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第一話「記憶のない怪獣」
第一章「星の降った日」・⑤
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けたたましいサイレンの音が艦内にこだまする。
緊張感が瞬時に全身を駆け巡り、目の奥に火が灯るのを感じた。
制帽を整えながら、一つ、息を吐く。
「状況報告ッ!」
艦体に揺れはない。操舵士も一流だ。岩礁とぶつかったわけでもないだろう。
で、あれば・・・おそらく───。
「2番ドローンのソナーに感あり! 巨大移動物体を探知! 潜水艦ではありません!」
観測用に自動航行させていた水中ドローンのセンサーに、何かがかかったらしい。
「移動物体はドローンから2キロの地点を10ノットの速さで移動中!」
耳に届いた報告に、思わず首筋に電流が走る。武者震いというやつだろうか。
「2番をマニュアル操作に切り替えろ! 対象は光に敏感に反応する可能性がある! 全てのドローンと本艦の明かりを切れ!」
「アイ・マム! 全ユニット消灯! ソナー探知での航行に切り替えます!」
正面モニターに映されていた艦前方の光景が真っ暗になる。
今のところドローンに反応していないところを見るに、振動にはそこまで敏感ではない可能性が高い。
「2番を接近させて対象の全長を計測しろ! ソナー打て!」
「ソナー打ちます! ・・・計測完了。全長は・・・100メートル以上⁉」
オペレーターの驚きに満ちた声が聴こえ、司令室が瞬時にざわめきに支配される。
「・・・やはり、No.006か」
大きさ100メートルの「生物」・・・常識では地球最大の動物とされているシロナガスクジラが体長30メートルである事を考えると、そのサイズは規格外としか形容できない。
No.006は一昨年に衛星写真でその存在が確認され、海上に見えていた部分でも50メートル以上の巨体を持つ事は間違いないとされてきたが・・・まさか、予想の二倍とはな。
ヤツらはいつも、我々の予想を軽々しく超えてくる。
「さ、再度データを調べましましたが・・・やはり、高エネルギー反応です・・・! 対象はまだこちらに気づいている様子はありません! 依然速度を変えずに移動中!」
目の前のデカブツは、今までに五隻の原子力潜水艦を沈めてきた凶悪な化け物だ。
過去に計測された最高潜行速度は65ノット──時速120キロ。
高層ビル大の生物が通常魚雷の倍の速度で突っ込んでくると考えれば、普通の潜水艦なら攻めるにも守るにも遅すぎて手も足も出ないだろう。
普通の潜水艦なら、だが。
「──キリュウ少佐!」
そこで、臨時副艦長であるノーマン大尉が、慌てて制帽を被りながら駆け寄ってくる。
「おそらく、No.006です。本艦の前方を10ノットで潜行中。ソナー計測によれば、体長は100メートル以上との事」
「ひゃっ・・・100メートル以上・・・っ⁉」
動揺を隠せない大尉には申し訳ないが、自分の意向を早々に伝える事にする。
「追跡しましょう」
「っ! し、しかし! 本艦の任務は貴女をお送りする事で・・・」
声の主へ向き直ると、髭をたくわえた彫りの深い顔が懊悩していた。
現在の深度を鑑みるに・・・こちらからは本局に通信を送る手段がない。
つまり、任務変更は完全な独断行動と見做される可能性が高い──が、しかし────
「元々この艦が極東支局に配備される事になったのも、No.006の目撃情報がアジア近海に集中しているからだというのは大尉もご存知のはず。この広大な海でヤツを補足できた千載一遇の好機を、無駄には出来ません」
小娘に指図されるのは癪だろうが、これも仕事だ。
それに・・・憎まれ役なら慣れている。
「本作戦における全ての責任は私が取ります。我々の使命を・・・お忘れですか?」
下唇をグッと噛み締めた後、ノーマン大尉はコクリと頷く。
・・・そうだ。例え誰に知られる事なくとも、この世界を守り抜く。そのために───
人類の存続を脅かす者───「ジャガーノート」を駆逐する。
それが我々、JAGDの使命だ。
「総員、第一種戦闘配置! これより本艦<モビィ・ディックⅡ>は、No.006の追跡に任務を変更する! 1番ドローンもNo.006の周囲へ! 本艦もヤツの後方につける! 振り切られないように注意しろ!」
「「「アイ・マム!」」」
周囲から、一切に号令が返ってくる。
小娘を送るだけの簡単な任務をこなすはずだったノーマン大尉が、艦長席の隣に所在なさげに控えた。
「猟犬め・・・」
怨嗟の呟きが聞こえてくるが、邪魔をされないだけ有り難いと思っておこう。
さて・・・水深500メートルの追いかけっこの始まりだ。
「里帰りは、少し遅れそうだな・・・」
私が「猟犬」だと言うのなら──必ずその喉元に喰らいついてやるぞ・・・No.006・・・!
※ ※ ※
「わぁっ! 流れ星だ!」
夢の中で僕は、いつもの台詞を口にする。
いつもと同じ、何一つ変わらない夢。
「ねぇ知ってる? 流れ星って、隕石なんだよ!」
最初は繰り返される事がストレスだったりしたけれど、今では「夢を見るとは、この記憶を見る事」と感じている程度には習慣化してしまった。
『へぇ、そうなの』
「夜空の星って、ずーっと昔の光が届いてるんだよ!」
『へぇ、そうなの』
「・・・この星のどれかが、お母さんなのかな」
『お母さんに、会いたい?』
毎日毎晩、繰り返される問い。
もしも今、同じ事を聞かれたら、僕はなんて答えるだろうか。
「うん。会いたい──。会いたいよ」
夢の中の僕は、そんな現在の僕の逡巡なんて気もせず、即答する。
『そのためなら、何でもする?』
「うん! もう一度・・・お母さんに会えるなら!」
『そう。それじゃあ、目を閉じて──』
言われるがまま目を閉じると、星のない夜空のように視界が真っ暗になる。
いつもと同じ夢が、いつもと同じように終わって───
『─────タスケテ‼』
~第二章へつづく~
緊張感が瞬時に全身を駆け巡り、目の奥に火が灯るのを感じた。
制帽を整えながら、一つ、息を吐く。
「状況報告ッ!」
艦体に揺れはない。操舵士も一流だ。岩礁とぶつかったわけでもないだろう。
で、あれば・・・おそらく───。
「2番ドローンのソナーに感あり! 巨大移動物体を探知! 潜水艦ではありません!」
観測用に自動航行させていた水中ドローンのセンサーに、何かがかかったらしい。
「移動物体はドローンから2キロの地点を10ノットの速さで移動中!」
耳に届いた報告に、思わず首筋に電流が走る。武者震いというやつだろうか。
「2番をマニュアル操作に切り替えろ! 対象は光に敏感に反応する可能性がある! 全てのドローンと本艦の明かりを切れ!」
「アイ・マム! 全ユニット消灯! ソナー探知での航行に切り替えます!」
正面モニターに映されていた艦前方の光景が真っ暗になる。
今のところドローンに反応していないところを見るに、振動にはそこまで敏感ではない可能性が高い。
「2番を接近させて対象の全長を計測しろ! ソナー打て!」
「ソナー打ちます! ・・・計測完了。全長は・・・100メートル以上⁉」
オペレーターの驚きに満ちた声が聴こえ、司令室が瞬時にざわめきに支配される。
「・・・やはり、No.006か」
大きさ100メートルの「生物」・・・常識では地球最大の動物とされているシロナガスクジラが体長30メートルである事を考えると、そのサイズは規格外としか形容できない。
No.006は一昨年に衛星写真でその存在が確認され、海上に見えていた部分でも50メートル以上の巨体を持つ事は間違いないとされてきたが・・・まさか、予想の二倍とはな。
ヤツらはいつも、我々の予想を軽々しく超えてくる。
「さ、再度データを調べましましたが・・・やはり、高エネルギー反応です・・・! 対象はまだこちらに気づいている様子はありません! 依然速度を変えずに移動中!」
目の前のデカブツは、今までに五隻の原子力潜水艦を沈めてきた凶悪な化け物だ。
過去に計測された最高潜行速度は65ノット──時速120キロ。
高層ビル大の生物が通常魚雷の倍の速度で突っ込んでくると考えれば、普通の潜水艦なら攻めるにも守るにも遅すぎて手も足も出ないだろう。
普通の潜水艦なら、だが。
「──キリュウ少佐!」
そこで、臨時副艦長であるノーマン大尉が、慌てて制帽を被りながら駆け寄ってくる。
「おそらく、No.006です。本艦の前方を10ノットで潜行中。ソナー計測によれば、体長は100メートル以上との事」
「ひゃっ・・・100メートル以上・・・っ⁉」
動揺を隠せない大尉には申し訳ないが、自分の意向を早々に伝える事にする。
「追跡しましょう」
「っ! し、しかし! 本艦の任務は貴女をお送りする事で・・・」
声の主へ向き直ると、髭をたくわえた彫りの深い顔が懊悩していた。
現在の深度を鑑みるに・・・こちらからは本局に通信を送る手段がない。
つまり、任務変更は完全な独断行動と見做される可能性が高い──が、しかし────
「元々この艦が極東支局に配備される事になったのも、No.006の目撃情報がアジア近海に集中しているからだというのは大尉もご存知のはず。この広大な海でヤツを補足できた千載一遇の好機を、無駄には出来ません」
小娘に指図されるのは癪だろうが、これも仕事だ。
それに・・・憎まれ役なら慣れている。
「本作戦における全ての責任は私が取ります。我々の使命を・・・お忘れですか?」
下唇をグッと噛み締めた後、ノーマン大尉はコクリと頷く。
・・・そうだ。例え誰に知られる事なくとも、この世界を守り抜く。そのために───
人類の存続を脅かす者───「ジャガーノート」を駆逐する。
それが我々、JAGDの使命だ。
「総員、第一種戦闘配置! これより本艦<モビィ・ディックⅡ>は、No.006の追跡に任務を変更する! 1番ドローンもNo.006の周囲へ! 本艦もヤツの後方につける! 振り切られないように注意しろ!」
「「「アイ・マム!」」」
周囲から、一切に号令が返ってくる。
小娘を送るだけの簡単な任務をこなすはずだったノーマン大尉が、艦長席の隣に所在なさげに控えた。
「猟犬め・・・」
怨嗟の呟きが聞こえてくるが、邪魔をされないだけ有り難いと思っておこう。
さて・・・水深500メートルの追いかけっこの始まりだ。
「里帰りは、少し遅れそうだな・・・」
私が「猟犬」だと言うのなら──必ずその喉元に喰らいついてやるぞ・・・No.006・・・!
※ ※ ※
「わぁっ! 流れ星だ!」
夢の中で僕は、いつもの台詞を口にする。
いつもと同じ、何一つ変わらない夢。
「ねぇ知ってる? 流れ星って、隕石なんだよ!」
最初は繰り返される事がストレスだったりしたけれど、今では「夢を見るとは、この記憶を見る事」と感じている程度には習慣化してしまった。
『へぇ、そうなの』
「夜空の星って、ずーっと昔の光が届いてるんだよ!」
『へぇ、そうなの』
「・・・この星のどれかが、お母さんなのかな」
『お母さんに、会いたい?』
毎日毎晩、繰り返される問い。
もしも今、同じ事を聞かれたら、僕はなんて答えるだろうか。
「うん。会いたい──。会いたいよ」
夢の中の僕は、そんな現在の僕の逡巡なんて気もせず、即答する。
『そのためなら、何でもする?』
「うん! もう一度・・・お母さんに会えるなら!」
『そう。それじゃあ、目を閉じて──』
言われるがまま目を閉じると、星のない夜空のように視界が真っ暗になる。
いつもと同じ夢が、いつもと同じように終わって───
『─────タスケテ‼』
~第二章へつづく~
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