犬系男子と鳳仙花

四乃森ゆいな

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第二章

第10話「どうして、仲良くなろうとしてるんだ」

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 無事に新作ゲームを購入することが出来たオレは、すぐさま店を出て最寄り駅へと向かう。お昼間際ということで夕暮れ時のような目が眩みそうになる混雑ぶりは起こっていない様子だった。

 寧ろそれでいい。これ以上の混み具合が発生していたら、行きと同じく40分弱徒歩で帰宅する羽目になってしまう。体力に関しては講義で削れているために、そんな追い打ちをされたら逆の意味で精神が削れることになる。……あぁ、空飛びたい。

 そんな現実逃避を試みようと思っても、ここは異世界でも無ければ、現実×ファンタジーが入り混じったような世界線でもない。極々普通の世界なため、そんな夢は同じ夢の中に置いてくるとしよう。

 下り各駅電車に乗れば2分ほどで駅に到着する。
 でなければ朝が徒歩だったとしても大学には通いたくない。通学時間、大事。

『──まもなく、3番線に各駅停車、○○○行きが8両編成で参ります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください』

「……今から帰るってなると。大体、1時半ぐらいか。だったらお昼作って、それからやるか。……楽しみだな」

 ぎゅっと、カセットの入った袋を抱き締める。もしも落としたら買い直しや手続きやらが必要となってまた面倒なことになる。早く帰ってプレイするためにも、出来る限り損傷が出ないようにするには、こうした方が適切だ。

「──そんなに楽しみなんだ~。顔にそう書いてあるよ! 意外と可愛らしいところもあるだね」

「……何なんだよ、お前」

 背後から覗き見るかのように顔を突き出してきたのは、またもやYだった。
 平然のように話しかけてきたYから距離を取るべく、後方車両の方へと移動する。先頭車両の方が出口近いから出来れば離れたくないが……。仕方がない、これはやむを得ない犠牲だ。……っく!

「その華麗すぎるボケに対しては、つっこんだ方がいいのかな?」

「………………」

 独り言には他人が関与するのはNGなんじゃないのか。今ストーカー、思いっきりオレ心の中読んできたんですけど。そっか、これが異世界ファンタジーでの特権ってやつなのか。……反則すぎるだろ、このストーカー。

「……はぁああ」

 オレはやがて逃げきれないと確信し、恐る恐る後ろを振り返る。
 そこには後ろで腕を組みながら微笑みを向けてくるいつもの顔があった。たった数日の間だけで随分と見慣れた顔となったものだ。家族以外の顔をこうしてまともに見るなんて、いつぶりだろう。

「……あのさ。何でそう着いてくるわけ」

「何でって……。そりゃあ、仲良くなりたいから?」

「な、仲良く……?」

 彼の言葉に動揺せざるを得なかった。
 大学キャンパス内にかつての知り合いはいない。高校はまだしも中学時代のクラスメイトや同級生に遭遇する恐れもあり、少しでも遠くの、ある程度の偏差値が必要の大学に入った。よってオレの体質を知る人間はどこにもいない。

 だからこうして、体質を知らずに友人関係を望まれる可能性は決してゼロじゃない。
 ゼロではないが……まさかこいつに言われるなんて、誰が想像出来ただろう。

 いつも講堂の真ん中で、誰かしらと対話を繰り広げているような奴が、たった1回、落とし主と拾い主になっただけの関係なのに。……何で。

「……何で──」

 その瞬間、会話を遮るように電車が横切る音が響き、同時に声も掻き消される。

「…………ぁ」

「あ、電車来たよ。どうしたの? この電車でしょ、待ってたの」

「そう……だけど」

 聞きたい内容が多すぎて、頭の中で整理がつかない。

 どうしてオレみたいなのと仲良くなろうとするのかとか、どうしてそんなに必死なんだとか。……たった一度繋がっただけの関係で、どうして、仲良くなろうとしてるんだ。

 この際、話してしまう方がいいんだろうか。
 一度拒絶したのに、その翌日には何事もなかったかのような対応でオレに再度落とし物を届けてくれた。そんな彼になら話しても……話したら、遠ざかってくれるんだろうか。

「聞きたいこと、あるみたいだから」

「……っ!」

「ほら、乗ろ!」

 扉が開き、降りる利用客もいれば残る利用客もいる。運が良いのか真正面の扉からは誰1人として降りる客がおらず、扉付近で歩みを止めた彼はオレの腕を掴もうとしたのか、左手を伸ばしてきた。

 俯いて考え込んでいたオレはその声に呼び戻され、不意に目の前を向く。

 ──瞬間、脳内にふと『悪夢』に出てくる“自身へ伸びてくる手”が浮かんだ。


(怖い……嫌だ……来ないで、もう……許して――)


「────やめろっ!!」


「……っ、……」


 言葉は刃物だ。使い方を間違えれば、立派な凶器となる。

 5年前──オレはその刃物で、家族を傷つけた。そして、今もまた……知らない誰かを、たった一瞬で傷つけた。そしてそれを理解するのはいつも……

 はっ、と意識はすぐに彼へと向けさせられる。

 友好関係を築こうとしてくれているようでも、オレからすれば名前さえ聞いたことがないあかの他人同然。いや……もうあかの他人じゃない。知り合いだ。

 ほぼ強引だったけど、あいつへ向けていた意識は確実に見知らぬ他人へと向けるようなそれじゃなかった。かつていた友人に向けるような、気を許す心そのものだった。

 謝ったところでそれは最早過去。流れ去ってしまった時間には逆らえない。
 あのときに見た家族の動揺を隠せない顔を、今でも鮮明に覚えてる。

 オレはまた、取り返しのつかないことをしたんだ。たとえ他人との関わりがダメになった今でも、良心は健在だ。今オレが何をしたのかを理解出来ないほど、腐ってはいない。

 強引だったとはいえ、友好関係を作ろうとしてくれていた人をオレは、その意志さえ否定してしまったのだ。

 謝って済む問題じゃない。
 けどこのまま電車に乗ったりホームから去ったりするのは……してはいけない選択肢だっていうのはもう、わかってるから。

「ご、ごめ……──」

「あー……なるほど、ね。ごめん、さっ帰ろ!」

「えっ……?」

 顔を上げた先に待ち受けていたのは、正午大学の裏庭で見た、まるで何事もなかったかのような真っ直ぐな笑みをした彼だった。

 ……余計に頭の中が混乱した。
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