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8、すれ違い
しおりを挟む凛音との距離を詰めたいエティエンヌフューベルだったが、互いの瞳が合わさると決まって涙目になる凛音に気持ちをぶつけれず。
朝と夜の二回、精液酒キャラメルマキアートを渡す時のみ言葉を交わす間柄にとどまっていた。
会った瞬間の勢いで押し倒して凛音をモノにすれば良かったのだが、なまじ長く己の運命の人に会えずじまいだったエティエンヌフューベルは、どうしても強気に出れない。
そうこうしているうちに時は過ぎ、十年に一度もうけられる各国の王が集まる〝顔見せの儀〟当日となっていた。
この日に向けて妖精族の国民はエティエンヌフューベルを着飾るドレスや宝飾品を選びぬいていた。
たっぷりとした布地はいつもと違う光沢を放ち、首、両腕、腰には連結された宝石が並ぶ。自が宝石よりも美しいエティエンヌフューベルなので、どれほどの宝飾品も目が霞み、それがまた一層皆の心を鷲掴みにしていた。
「エティエンヌフューベル様、用意が整いました。いつでも出発できます」
「イヨカ、ありがとう」
返答はあるが、心ここにあらず。
「エティエンヌフューベル様、天草様とのお話しは…」
「話したい、勿論したいわよ。でも、もう何を話せばいいのか分からない。
凛音は日に日に元気が無くなっていくわ。こんな男は嫌、最低と。生き生きとタニア達と悪態をついていたのに。私が食堂に入っていくと一気に静かになり、黙ってしまう」
その光景がありありと浮かび、イヨカは頭痛がする。
タニアを筆頭に妖精族はとくに王であるエティエンヌフューベルと言葉を交わさない。
普段からそうであるから、エティエンヌフューベルが凛音に精液酒を渡し話す為にわざわざ来られるのを邪魔はしない。だから王が来た瞬間、皆黙り、凛音も黙る為、その場は冷えていく。
凛音の側付きになったタニアは内心オロオロ。いきなり消えた凛音の笑顔を、どうしたら戻せるのか検討もつかない。
そして崇拝する王は哀しげな顔を見せ、これだけは飲んでね。とばかりに凛音の右隣に精液酒キャラメルマキアートを置いて立ち去る。
「凛音、おはよう」
「おはようございます、エティエンヌフューベル様」
たったこれだけ。
進展がない二人を苦しく思うが、精液酒を美味しそうに飲み干す姿だけは涙が出るほどタニア達を感動させていた。
いつもとは違う衣装を身につけ、エティエンヌフューベルは側近のイヨカと他数名を連れて、熊の獣人が多く暮らすバルベ王国へ旅立つ。
王宮の正門にずらっと並ぶ面々の中に凛音もいて、エティエンヌフューベルの頬が緩む。エティエンヌフューベルが近くにいなければ終始楽しそうな凛音。肉眼でギリギリ見えるこの距離が最近では一番幸せだった。
「バルベは蜂蜜が有名だから、お土産に買って帰るわ。
蜂蜜を凛音が好きそうな甘いケーキにして作って渡したら、少しくらいは笑ってくれるかしら?」
しっとりと微笑む王に、涙ぐみながらイヨカは大きく頷いた。
遠くにいる凛音には聞こえないが、自然に口元から本音が溢れ落ちる。
「凛音、愛しているわ」
***
エティエンヌフューベルらの見送りが終わり、皆が各々の仕事に戻る。凛音は新しく側付きになったタニアと勉強会の予定であった。
(しっかし、私が使ってるこの部屋、勉強する部屋じゃないわよね。全く集中できないんだけど)
凛音の感想はごもっとも。今いる豪華絢爛な部屋は王宮内で一番美しい。
王の伴侶、いわゆるエティエンヌフューベルの妻(夫)が使う部屋(凛音が知らないだけ)で、もちろん隣はエティエンヌフューベルと凛音の寝室(仮)となっていた。
本来なら一緒に寝るべきなのだが、いまだに想いが繋がらない二人は、隣部屋を使っておらず空き部屋と化していた。
エティエンヌフューベルも凛音がいない部屋を一人で使うのは、自らの心臓を傷め続ける状態であるから、執務室近くの部屋を急遽寝室としていた。
凛音だけが知らない王の伴侶の間で、勉強会は開催されている。
「王の魔力量は人とあらず別格ですので、比べはできませんが、人にもわずかながら魔力はございます。妖精族は他種族より多めで、私も魔力はございます。
本来魔力は自然がもつもので、石や湖、大木や山などが最も魔力が溜まる場所となっております。
したがって国から国の移動は、自然の力を借りて移動いたします」
「えっ、そんな原理が…」思わず呟いてしまう。
まさかそれさえも知らないのですか。と大変驚愕されながら凛音にこの世界の理ことわりを教えてくれているのは、最近教育係として側付きになった妖精族のタニア。
妖精族であるタニアだが、身長は凛音とそう変わらなく。むしろ凛音より少し高い。動くだけで効果音が聞こえてきそうな、ボンキュボーンである。
ちなみに食堂で凛音がガン見していた二足歩行の猫が旦那様だ。
「移動が乗り物じゃなくて、瞬間移動って凄い世界ですね」
「乗り物はあくまで幼子の遊びです。移動が乗り物とは、先方へ失礼にあたいします」
「はぁ、世界が違うとここまで違うとは、カルチャーショックです」
「カル、チャー? なんですか、それは」
凛音の言動がトンチンカンとも言いたげだ。分からないだらけで、馴染めない世界。
死ぬまで後どれほどの時をここで暮らすのか? 不安が押し寄せる。
黙ってしまった凛音の態度に「しまった!」と青くなるタニア。本来、勉強会はしなくていいのだ。国の成り立ちを覚える必要はない。その時代時代で大きく変わるからだ。
この多種族が住む世界は力が全て。力があるものが王になり、王は世襲制ではなく後継者を見出すのも王に与えられた試練の一つ。
よって魔力が全くなく、力を磨く必要もない凛音は静かに暮らすしか選択がない。
むしろ王であるエティエンヌフューベルを支え癒す事に全力を注いで欲しい。それをタニア如きが意見できないが…。
勉強するには豪華すぎる机と椅子。さらに甘いのからしょっぱいのまで、永遠にルーティンで食べてしまいそうな絶品の菓子にフルーティな紅茶と、至れりつくせりな状態。
目の前で挙動不審なタニアに、凛音は教えを請いてる分際で勝手に勉強会を終わりにした。
タニアを友人…と勝手に凛音は思っている。ここからは女子トークだ。内緒で聞きたいことは山とある。
「ねぇ、ねえ、タニアさん、質問!」
「えっ、はい、何でしょうか!!」
話が変わった、良かった。と前面にだしてきたタニアに凛音は笑ってしまう。
「タニアさんは妖精族ですよね。他の妖精族の方と違って大きいのは、旦那さんが猫獣人だからって聞いたのだけど。何きっかけで身体が変わるのですか?」
話しづらい質問を並べる凛音にタニアは硬直する。
どうしましょう!? どうする。どうやって誤魔化しましょう!?
凛音様は妖精族に伝わる精液酒の交換の儀式を知らない。
我らが偉大な王エティエンヌフューベル様の至高の精液酒をばかすか飲まれていても、全く知らない。王が言わないのであれば、私如きが理由を話してはいけない。
しかしでは妖精族のサイズの違いをどう伝える? 嘘をつく? あぁでも嘘とバレた時が恐怖。すでにあまりよろしくない状態のお二人を更に追い詰めてしまう!?
(あぁぁぁ、助けてーーーー!!!!)
百面相で固まるタニア。きっと禁句なのだろう、内容までは理解せずとも話せない内容なのだと推測できる。
人を使っていた凛音には、タニアの気持ちは読みやすい。
カップを持って、少し冷めた紅茶で喉を潤しながら次の一手を思考する。
どうしようかな。知りたい事が沢山あっても私は知ってはいけない。この世界に〝人間〟は存在しないから。
凛音がしていい話なんて、菓子の種類くらいか…。ふと生まれ育った地球が懐かしくなる。
(戻りたいな…、家族に会いたい…)
「…このお菓子、美味しいですね。原材料はなにですか?」
場をつなぐための当たり障りのない質問。なにかの柑橘系だと聞かずとも分かるが、それくらいしか話す内容がない。
しかし返ってきたタニアからの返答は、凛音の予期せぬものだった。
「凛音様は、王がお嫌いですか?」
凛音は食べていたクッキーの咀嚼を止めた。
硬直する凛音を見て、口から思わず出た言葉にタニアは自分で驚いたのだろう、両腕で胸を挟みながら張りのある手は口元を隠すように添えられ、目が見開いている。
今ここにエティエンヌフューベルはいないし、理解者になってもらおうとしているタニアに、誤魔化す必要は凛音にない。
だいぶ好きを拗らせている凛音は、他人からエティエンヌフューベルを嫌いかと聞かれた事に若干の苛立ちを持ってしまい、正直に心の想いを吐露してしまう。
「……好き…ですよ。綺麗な顔だし、出るとこ出ててスタイル抜群ですし、髪も瞳も薄紫色で神秘的。エティエンヌフューベル様を褒め出したらキリがないですね」
「凛音…様、王は…」
何か言いたげなタニアの台詞に凛音は、わざと言葉をかぶす。
「嫌いな人いますか? あの超絶美女な人を。見てるだけで涎たれます。前いた世界でも絶世の美女はいましたけど、その誰よりもエティエンヌフューベル様が美しい。
大好きですよ。冷たい態度をとっても変わらず優しいですし、大好きです…」
凛音の告白にタニアは満面の笑みだ。自国の王を褒められて嫌な国民はいない。それが一族の結束が強固な妖精族なら尚更だ。
タニアが「では!!!」と意見を述べようとする空気を読み、凛音はあえて切った。
「でも!! 私は赤ちゃんが欲しいんです。
前の世界にいる時からの夢です。異世界に飛ばされても気持ちは変わらない。一層強くなりました。私と私の運命の人との子供を産み家族をつくりたいです。
だから…どれだけ好きでも…愛を頂いたいても、女性のエティエンヌフューベル様と…赤ちゃんは作れないから…」
ガタンっ!!! 椅子が吹っ飛ぶ。吹っ飛ばしたのはタニアだ。
「大丈夫です、大丈夫です!! 何も問題ございません。大丈夫です! それはそれは可愛いお子様です。間違いございません!
産んでください。ぜひ、ぜひ、我らの王と凛音様のお子を!!!」
顔を真っ赤にし興奮するタニアに、凛音は疑問しか抱けない。
(タニアさん、女同士では赤ちゃんできません。手術でブツをくっつけても精子をつくる機能が身体に無ければ、意味がないのですよ)
どこか抜けていると感じるこの世界。お嬢様っぽいタニアは、どうせ本当の意味での性教育はしてきてないと、凛音は確信した。
そして最初に戻るのだ。
小さくても構わない、心だけでなく身体も男性であれば。エティエンヌフューベル様が性同一性障害でなければ良かったのにと。
(これ以上エティエンヌフューベル様から好きを見せられると、絆されそうだわ…。
私は…もうエティエンヌフューベル様を愛してるもの…。想いに答えないのに、ここを去る選択もしない。嫌な私…)
何も話さなくなった凛音に、タニアは喉まで出かかった言葉を必死に堪えていた。
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