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緋色の一閃
五
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夜の間に唯から午後に全員集まれることになったとの連絡がきていた。
文面を読んでアキラは画面を閉じる。
コトリと目の前に湯呑みに入ったお茶が置かれた。
目尻が下がった柔和な顔の老婆、山田が微笑んでいる。
「今日はありがとうねえ」
「いえいえお安いご用ですよ」
今日は雨漏りに悩んでいるという依頼で山田家に修理に来ていた。
どうやら重吾の依頼とバッティングしたようで仕事を頼めないかと言われたのだ。
今日はもともと一日予定が空いていて午後からは唯との予定があったので午前なら、と快諾した。
雨漏り自体はすぐに直ったが屋根裏に鼠がいた形跡があったので専門の業者に頼んだ方がいいなと思い、何かあったら連絡しろと言われていた重吾の知り合いらしい業者に連絡しておいた。
一段落して休憩がてらと畳の間でお茶を出してもらった。
気を緩めていると目の端に黒い影が見えた。
不穏な気配にアキラは少し目を細める。
ザワザワと空気が澱んで揺れている。瘴気、というのだろうか。
最初は虫かと思ったが違う。
あれはよくないものだ。
アキラは幼い頃から人には視えないものが視えた。それは双葉が言う妖怪なんて大したものではなく空気が悪い原因程度である。
視えなくても異変に敏感であれば分かる人もいるにはいる。気配で何となく伝わる嫌な勘のようなものだ。
こんな中途半端な力しか持っていないながらにも、この世には人には思いもよらないものがあると知っているからだろうか。
アキラは昔から本物の怪異に惹かれている。
「あのあたり、少し念入りに掃除しておいた方がいいかもしれないです」
「あら、そう?」
山田はアキラが示したあたりに近づいた。
ギイと軋む音がする。
「ちょっと床が腐ってるみたいねえ。それも業者さんに相談してみるわ」
「はい」
アキラはありがたく出された茶を飲んだ。
人の役に立つのはやはりいい気分のするものだ。この仕事を引き受けてよかったなと思った。
お茶を飲み干して気分を切り替える。次の予定をこなさなければならないなと思った。
昨日、大学の用事を終えて帰るとなぜかどやどやと家に数人の子どもがいた。
「うわ、なんだ」
子供たちはアキラを見ると賑やかしく話しかけてきた。
「だれー?」
「新しい先生?習いに来た人?」
「先生?」
アキラは首を傾げる。
「こらこら」
奥から双葉が出てきた。
子どもたちが道を開けるよう左右に散る。
おお、モーセみたいだとアキラは思った。
「おかえりアキラくん」
「ただいま戻りました。えっとこの子たちは?」
双葉は微笑んで甘えん坊のようにまとわりついている小さな子の頭を撫でる。
「私は離れで習字教室をしているんです。これは私の生徒たち」
付かず離れずといった感じで子どもは控えめに双葉の袖を引いたり横に立ったりしてアキラを見ている。興味津々な顔に囲まれてアキラは少し困惑した。
「この人先生のおとうとー?」
「似てねえ」
「この人はね、新しい同居人さんだよ」
「同居人って?」
「家にいっしょに住む人だよ」
「へー」
そう言ってからパンパンと双葉は手を叩いた。
「ほら、今日の課題が終わった子はもう帰りなさい。迎えが来る人は座って大人しくして待っていて」
「はーい」
子どもは素直に頷いて何人かを残して帰って行った。
気づけばもう夕暮れどきだ。赤く焼けた太陽が徐々に沈んでいく。
待っている間ヒマなのか三人の子がトランプでババ抜きをしていた。
やんちゃそうな男の子、賢そうな眼鏡の男の子、可愛らしく髪の毛を二つ結びにした女の子。小学生だろうか。これくらいの年は男女問わず仲がいいよなとアキラは思った。
「タケくん怖い話しようか」
眼鏡の子がやんちゃそうな子に話をふる。
「なに?」
「あー知ってる。隣町の話でしょ」
ニコリと意味深に女の子が笑った。
「そう。大きな畑あるでしょ?あそこには鎌ジジイがいるんだよ」
「なにそれ?」
「えーカマイタチでしょ」
どうやら子どもの間にもカマイタチの噂話は広まっているらしい。それにしても鎌ジジイとはなんだろうとアキラは思う。
「違うー。鎌ジジイだよ。畑の前を通ったら鎌持って追いかけてくるんだって。子どもの足を切り取って集めるのが趣味らしいよ」
「何それ、コワッ」
なかなか残酷な話だなと思う。生半可な怪談より背筋が寒くなる。いや、子どもの発想だからより怖く脚色されているのか。
鎌を持って襲ってくる老人。
正直、いるか分からない怪異より怖いかもしれない。
「双葉先生、お魚作って」
一人で折り紙をしていた子が双葉に折り紙を差し出す。
「いいですよ」
双葉はそう言って赤い折り紙を一枚受け取った。
「アキラくん」
「あ、はい」
子どもの様子をぼーっとしながら見ていたので呼びかけられたことに一瞬気づかなかった。
丁寧に紙を折りながら双葉は静かな口調で言う。
「噂話というものはね最初はなんでもない小さなものかもしれない」
喋りながら器用に双葉は紙を折る。
「それがどんどん尾鰭がついて」
何を折っているのだろう。
双葉の手の中で折り紙は何かの形をなしていった。
「最後には怪物に化けるのかもしれない」
赤い金魚が出来上がった。
双葉がどうぞと渡すと折り紙をしていた子は目を輝かせて嬉しそうに受け取る。
「おさかな」
手の中で折り紙を大切そうに眺めている子を微笑ましそうに見ながら双葉は言った。
「アキラくん、隣町の畑の老人の話を聞いてきてくれないかい?」
「俺がですか?」
アキラは少し嫌な気分になる。
「鎌ジジイ本当にいると思っています?」
「さあ」
「鎌鼬と何か関係があるんですかね?」
「どうだかねえ」
何か思いついたのかもしれないが何が言いたいのかまったく分からない。それでも家主の頼みだから聞かないわけにはいかないだろう。
文面を読んでアキラは画面を閉じる。
コトリと目の前に湯呑みに入ったお茶が置かれた。
目尻が下がった柔和な顔の老婆、山田が微笑んでいる。
「今日はありがとうねえ」
「いえいえお安いご用ですよ」
今日は雨漏りに悩んでいるという依頼で山田家に修理に来ていた。
どうやら重吾の依頼とバッティングしたようで仕事を頼めないかと言われたのだ。
今日はもともと一日予定が空いていて午後からは唯との予定があったので午前なら、と快諾した。
雨漏り自体はすぐに直ったが屋根裏に鼠がいた形跡があったので専門の業者に頼んだ方がいいなと思い、何かあったら連絡しろと言われていた重吾の知り合いらしい業者に連絡しておいた。
一段落して休憩がてらと畳の間でお茶を出してもらった。
気を緩めていると目の端に黒い影が見えた。
不穏な気配にアキラは少し目を細める。
ザワザワと空気が澱んで揺れている。瘴気、というのだろうか。
最初は虫かと思ったが違う。
あれはよくないものだ。
アキラは幼い頃から人には視えないものが視えた。それは双葉が言う妖怪なんて大したものではなく空気が悪い原因程度である。
視えなくても異変に敏感であれば分かる人もいるにはいる。気配で何となく伝わる嫌な勘のようなものだ。
こんな中途半端な力しか持っていないながらにも、この世には人には思いもよらないものがあると知っているからだろうか。
アキラは昔から本物の怪異に惹かれている。
「あのあたり、少し念入りに掃除しておいた方がいいかもしれないです」
「あら、そう?」
山田はアキラが示したあたりに近づいた。
ギイと軋む音がする。
「ちょっと床が腐ってるみたいねえ。それも業者さんに相談してみるわ」
「はい」
アキラはありがたく出された茶を飲んだ。
人の役に立つのはやはりいい気分のするものだ。この仕事を引き受けてよかったなと思った。
お茶を飲み干して気分を切り替える。次の予定をこなさなければならないなと思った。
昨日、大学の用事を終えて帰るとなぜかどやどやと家に数人の子どもがいた。
「うわ、なんだ」
子供たちはアキラを見ると賑やかしく話しかけてきた。
「だれー?」
「新しい先生?習いに来た人?」
「先生?」
アキラは首を傾げる。
「こらこら」
奥から双葉が出てきた。
子どもたちが道を開けるよう左右に散る。
おお、モーセみたいだとアキラは思った。
「おかえりアキラくん」
「ただいま戻りました。えっとこの子たちは?」
双葉は微笑んで甘えん坊のようにまとわりついている小さな子の頭を撫でる。
「私は離れで習字教室をしているんです。これは私の生徒たち」
付かず離れずといった感じで子どもは控えめに双葉の袖を引いたり横に立ったりしてアキラを見ている。興味津々な顔に囲まれてアキラは少し困惑した。
「この人先生のおとうとー?」
「似てねえ」
「この人はね、新しい同居人さんだよ」
「同居人って?」
「家にいっしょに住む人だよ」
「へー」
そう言ってからパンパンと双葉は手を叩いた。
「ほら、今日の課題が終わった子はもう帰りなさい。迎えが来る人は座って大人しくして待っていて」
「はーい」
子どもは素直に頷いて何人かを残して帰って行った。
気づけばもう夕暮れどきだ。赤く焼けた太陽が徐々に沈んでいく。
待っている間ヒマなのか三人の子がトランプでババ抜きをしていた。
やんちゃそうな男の子、賢そうな眼鏡の男の子、可愛らしく髪の毛を二つ結びにした女の子。小学生だろうか。これくらいの年は男女問わず仲がいいよなとアキラは思った。
「タケくん怖い話しようか」
眼鏡の子がやんちゃそうな子に話をふる。
「なに?」
「あー知ってる。隣町の話でしょ」
ニコリと意味深に女の子が笑った。
「そう。大きな畑あるでしょ?あそこには鎌ジジイがいるんだよ」
「なにそれ?」
「えーカマイタチでしょ」
どうやら子どもの間にもカマイタチの噂話は広まっているらしい。それにしても鎌ジジイとはなんだろうとアキラは思う。
「違うー。鎌ジジイだよ。畑の前を通ったら鎌持って追いかけてくるんだって。子どもの足を切り取って集めるのが趣味らしいよ」
「何それ、コワッ」
なかなか残酷な話だなと思う。生半可な怪談より背筋が寒くなる。いや、子どもの発想だからより怖く脚色されているのか。
鎌を持って襲ってくる老人。
正直、いるか分からない怪異より怖いかもしれない。
「双葉先生、お魚作って」
一人で折り紙をしていた子が双葉に折り紙を差し出す。
「いいですよ」
双葉はそう言って赤い折り紙を一枚受け取った。
「アキラくん」
「あ、はい」
子どもの様子をぼーっとしながら見ていたので呼びかけられたことに一瞬気づかなかった。
丁寧に紙を折りながら双葉は静かな口調で言う。
「噂話というものはね最初はなんでもない小さなものかもしれない」
喋りながら器用に双葉は紙を折る。
「それがどんどん尾鰭がついて」
何を折っているのだろう。
双葉の手の中で折り紙は何かの形をなしていった。
「最後には怪物に化けるのかもしれない」
赤い金魚が出来上がった。
双葉がどうぞと渡すと折り紙をしていた子は目を輝かせて嬉しそうに受け取る。
「おさかな」
手の中で折り紙を大切そうに眺めている子を微笑ましそうに見ながら双葉は言った。
「アキラくん、隣町の畑の老人の話を聞いてきてくれないかい?」
「俺がですか?」
アキラは少し嫌な気分になる。
「鎌ジジイ本当にいると思っています?」
「さあ」
「鎌鼬と何か関係があるんですかね?」
「どうだかねえ」
何か思いついたのかもしれないが何が言いたいのかまったく分からない。それでも家主の頼みだから聞かないわけにはいかないだろう。
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