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第十一話「キノコ奇想曲」
第二章「ハヤトの長い午後」・②
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「・・・! ハヤトさん、おかえりなさい・・・です!」
「ただいま! クロ!」
帰宅すると、玄関マットにちょこんと座ったままのクロが出迎えてくれた。
返事をしつつ、出来る限りてきぱきと靴を脱ぐ。
今から料理作ってだから・・・う~ん・・・やっぱり時間ギリギリになっちゃうな・・・・・・
「・・・あの・・・ハヤトさん、えっと・・・」
頭の中であーだこーだと考えていると、背中越しにクロが何か言いかけて──
「オイ、ハヤト。帰ったなら言えよな」
「うおわっ⁉」
直後、カノンの声に遮られるのと同時に、力強く襟の後ろを掴まれた。
「ちょっ、ちょっと待ってカノン! 服伸びちゃうから!」
「あァン? しゃーねーな。早く来いよ」
パッと手を離され、一息吐きながらようやく靴を脱ぎ終わる。
「あはは、ごめんごめん。お腹空いてたんだよね? すぐ作るからね」
「・・・ん? ・・・あぁ、そだな」
そして、向き直ってそう言うと・・・どうにも歯切れの悪い返事が返って来た。
最近・・・と言うか、この間カノンが僕を「新しい家族だ」と言ってくれた後から──どうにも彼女はこんな反応をする事が多くなった。
ティータ曰く、「本人も自覚してない事を私の口からは言えないわ」だそうだけど、一度は家出したくらいだし・・・まだ何か悩みを抱えているんじゃないかと少し不安だ。
・・・っと、いけないいけない・・・今は時間ないし、とりあえずご飯を作るのが先決だと思い直して立ち上がり──はたと気づく。
「・・・そうだ。クロ、いま僕に何か言おうとしてなかった?」
うやむやになってしまっていた事を思い出して、声をかけてみると・・・
「あっ、えっと・・・その・・・な、何でもない・・・です」
クロは少しだけ口籠った後・・・結局引き下がってしまった。
「? ・・・何かあったら話聞くからね?」
気になるけど・・・この後ご飯を食べながら聞く事にしよう、とひとまず判断する。
そして、リビングに向かうと、ちょうど中庭からティータが戻ってくる所に出くわした。
「あらハヤト。おかえりなさい」
「ただいま、ティータ。日光浴してたの?」
「えぇ。昨日の無人島ほどではないけど、なかなか良い陽射しだったわ」
そう言いながら、彼女は気持ちよさそうに伸びをする。
・・・最初に聞いた時は驚いたけど、これが彼女にとっての「食事」なのだ。
彼女は「光」を浴びる事で、体内にエネルギーを生み出すらしい。
赤の力を使いすぎてしまった際には休息こそ必要だけど、完全な暗闇に閉じ込められでもしない限り、生きていくだけならとても効率が良い体をしているんだそうな。
故に──
「あぁ、それと。私には紅茶を一杯よろしくね♪」
彼女が毎日嗜んでいるティータイムは、「あくまで趣味」だそうだ。
「了解。ちょっと待っててね」
正直、家計的にも助かってたり・・・紅茶も高いものじゃなくて良いと言ってくれるし。
と、そんな事を考えていると───
「・・・‼ ハヤト! 今! 今ハラへってきたぞ! メシは⁉」
「あはは・・・今作るからちょっと待っててね~」
ティータとは正反対に、食べないと動けなくなってしまう食いしん坊が、いつものようにご飯の催促をして来る。
三人の中だと、カノンの食事についてが一番大変だ。
最近は味の付いたものでも食べてくれるようになったけど、最初は生野菜しか食べてくれなかったから、エンゲル係数が厳しい事になりかけてたんだよなぁ・・・最近野菜高いし。
まぁ、この前父さんが帰ってきた時に、すかドリで日々廃棄する食材の一部をこっそり回してもらう許可を得られたお陰で、かなり負担は軽減出来たんだけど。
・・・本当に助かったよ・・・主に僕のお財布が。
「うーん・・・やっぱり大したもの残ってないし・・・チャーハンにしよう」
冷蔵庫を開けて5秒で今日の献立が決まる。
材料を取り出し、冷凍しておいた白米をレンジに入れて解凍を始めつつ、テキパキとエプロンを着けた。
紅茶用のお湯は先に沸かしちゃうと冷めちゃうから、もう少し後でいいかな。
先に具材のカットに取り掛かる事に決めて、まな板へと向かった。
「あァー・・・ハラへった・・・・・・」
「カノン、お行儀悪いわよ?」
台所のカウンター越しにかすかに聴こえてくる皆の会話をBGMに、調理を進めていく。
まずはピーマンの種を取って、細かく刻んでっと──
「・・・あら? クロったらどうしたの? 元気ないじゃない」
「あっ、えと・・・そんな事・・・ない・・・です・・・」
お次はベーコンをカットして・・・白米の解凍が終わるまで少し時間かかるし、カノンが食べたがるだろうから先にレタスをちぎっておく事にしよう。
「私に隠し事出来ないのは知ってるでしょう? ガマンは体に毒よ?」
「・・・でも、あの・・・今は、本当に大丈夫なんです・・・」
下ごしらえが終わったところで卵を3つ割って、具材を炒め始める。
焼き加減を見ながら卵液をかき混ぜていると、レンジがピー!と音を立てた。
「・・・そう。私も無理に視たりしないけれど・・・悩みがあったらすぐに言って頂戴ね?」
「はい・・・ありがとう、ございます・・・・・・」
卵を炒め、次いで白米を投入し、木べらでほぐしながらフライパンを何度か振る。
「? オイ、一本角。あんだぁそのヘンなの?」
「えっ? ヘンなの・・・って──」
そうだ忘れてた。最後にかける紅生姜を・・・・・・
「うひいぃぃぃぃぃいいいいいっっっ⁉」
と、冷蔵庫の扉に手をかけた瞬間──リビングの方から、クロの悲鳴が聴こえた。
「ど、どうしたのっ⁉」
慌てて火を止め、フライパンに蓋をしてキッチンから出る。
一体何が・・・⁉ そう思って、クロの姿を探すと・・・・・・
「あっ、あうぅ・・・はわわわ・・・!」
涙目になっている彼女の二の腕から───
何故か・・・小さなキノコが一本、生えていたのである。
「・・・えっ?」
なぜそんな事が起きたのか、全く訳が判らず、思考がフリーズしてしまう。
「だ、大丈夫なの・・・?」
いつもは冷静なティータですら、突然腕からキノコが生えてくるという異常な現象には戸惑っているようで、クロの身を心配するのが精一杯なようだ。
迂闊に動く事も出来ない状況の中・・・沈黙を破ったのは、カノンだった。
「・・・・・・フンッ!」
「ひゃうっ⁉」
何と彼女はあろう事か──クロから生えたキノコを、引き抜いてしまったのだ!
「えぇぇぇっ⁉ ちょちょっ、ちょっとカノンッ⁉」
「なっ・・・何してるのよ貴女は⁉」
思わず狼狽してしまう僕とティータだったが・・・当の本人はこちらに目もくれず、手にした茶色い傘のキノコをしげしげと眺めている。
「クロ、大丈夫・・・?」
「あうぅ・・・は、はいぃ・・・ちょっと・・・ヒリヒリしますけど・・・」
薄く涙を浮かべるクロは、左の二の腕を擦っていた。
・・・そういえば昨日・・・キノコの怪獣が、あの部分を触っていたような・・・・・・
まさか、と思った直後───
「あっ! カノン! やめなさっ・・・」
「・・・あむ・・・・・・ん~~・・・味はビミョーだな」
脳裏に浮かんだ嫌な予感は、カノンの更なる暴走によって掻き消されてしまう。
見れば、既に傘の一部が欠けており、彼女はそれを飲み込んだ後だった。
「だっ、ダメだよ知らないキノコ食べちゃ! 毒があるかも知れないんだから!」
すぐに吐き出させなきゃ!と判断して、慌ててエチケット袋を探す。
「ンだよガタガタうるせーな・・・別に何ともな──」
<ム~~~ッ!>
カノンが不機嫌そうな顔で頭を掻いたのと同時・・・
突然、甲高い声が室内に響いた。
「・・・? 今の声は・・・?」
三人が、声の発生源──カノンが手に持つキノコに、顔を寄せると───
まるで見計らったかのようなタイミングで、その傘の部分から黄色い煙が噴射された。
「ただいま! クロ!」
帰宅すると、玄関マットにちょこんと座ったままのクロが出迎えてくれた。
返事をしつつ、出来る限りてきぱきと靴を脱ぐ。
今から料理作ってだから・・・う~ん・・・やっぱり時間ギリギリになっちゃうな・・・・・・
「・・・あの・・・ハヤトさん、えっと・・・」
頭の中であーだこーだと考えていると、背中越しにクロが何か言いかけて──
「オイ、ハヤト。帰ったなら言えよな」
「うおわっ⁉」
直後、カノンの声に遮られるのと同時に、力強く襟の後ろを掴まれた。
「ちょっ、ちょっと待ってカノン! 服伸びちゃうから!」
「あァン? しゃーねーな。早く来いよ」
パッと手を離され、一息吐きながらようやく靴を脱ぎ終わる。
「あはは、ごめんごめん。お腹空いてたんだよね? すぐ作るからね」
「・・・ん? ・・・あぁ、そだな」
そして、向き直ってそう言うと・・・どうにも歯切れの悪い返事が返って来た。
最近・・・と言うか、この間カノンが僕を「新しい家族だ」と言ってくれた後から──どうにも彼女はこんな反応をする事が多くなった。
ティータ曰く、「本人も自覚してない事を私の口からは言えないわ」だそうだけど、一度は家出したくらいだし・・・まだ何か悩みを抱えているんじゃないかと少し不安だ。
・・・っと、いけないいけない・・・今は時間ないし、とりあえずご飯を作るのが先決だと思い直して立ち上がり──はたと気づく。
「・・・そうだ。クロ、いま僕に何か言おうとしてなかった?」
うやむやになってしまっていた事を思い出して、声をかけてみると・・・
「あっ、えっと・・・その・・・な、何でもない・・・です」
クロは少しだけ口籠った後・・・結局引き下がってしまった。
「? ・・・何かあったら話聞くからね?」
気になるけど・・・この後ご飯を食べながら聞く事にしよう、とひとまず判断する。
そして、リビングに向かうと、ちょうど中庭からティータが戻ってくる所に出くわした。
「あらハヤト。おかえりなさい」
「ただいま、ティータ。日光浴してたの?」
「えぇ。昨日の無人島ほどではないけど、なかなか良い陽射しだったわ」
そう言いながら、彼女は気持ちよさそうに伸びをする。
・・・最初に聞いた時は驚いたけど、これが彼女にとっての「食事」なのだ。
彼女は「光」を浴びる事で、体内にエネルギーを生み出すらしい。
赤の力を使いすぎてしまった際には休息こそ必要だけど、完全な暗闇に閉じ込められでもしない限り、生きていくだけならとても効率が良い体をしているんだそうな。
故に──
「あぁ、それと。私には紅茶を一杯よろしくね♪」
彼女が毎日嗜んでいるティータイムは、「あくまで趣味」だそうだ。
「了解。ちょっと待っててね」
正直、家計的にも助かってたり・・・紅茶も高いものじゃなくて良いと言ってくれるし。
と、そんな事を考えていると───
「・・・‼ ハヤト! 今! 今ハラへってきたぞ! メシは⁉」
「あはは・・・今作るからちょっと待っててね~」
ティータとは正反対に、食べないと動けなくなってしまう食いしん坊が、いつものようにご飯の催促をして来る。
三人の中だと、カノンの食事についてが一番大変だ。
最近は味の付いたものでも食べてくれるようになったけど、最初は生野菜しか食べてくれなかったから、エンゲル係数が厳しい事になりかけてたんだよなぁ・・・最近野菜高いし。
まぁ、この前父さんが帰ってきた時に、すかドリで日々廃棄する食材の一部をこっそり回してもらう許可を得られたお陰で、かなり負担は軽減出来たんだけど。
・・・本当に助かったよ・・・主に僕のお財布が。
「うーん・・・やっぱり大したもの残ってないし・・・チャーハンにしよう」
冷蔵庫を開けて5秒で今日の献立が決まる。
材料を取り出し、冷凍しておいた白米をレンジに入れて解凍を始めつつ、テキパキとエプロンを着けた。
紅茶用のお湯は先に沸かしちゃうと冷めちゃうから、もう少し後でいいかな。
先に具材のカットに取り掛かる事に決めて、まな板へと向かった。
「あァー・・・ハラへった・・・・・・」
「カノン、お行儀悪いわよ?」
台所のカウンター越しにかすかに聴こえてくる皆の会話をBGMに、調理を進めていく。
まずはピーマンの種を取って、細かく刻んでっと──
「・・・あら? クロったらどうしたの? 元気ないじゃない」
「あっ、えと・・・そんな事・・・ない・・・です・・・」
お次はベーコンをカットして・・・白米の解凍が終わるまで少し時間かかるし、カノンが食べたがるだろうから先にレタスをちぎっておく事にしよう。
「私に隠し事出来ないのは知ってるでしょう? ガマンは体に毒よ?」
「・・・でも、あの・・・今は、本当に大丈夫なんです・・・」
下ごしらえが終わったところで卵を3つ割って、具材を炒め始める。
焼き加減を見ながら卵液をかき混ぜていると、レンジがピー!と音を立てた。
「・・・そう。私も無理に視たりしないけれど・・・悩みがあったらすぐに言って頂戴ね?」
「はい・・・ありがとう、ございます・・・・・・」
卵を炒め、次いで白米を投入し、木べらでほぐしながらフライパンを何度か振る。
「? オイ、一本角。あんだぁそのヘンなの?」
「えっ? ヘンなの・・・って──」
そうだ忘れてた。最後にかける紅生姜を・・・・・・
「うひいぃぃぃぃぃいいいいいっっっ⁉」
と、冷蔵庫の扉に手をかけた瞬間──リビングの方から、クロの悲鳴が聴こえた。
「ど、どうしたのっ⁉」
慌てて火を止め、フライパンに蓋をしてキッチンから出る。
一体何が・・・⁉ そう思って、クロの姿を探すと・・・・・・
「あっ、あうぅ・・・はわわわ・・・!」
涙目になっている彼女の二の腕から───
何故か・・・小さなキノコが一本、生えていたのである。
「・・・えっ?」
なぜそんな事が起きたのか、全く訳が判らず、思考がフリーズしてしまう。
「だ、大丈夫なの・・・?」
いつもは冷静なティータですら、突然腕からキノコが生えてくるという異常な現象には戸惑っているようで、クロの身を心配するのが精一杯なようだ。
迂闊に動く事も出来ない状況の中・・・沈黙を破ったのは、カノンだった。
「・・・・・・フンッ!」
「ひゃうっ⁉」
何と彼女はあろう事か──クロから生えたキノコを、引き抜いてしまったのだ!
「えぇぇぇっ⁉ ちょちょっ、ちょっとカノンッ⁉」
「なっ・・・何してるのよ貴女は⁉」
思わず狼狽してしまう僕とティータだったが・・・当の本人はこちらに目もくれず、手にした茶色い傘のキノコをしげしげと眺めている。
「クロ、大丈夫・・・?」
「あうぅ・・・は、はいぃ・・・ちょっと・・・ヒリヒリしますけど・・・」
薄く涙を浮かべるクロは、左の二の腕を擦っていた。
・・・そういえば昨日・・・キノコの怪獣が、あの部分を触っていたような・・・・・・
まさか、と思った直後───
「あっ! カノン! やめなさっ・・・」
「・・・あむ・・・・・・ん~~・・・味はビミョーだな」
脳裏に浮かんだ嫌な予感は、カノンの更なる暴走によって掻き消されてしまう。
見れば、既に傘の一部が欠けており、彼女はそれを飲み込んだ後だった。
「だっ、ダメだよ知らないキノコ食べちゃ! 毒があるかも知れないんだから!」
すぐに吐き出させなきゃ!と判断して、慌ててエチケット袋を探す。
「ンだよガタガタうるせーな・・・別に何ともな──」
<ム~~~ッ!>
カノンが不機嫌そうな顔で頭を掻いたのと同時・・・
突然、甲高い声が室内に響いた。
「・・・? 今の声は・・・?」
三人が、声の発生源──カノンが手に持つキノコに、顔を寄せると───
まるで見計らったかのようなタイミングで、その傘の部分から黄色い煙が噴射された。
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