恋するジャガーノート

まふゆとら

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第七話「狙われた翼 後編」

 第一章「惜別」・⑤

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   ─── インドネシア共和国・リアウ諸島州 サイクラーノ島 ───

『こちらウイング2。隊長、極東支局から送られてきたNo.011とNo.013に関するデータを転送しておきましたのでご確認下さい』

「了解・・・後で見ておく」

 端末からの通信を耳にして、インドネシア支局機動部隊の隊長・ジョー・チャンドラーは、双眼鏡を目に当てたまま、ぶっきらぼうに答える。

 レンズの向こうでは、赤い毛むくじゃらの巨大生物・・・No.012ことオラティオンの親子が仲良くたわむれていた。

 街灯一つない無人島だが、今夜は月が明るいお陰で二匹の姿もくっきり見える。

「観察開始から三日目・・・動植物に危害を加える様子もなし、岩の翼で飛ぶ素振りもなし・・・ほんと、何もしなけりゃあ性格は温厚そのものだな」

 サイクラーノ島での一件があった後・・・ジョーたちインドネシア支局の機動部隊は、本局からオラティオンの親子の生態観察任務を与えられていた。

「隊長~! コーヒー入りましたよ~っと」

 部下からカップを受け取り、一口飲む。相変わらず、双眼鏡をぼんやりと掲げたまま。

「・・・隊長、双眼鏡の先がお月さんになってますぜ?」

「・・・・・・そうか。気づかなかった」

「どうせまた探してたんでしょ~? 愛しのテ・ン・シ・サ・マ!」

「なっ! ばっ! 違うっつの‼」

 図星を突かれ、ジョーが赤面し、部下の頭を引っ叩く。

 ティターニアに助けられてからというもの、隊長が「天使様」にご執心なのは部下たちみなが知るところだった。

「痛てて・・・マジメに仕事してくださいよ・・・っとと! また寄ってきた!」

<ミャオ! ミャオ~ン!>

 叩かれたところをさする部下の元に、子供のオラティオンがとてとてと駆け寄ってくる。

 観察を初めてすぐに判明した事だが・・・この小さな観察対象は、とにかく人懐っこいのだ。

「ほうれ! 撫でてやるぞー! ハハハ!」

 最初は大慌てで距離を取っていた隊員たちも、気づけばその愛らしさの虜だった。

 一度は人間に連れ去られたのに警戒心がないな・・・と、ジョーは目の前の小怪獣の今後を少し心配していたが・・・

 一方で、数日前には血眼で子供を取り戻そうとしていた母親は、既にジョーたちが危害を加える存在ではない事を知り、楽しそうにしている我が子を遠くから見守っている。

「まったく・・・どいつもこいつも呑気なもんだ」

 少し微笑みながら、ジョーは双眼鏡を母親の方に向ける。

 今のところ、オラティオンの父親の存在は確認されていない。

 地下に棲家がある事は判明しているが・・・暴れた経緯があるので、まだそこまで踏み込んだ調査をすべきではないというのがジョーの意見だった。

 ・・・こちらから手を出さなければ無害とは言え、いずれはあの親子も駆除の対象となってしまうのだろうか・・・・・・

 と、苦い未来をジョーが想像したところで───突然、異変は起きた。

<ミャゴ・・・? ミャゴオォ・・・ッ⁉>

「・・・ッ⁉ な、なんだ・・・⁉」

 レンズの向こうで・・・オラティオンの巨体が、ひとりでに浮き上がったのである。

 体長30メートルの身体は、まるで天から伸びた糸に引かれるように、軽々と持ち上がっていく。

 ジョーは一瞬、ティターニアの再来を期待したが・・・すぐに違うと確信した。

 数日前に見た時と違い、オラティオンの身体が赤く光っていなかったからだ。

<ミャゴオッ! ミャゴオォッッ‼>

 オラティオン自身もまた、明確な敵意を自分の身に感じたようで、堅牢な鎧をつけた両腕をぶんぶんと振り回し、謎の力に抗う。

 すると・・・身体が10メートルほど宙に浮いたところで、その左腕が「何か」に当たり・・・ゴツン!と鈍い金属音が鳴る。


<クキカカカカ………クキキカカカカカ………!>


 直後、不気味な駆動音がして──

 宙に浮いていくオラティオンの背後・・・何もなかったはずの空間に突然、巨大な鉄の昆虫が現れた。

 そして、同時に・・・オラティオンの身に起こっていた現象の正体が判明する。

 昆虫の全身から出ている無数の「管」のようなものが、オラティオンの身体に繋がれ・・・ 糸繰り人形マリオネットのようにその巨体を持ち上げていたのだ。

「こい、つは───」

<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>

 ジョーが乾き切った唇から、ようやく声を絞り出そうとした瞬間・・・

 彼と、彼の部下の端末から、大音量の警告音アラート──「高エネルギー探知」の報せが鳴り響いた。

 ・・・観察のために、オラティオンの波形パターンは事前に探知対象から除外されている。

 つまり・・・目の前に突如として現れた巨大な鉄の昆虫は、紛れもなく人類の天敵・ジャガーノートであると──

 このけたたましい音は告げているのである。

 ジョーは、その容貌から、オラティオンを持ち上げている異形が、No.013・ザムルアトラであると気付いていた。

 ついでに、今すぐに支局と連絡を取り、対応に当たらなければならないという事も、頭では理解している。

 ・・・・・・しかし・・・彼の全身は恐怖に支配され、一歩も動く事が出来ずにいた。

 ───そして、立ち尽くす者たちへ、さらに痛ましい光景が訪れる。

 ザムアトラは両腕の鋏を俄に開いたかと思うと、それをオラティオンの

<ミャ・・・ッ⁉ ギャゴボ・・・ッ‼ ミャギギィ・・・ゴガガァッ・・・⁉>

 さらに、拷問劇はそれだけでは終わらない。

 毛むくじゃらの身体を持ち上げていた無数の「管」が、みちみちと音を立てながら・・・赤い体毛を掻き分けて、

 オラティオンは嗚咽混じりの悲鳴を上げ、身体を必死に動かして抵抗するが、「管」の侵食は止まらない。

 みるみるうちに喉が枯れ、免疫反応の表れか、鼻孔と双眸からは透明な液体が漏れ出し・・・

 やがて、抵抗する力を失ったのか、空中でぐったりとうなだれた。

「や、ヤツは・・・一体何を・・・・・・?」

 鳴り響き続ける警告音と、母を蹂躙されたオラティオンの子供の悲鳴をどこか遠くに聞きながら・・・ジョーはぽつりと呟いた。

 次いで、双眼鏡越しの景色の中で──オラティオンの額と岩の翼に付いている真っ赤な宝石の内部に、波打つように紫色の奔流が生まれ・・・瞬く間に、宝石はその色を変えてしまう。

「何なんだ・・・‼ 何が起きているっていうんだ・・・・・・ッ⁉」

 「自分には到底理解の及ばない、恐ろしい事が起きている」・・・・・・

 そう判断した本能が、ジョーに「今すぐ逃げろ」と告げていた。

 ────が、しかし、本当の悪夢はそこからだった。

 ザムルアトラの顔が、オラティオンの頭に仮面のように張り付く。

 そして、赤い毛むくじゃらの身体が、収納されるかのように鉄の身体に引き寄せられると───





<ガギギギギイイィィッッ‼ ギギャアアアアアアッッッ‼>

 驚くべき事に、オラティオンはザムルアトラのとなり・・・枯れた喉から血反吐混じりの産声を上げたのである。

 赤い身体の所々には、ザムルアトラの体から出ている無数の「管」が木の根のように張り巡らされ、この鉄の昆虫から逃れる事を許さずにいた。

 ジョーはオラティオンの姿に、十字架にはりつけにされたしゅを重ねて、そのあまりの惨たらしさに涙し、膝をつく。

 もはや立ち上がる気力すら失くし、機動部隊隊長という立場も忘れ、一頻り泣き叫んだ後───祈りの言葉を絞り出した。

「あぁ・・・天使様・・・ッ‼ お助け下さい・・・・・・ッッ‼」


              ~第二章へつづく~
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