一部の先生しか知らない。
 小学生の時、子役として出演した映画がヒットした。
 当時通っていた小学校は、他の生徒の学校生活にも支障をきたすとかなんとか言って、暁人の芸能活動をよしとしなかった。
 親代わりだった姉も当時はまだ若く、立場も弱かった。学校側と不毛なやりとりをしている間に情報が漏れ、学校に記者やファンがやって来るようになってしまう。
 暁人は転校を余儀なくされ、芸能活動をしていることを隠して、春や毬子が通う小学校へ転校したのだ。

 春も毬子も、暁人が帯刀冬哉だということを知らない。だが、この先ずっと隠していくつもりはなかった。
 毬子は案外気づいているのかもしれない。気づいていなかったとしても、案外あっさりと受け入れてくれそうだ。
 でも春はどうだろう。
 知ったら、春はどう思うだろうか。
 知っても、春は変わらず友達でいてくれるだろうか。
 暁人は、転校する前の小学校でクラスメイトが自分に向けた畏怖の目を思い出した。それまでは仲もよく普通に遊んでいたのに、ある日を境に急に態度が変わった。
 子供だから、影響されやすかったのかもしれない。暁人は別の世界で生きる人間なのだと、心のどこかで思っていたのだろう。
 春にそんな目を向けられると思うと、怖くて言い出せなかった。
「ハル……」
 宿題のことで泣きついてきやしないかと、暁人はスマートフォンでトークアプリを開いた。新しいメッセージはない。
「範囲知らないふりして聞こうかな」
 冬休みの宿題の範囲は、担任から事前に知らされている。必要な教材もすでに手元にあった。
 暁人が宿題の範囲について問う文章を作成していると、着信が入った。不意打ちに思わずスマートフォンを落としそうになる。
 千羽からだった。暁人は一瞬眉根を寄せ、着信を無視する。しばらくすると留守録のメッセージが再生された。
 だが、留守電に切り替わった途端電話は切れた。
 暁人は安堵して、春へのメッセージの続きを打とうとする。しかし、そこへまた着信が。
「……ああもう」
 根負けした暁人は、何度目かの着信で電話に出た。すると、開口一番「遅い!」と怒鳴られる。
 暁人はスマートフォンを耳から数センチ離し、不機嫌な声を隠さずに言う。
「それ、今日一日中音信不通だった人が言う? 一方的に締め出しといて、随分身勝手なん──……え?」
 千羽の声は、早口で聞き取りにくかった。暁人は受話口を耳に近づける。
「……ハルのスマホの、ロック解除番号……?」
 怒っているようにも、泣いているようにも聞こえる千羽の声に、暁人もただならぬ状況を感じ取る。
「ハルに、何かあったの?」
 千羽は答えない。
「ねえ、何があったのかくらい教えてよ。ハルのスマホをたまたま拾っただけだとか、下手な嘘は無しだからね」
 沈黙が返ってくる。
 電話の向こうは、静かだった。千羽の息づかいがかすかに聞こえてくるだけ。
 何か戸惑うような、喉が詰まるような音の後に、千羽は弱々しい声で言った。

『……頼む、暁人』

 暁人の中で、何かが音を立てて弾けた。同時にアドレナリンに近いものが頭の中に満ち、驚くほど冷静になった。
「……解除番号は、0330。ハルの誕生日だよ」
 短い礼の後に、電話は切れた。不通音が鳴り終わっても、暁人はスマートフォンを耳から離せなかった。
 どこにも繋がっていない電話に、暁人は声を吹き込む。
「メリークリスマス」

 千羽が春に構うのは、決して興味本位ではないとわかっていた。春も春で、いつの間にか思考の中心に千羽がいる。
 暁人がこれまで築いてきた人間関係は、仲を繋ぎ止めておこうと努力した結果だと思っていた。だからこそ、短期間で千羽に懐いていった春に、短期間で春の心を掴んだ千羽に、言いようのない不安を覚えた。
 それはある種の嫉妬だったのだと思う。
「……なんでこう、うまくいかないんだろう」
 暁人は、画面が消えて鏡のようになったスマートフォンを見つめながら呟いた。
 真っ暗な画面には、暁人の顔が映っている。心が音を立てるほどかき乱れているのに、画面の中の暁人はいつも通りだ。
 暁人は大きく深呼吸する。そして、自分の心を奥底に封じ込めた。もう音もしない。
 春にあてたメッセージを削除し、スマートフォンをカバンにしまう。そして、年明けから撮影が始まる主演映画の台本を取り出した。
 ──自分が世界の外側に過ぎないのなら、とことん外側を演じる。ただそれだけだ。もう二度と、大切なものを失いたくないから。

 台本を読み込む暁人の横顔は、すでにのものではなかった。
 
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