犬系男子と鳳仙花

四乃森ゆいな

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第二章

第11話「異世界ゲームは反則だ」

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 オレは今、あのときと同じようにこいつの意志を拒絶した。手を伸ばすことなく「乗ろう」と言ってくるところを見るに、オレの拒絶を確かに理解した上なんだろうけど。

 それでも尚、どうしてそんな顔が出来る……。

 他人を寄せ付けることをしてこなかったオレには、お前の心境がわからない。けどただ1つ、わかることがあるとすれば──オレが拒絶した本当の意味を、理解しているということだけだ。

『発車します。お気をつけください』

「ほーら早く! もうすぐ出発しちゃうよ!」

「……あ、あぁ」

 放心状態だったオレは、電車が出発する合図が鳴っていることに気づくのが遅れ、扉が閉まるギリギリのタイミングで乗車することとなった。

 ……ふぅ、間に合ってよかった。
 気になることが多すぎて半分忘れかけてたけど、これで予定した時間に家に帰れそうだ。声をかけてくれたストーカーにも感謝しないと。……って、あれ?

 一息を吐く間に、自分の中で1つの疑問点が生まれた。
 何でオレ、あの笑みを見ても、こいつの声を聞いても、何も思わないんだ……?

「どうかしたの?」

「あ、いや……別に。何でもない」

「そう? ならいいんだけど」

 というか今更だが、当たり前みたいに同じ電車乗ってるよこのストーカー。家の場所も知られてるし。……真面目に引っ越し、考えた方がいいかなこれ。

「…………」

「ふっふふ~ん、ふっふふ~ん。ふっふっふ~ん♪」

 横目でチラリと覗き見をするが、そこには本当に自分は着けられているのだろうかと疑うほど鼻歌を小声で奏でながらスマホ画面をスライドするストーカーの姿が。……何だろう。ここ数日、マンション前やら講義の最中やら、焼けにアイコンタクトやら挨拶やらを繰り返してくるせいで完全にストーカーかなんかだと思ってたけど。実際にこいつの側まで来るとわかる。どこがストーカーなんだ?

 考えてみれば不自然なところだらけだ。

 マンションの前で待っていた意図まではわからないが、こうして同じ電車を乗ってるってことは案外近くにこいつの家があるのではないかと、そう推測出来る。

 それに、今日発売のこのゲームだってそう。
 どうしているんだという感想で全く耳に入ってはいなかったが、かなりこのゲームについての情報を知ってるっぽかった。なら純粋に、見に来たっていう線だってある。

 完全に『ストーカー』と断定づけるのは、やっぱり違うか。

 ……けどそれは、もう別の疑問点と塗り替わってしまったサブ要因。本筋は別にある。
 どうしてオレの側に毎度現れるのか、どうしてオレみたいなのと交友関係になりたがっているのか。どうして……拒絶したのに、全く態度も変貌もみせないのか。

「……──ぇ。……た」

 たった一度きり。オレの落とし物を拾って届けてくれた、それだけ。同じ学年だとわかっても、友達になりたいがためにあそこまでする理由は何なんだ? 原動力だって謎が多いし。

「……え。……らた」

 それと、気になる要点がまた1つ。

 オレの恐怖症の対象は『接触』。主な要因は物理的な接触だが、根付いたトラウマの要因として『声質』も当てはまる。これは恐怖症という概念ではなく、感情そのものが拒絶しているものだという。その主な対象は、人の笑い声だ。

 今までイヤホンを耳に付けて、出来る限りの音をシャットアウトしてきたのも、感情の揺さぶりを最小限に抑えるため。これでも昔よりは、だいぶ楽になった方だ。中学生の頃は、まともに外にさえ出られなかったほど酷かった。

 ……なのに、こいつの声はどこか、透き通っていて。不思議な感じがする。
 まるで、助けてくれた人の声みたいな――。

「──ねぇ! 新太ってば!」

「……へっ? え、何。ってか何でオレの名前……」

「いや、それは大した理由じゃないけど。それより、いいの?」

「いいの、って……何がだ」

「扉、閉まっちゃうけど」

「…………えっ?」

『扉を閉めます。ご注意ください』

 するとそんなアナウンスと共に開いていた扉は「待った」と声を聞くはずもなく、そのまま頑なに閉じていった。……どうしよう。考え事してたせいで降りるの忘れてた。

「…………」

「え、えぇっと。さっき、僕が触れようとしたら拒否られたから、声だけかけたんだけど、中々反応してくれなくて。……何て言うか、うん。無理にでも引っ張った方が、よかったかな……?」

「……いや、いい。オレが気づかなかっただけだから」

 とはいえ、最寄り駅を逃すことがここ1ヵ月間無かったもんだから、明らかに動揺しているのは確か。この時間の上り電車は割と混みがちだから出来ることなら利用はしたくないんだが……新作ゲームを最速でプレイするには、もうこの方法しか残っていない。

 塗り替えられた未来にため息を吐き、心配そうに覗く彼の顔を見る。

 他人のことなんて視界の端へと追い返していたはずが、どうしてこいつだけは視界の中に入れているのか、正直自分でもわからない。けど不思議と、こいつの声を聞いても全く寒気が出ない。笑った声も、困った声も全部……本当、何でなんだか。

「……あっ。そういや、お前はいいのか? 何か、着いてくる気満々って感じだけど」

「いやぁ。何と言うか、別に一緒だからいいかなーって思って」

「……一緒?」

「うん。僕、新太と最寄り駅一緒だよ! 言ってなかったけ?」

「……………………」

 ……反則だろ、この異世界ゲーム。
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