悪役令嬢だって恋をするーラシェルとアベルの邂逅ー

うさぎくま

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21、バトルは女に託される

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 アベルはラシェルから受けた過度な性欲をやっと押さえ込み、現在マルシェらに会うために回廊を歩いていた。


「ねぇ、アベル。ラシェルと何かあったよね?」

「言わない」

「何かあった事の否定はしないんだ…」


 アベルの精悍な横顔を見ながら、クレールは内心溜め息だらけだ。誰よりも高潔で肉体も精神も素晴らしいアベルだが、素晴らしいそれを無にするほどに、ラシェルへの懸想が残念でならない。

(ラシェルが悪女なら、この歴史ある大国は終わるだろうな。ラシェルがまともな人間で良かったよ)


「おい、クレール。ラシェルは何も悪くないからな」


 感が鋭いのもアベルの長所。クレールがラシェルに対してあまり良く思わない心内を見抜いたのだ。

 もはや短所はラシェルへの行き過ぎた想いだけだ。



「…アベルって、本当に残念な男だよね」

「失礼な奴だな。俺は残念ではない」


 軽口を叩きながら、アベルとクレールは庭園を目指す。そこには例の女、スチラ国のデール伯爵令嬢マルシェと、友人だというサールベン伯爵令嬢ルビーがいるのだ。


 すでに面倒な面子に、ラシェルがここに入る予定だ。アベルも、そしてクレールもラシェルの参加は知らない。

 ラシェルも一応…兄であるレオナルドを誘ったが、騎士団の休暇も終わり、さらに休みを申請するのは手間と労力が必要。
 わざわざ貴重な休みを、地獄めぐり(ラシェルvsマルシェの戦い)の為に申請したくはない為、丁重に断った。間違っても巻き込まれたくない。


 そんな時分。すでに対決は始まっていた。

 ローズや爽やかな香りを放つハーブが咲き誇る庭園。そこはまさに天然の絵画のようで、見る者の思考を奪うほどの魅力を放つ空間。

 吐息が溢れ落ちる庭園は、ラシェルとマルシェの戦場と化していた。


 ***


 マルシェとルビー、そしてラシェルが円テーブルを囲み座っている。


 悪女や魔女と言われ続け他を圧倒する美貌、まさしく上から目線の見た目(ラシェルは違うと思っている)は、今は武器。
 そしてその見た目に合わすように、ラシェルはわざわざ横暴な女を演じてやる。

 王太子であるアベルがまだ席についていないのにもかかわらず。
 厚かましい態度をラシェルは見せながら、出された軽食に舌鼓をうつ。



「まぁ、まだアベル様がいらしてないのに、食べはじめるなんて。
 ラシェル様は、大食漢なのですね。わたくしは大変食が細く、羨ましいですわ」

「あら、マルシェさんはもっと食べた方が良いわ。そのように身体に凹凸がない…失礼、可哀想なほどこころもとない。
 そんな貧相…失礼、お可愛らしい身体では、筋肉隆々で、アソコも誇れる。立派な騎士であるアベルお兄様の相手は無理じゃないかしら?」

「(死ね、この悪女!)いやんっ、ラシェル様、こわい…」


 ルビーしかいないが、涙を見せてやる。しかし女の涙は女にはあまり武器にならない。ルビーには若干効いているが、ラシェルには無駄だ。


 何もマルシェに対し遠回しはしない。これは女としてのラシェル自身との対決だ。

 ラシェルは薬の件は知らない風を装えと、通達されているので、それ以外は大丈夫。
 十中八九、マルシェはアベルを落とし、王妃の座を勝ちとりたいのだろう。危うい薬を使ってでも。

(アベルお兄様の、はじめては私のよ!!)

 マルシェに例の噂(鉄壁のアベルの心を動かした唯一の女性がマルシェという噂)を突きつけても、一切否定せずに、恥ずかしがるだけだ。

(はんっ!! 私がいるってのよ!! この貧相アバズレ女!!)




「私がこわい? 私は貴女の脳天気な頭の中が、こわいわよ」

 ラシェルはニコッと笑う。マルシェも負けてない。


「ラシェル様が、こわいわ。わたくし泣いてしまいます」

(乳やら尻はたれるのよ、この悪女!!! アベル様はこの儚げなわたくしを妻に望むのよ!!!)



 マルシェは、細く白い手を真っ平らの胸の上に置き、涙目を演じながら、小さな唇をキュッと噛んでみせた。


 ここで可哀想なのは間違いなくルビーだ。ラシェルに向かって放つマルシェの筋違いな発言に、戦々恐々。魂が口から出てきそうなのを、必死に堪えるしか出来ないでいた。


「まっ、アベルお兄様は私にしか興味がないから、仕方ないわね。
 あなたの勘違いでもしばらくは幸福よね、それくらいなら許してあげる」

「ラシェル様はわたくし達の噂をご存知で、まだそのようにおっしゃっているのでしょうか? 従兄妹だとしてもアベル様にまとわりつくのはいけない事だと、わたくしは感じますわ」

「マルシェ!!! あなた、ちょっとどうしたの。黙って」


 耐えられず強い口調でマルシェを注意するルビーに、ラシェルは良いイメージを持った。

(ルビーはまともなのね。マルシェみたいのに、上手く使われているけど、擦れてない人間ってとこかしら。擦れまくり人材ばかりのボルタージュ王族にはちょっといないタイプね。
 真っ直ぐなところとか、人がいいところとか、アベルお兄様に似ている)


「ルビーさん、別に構わないわ。礼儀を知らない子供って所詮こんなものですし」


 うふっ、と笑って見せたなら。ルビーは内容より屈託のないラシェルの笑顔に見惚れ固まり。マルシェは自分よりはるかに年下(見た目年齢ではなく実年齢)の子供に、子供と言われ憤慨する。

 両者正反対の表情で固まっていた時に、火に油を注ぐ人物が登場する。そう、アベルとクレールが三人が座っている庭園のテーブルに到着した。



「は? えっ? ラシェル!?」

「アベルお兄様、ご機嫌よう」

 ラシェルはわざわざ上半身を前屈みにし、豊満な胸をみせつけながら、ネットリと濃厚な色気を放ちつつアベルに挨拶をした。


(ラシェルは悪魔だよね、悪魔。アベルは大丈夫かな…)クレールは二人の歪な関係に溜め息しかない。


 クレールはアベルから細かい内容までは聞いていないが、昨晩、性的嫌がらせ(クレールはそう思っている)を受けたのは間違いないはず。

 クレールやその他の人は嫌がらせにしか思えないのだが、受けたアベルが幸せそうであり。
 毎度のことながら「ラシェルとの思い出は話したくない。大丈夫だ、俺からは一切ラシェルに触れてない」と斜め上な宣言し、皆の涙を誘っている。

 ラシェルがアベルの身体を好き勝手に、もてあそんでいる現状は全く変わらない。


 硬直しているアベルを無視し、クレールはラシェルに疑問をぶつける。


「何故ラシェルがいるの?今日はデール伯爵令嬢、サールベン伯爵令嬢とのお茶会だよ。男女二人づつ。君は溢れているけど?」


「まっ、男女の比率なら大丈夫よ。もうすぐ私の相手が来るわ!! あっ、ほらっ」


 ラシェルが満面の笑みを見せて、遠くを指差す。指差された方角には、一人の男が優雅に歩いている。


「ダッカン!!! こっちよ!!!」


 ラシェルは、手を天高く伸ばして腕から手を振る。

 全員。アベル、クレール、マルシェ、ルビーがダッカンに集中する。

 マルシェとルビーは「誰?」だが、クレールは頭痛から眉間のシワを揉み。アベルは射殺さんとする目で怒りの感情を隠さずダッカンを睨んでいる。


 そんな視線を物ともせず、ダッカンは優雅にラシェルへ手を振っていた。

 ダッカンは一言でいうと優しい青年だ。

 年の離れた可愛く風変わりなラシェルを妹にしか思ってない。造形美としてラシェルはダッカンのお気に入りだが、生身の彼女には興味がないらしい。

 ラシェルにしても自らの豊満な肉体を見ても、エロさを連想させない殿方は貴重なのだ。
 清く正しいお付き合いだが、馬が合うので二人を他人が見れば、付き合っていると言われるのもうなずけた。

 そしてラシェルがダッカンに懐くのは当たり前、彼は大いに興味を引く男。ラシェルの周りによくいる男は騎士ばかり。

 親族のほぼ皆が長身の見事な筋肉をもつ姿であるから、宮廷音楽や美術に精通している華美な装いが似合う文化人のダッカンは違う世界の人。

 生身の男女ではなく、純粋に生き物として惹かれ合う二人は、側からみれば恋人同士だと噂されても納得。噂を否定せずに二人きりの世界にいちゃうのも悪かった。




 ゆっくりとこちらに歩いてくるダッカンは、珍しいメンバー。いや、面倒この上ないメンバーに、詩でも書けそうだと微笑んだ。

(うん、いいメンバーだね。とくにアベル様、僕を殺したいって顔に書いてある。なんと面白い方だ)


 ダッカンは美しいモノを愛でるのが生きがい。であるからアベルの美を体現する見目は大好物。

 彼は過去現在まで、所謂プレーボーイなのだ。年齢や性別、人であるかどうかも関係ない。ダッカンが好めばそれは芸術となる。

 好きなモノを愛でるのは全力で。これはダッカンの根底にある信念。

 もちろん頼まれたなら己の下半身も大いに使う。男でも女でも子供でも老人でも、乱れる姿は美しいと言ってのけるほどダッカンは〝変わった男〟なのだ。


「やぁ、ラシェル。突然のお誘いで驚いたよ。美しい花がいっぱいだね」

「ええ、毒花も入っているけどね」


 ラシェルが笑いながらマルシェを見ると、マルシェは真っ平の胸の上で両手を握りしめて瞳をうるうる。


「まぁ、 ラシェル様の事かしら?」

 とマルシェは聞こえるように、ルビーに話しかける。

「マ、マルシェ!!!」


 嫌味ったらしく発言したマルシェに、ダッカンは美しく微笑んだ。


「君が王宮で噂の…たった一日で駆け巡った噂のマルシェ嬢かな?」

「そのような噂、わたくしは知りませんの」


 ひどく嬉しそうに身体をくねらせ、ダッカンまでにも瞳をパチパチさせ誘いをかける。

 その姿に満足気なダッカンは、甘さが際立つ声色で、マルシェをバッサリと切った。


「うん、マルシェ嬢は、噂に違わぬ可憐さだ。だけどね、可愛いだけより毒花の方が僕は好きなんだよ。人を狂わす美貌の側には芸術が溢れている。ラシェルの周りはいつも、華やかで楽しい」


 ダッカンはラシェルの後頭部にチュッとリップ音を響かせ、わざとらしく皆に見せつけた。


「何よ、ダッカンたらっ。キザね」

「何故そのように、ラシェルはいう? キザは僕よりアベル殿下を指すのではないかな?」


 はじめて話をふられて、アベルは声を発する。

「スバータル卿、久しぶりです。間男のような貴方にキザ呼ばわりされる言われはない」


 苛立ちを隠さずに、アベルは自らに与えられた席に座る。

 本来なら、ラシェルの横に座りたい(いやラシェルを膝の上に乗せたい)が、例の薬の出どころを探る為だ。涙をのんで、歯を食いしばりながらマルシェの横にアベルは座る。

 一応、この茶会の主旨を忘れてはいないのだと安心したクレールは、自分は当たり前のようにルビーのすぐ横に座った。


「ルビー嬢、そのように緊張されたら、襲ってくださいというものだよ?」


 ルビー嬢の耳元で囁いたクレールは、真っ赤になった顔に大満足。

 横目でマルシェを見れば、もうアベルしか見ていない。確かにアベルの見目は遠くからでも均整のとれたいい身体付きだが、近くから見れば見るほどその美貌に溺れる。

 美しい金色の瞳、切れ長の瞳、ハリと艶のあるキメがある肌に、男らしい骨格がつくのだ。


(見惚れちゃって。まぁ、シモユルユル女でも、アベルは別格だろうしね)

 クレールはマルシェの空っぽ頭に苦笑する。

 早く事が終わればいいと思った。しかしラシェルと我が道を行く変人男ダッカンも加わると、拗れまくりそうで心配がつきない。

 クレールの考えを突き破る人種はあまりいないのだが、それのトップクラスの二人が目の前でイチャつき出した。


(先が思いやられるよ、ラシェルは賢いから、この突入劇は独断でないはず。絶対に父さんの是否はとっているな…あぁ、面倒だな。面倒。
 怨みますからね、父さん…)


 ***



 遠く離れた執務室で、何やら悪寒を感じたソードは侍従に温かい紅茶をもってくるよう頼んでいた。


(この悪寒、まさしく…茶会でのカオスが原因か?)

 人や物をなぎ倒していくラシェルを、止めるのは無理なのだ。とここにいない誰かに言い訳をした。
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