あやかし写真館は、迷子の心を現像します

双月ねむる

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第一章 フィルム屋敷の夜

迷子の写真

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 部屋着代わりのパジャマの上にカーディガンを羽織り、階段をゆっくり降りる。

 二階の廊下は、古い旅館のようだった。すり減った畳。木の欄干。ガラス戸の向こうには、わずかな中庭がある。苔むした石と、小さな手水鉢。雨はいつの間にか上がり、軒先からぽたぽたと水が落ちている。その音が、静かで心地よかった。

「ここが、住居部分。二階には君の部屋と、私の部屋、それから空き部屋がいくつか」

 穂高が淡々と説明する。

 案内されるたびに、視界のどこかで、何かがちらちら動いたような気がする。
 誰もいないはずの部屋の障子が、わずかに揺れる。風が通った気配はないのに。
 誰も座っていないはずの縁側の端に、重みがかかったようなきしみが走る。ミシッ、という小さな音。

 気のせいだ、と自分に言い聞かせる。古い建物だから、木が軋むのは当たり前だ。

 一階に降りると、昨夜見た店内が、朝の光で少し印象を変えていた。

 正面入口から差し込む薄い日差しが、ガラスケースの中の古いカメラを照らし出す。黒いボディに、レンズのガラスがですん、と冷たく光っている。二眼レフ、ライカ、ハッセルブラッド。どれも骨董品級のカメラばかりだ。

「ここが受付と店舗スペース」

「……すごい。映画みたい」

 思わず口からこぼれた言葉に、穂高は「よく言われる」と肩をすくめた。

 受付の横には、スタジオへの入り口がある。背景幕が何枚も吊るされ、照明機材が整然と並んでいる。ストロボ、レフ板、三脚。大学のサークルにもあった機材たちだ。

 その奥には、例の暗室のドア。
 赤い光は今は消えていて、ただ「暗い」という印象だけがある。けれど、そのドアの向こうに広がる空間を、彩乃の体は覚えている。現像液の匂い、赤いランプの光、フィルムを扱うときの緊張感。

「暗室には、君が準備できるまで入らなくていい」

 穂高が、こちらの心を読んだように言った。

「代わりに、ここを手伝ってくれると助かる」

 そう言って、カウンターの向こう側――大量の段ボール箱の山を指し示す。

「……うわ」

 思わず声が漏れた。

 段ボール箱には、それぞれ手書きのラベルが貼られている。「未配達」「宛先不明」「持ち主不明」「受取拒否」「年代不明」。
 中には、封筒に入ったままの写真や、バラバラのプリントがぎっしり詰まっている。ざっと見ただけでも、数百枚はありそうだ。

「全部、『迷子の写真』?」

「そう。ここ数十年分だね。正確な年数は、数えるのをやめた」

 穂高はあっさりと言う。まるで、借金の総額を数えるのをやめた人みたいな口ぶりだった。

「一枚一枚、事情が違う。届け先がわからなくなったものもあれば、誰かがわざと置いていったものもある。彼らの話を聞いて、行くべき場所を考えるのが、この店の仕事だ」

「……大変そうですね」

 控えめに言っても、途方もない作業量だ。一日に十枚ずつ整理しても、全部終わるのに何年かかるかわからない。

「そうでもないよ。彼らはみんな、話を聞いてもらえるだけで、だいぶ落ち着くから」

 人間とあまり変わらないな、と彩乃は思った。自分だって、誰かに話を聞いてもらえたなら、ここまで擦り切れなかったかもしれない。炎上したとき、誰かが「大丈夫?」と聞いてくれたなら。誰かが「話を聞くよ」と言ってくれたなら。

「それに――」

 穂高は、ふと廊下のほうを振り返った。

「一人で全部やる必要はない。うちには、彼らもいるから」

「彼ら?」

 首をかしげたそのとき、廊下の角から、ひょこっと顔がのぞいた。

 輪郭の、曖昧な顔。

 彩乃は、反射的に目をこすった。
 ――見間違いではなかった。
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