恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第三章「星の降りる日」・③

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「・・・まだ・・・立ち上がるのか・・・No.007・・・・・・」

 思わずそんな台詞を吐いてしまう程に・・・ヤツの身体は、痛々しい状態だった。

 全身の鎧の大部分が赤熱し、となって流れ落ち始めている。

 その様は以前、「卯養島うかいじま」でNo.013の荷電粒子砲を食らった直後の姿を彷彿とさせた。

「・・・・・・ッ!」

 そして私は同時に、横須賀に帰ってきた日の夜の事──

 「この状態のNo.007を放っておくと何が起こるのか」を思い出し・・・強く歯噛みする。

 図らずも、すぐ側に海がある所までが符合しており、最悪の想像が脳裏を過った。

「時間がないな・・・クソッ!」

 愚痴めいた思いを舌打ちと一緒に吐き出してから、ヘルメットの左側に手を当てる。

「作戦については今説明した通りだ! まずはNo.020の足を止めるぞ!」

『『『『アイ・マムッ‼』』』』

 揃った返事に奮い立たされつつ・・・紫の巨体に目を向ける。

<ギッ・・・! ギイィ・・・ッ‼ ギイイィィイシャアァァハハハハハハハッ‼>

 気づけば、傷口から湧き出た「黒い指」の姿は既になく──

 代わりに元通りになった首が、再び耳障りな嗤い声を上げていた。

 時間はかかるものの、やはり完全に再生してしまうようだ。

 絶望がより色濃くなった感覚がしたが・・・とにかく今は、柵山少尉の推論が当たっている事を信じて、やれるだけやるしかあるまい。

「ハウンド2! ミサイルだ! 可能な限りヤツの足元に当てろ!」

『アイ・マムッ!』

 返事が聴こえてから数秒後・・・すぐ近くで、バン‼と大きな音が一つ鳴った。

 打ち上がったミサイル──ラムパール社製の<RJV-028>は、空高く飛翔しながら内蔵カメラによってNo.020の姿を捉える。

 そして、中尉が着弾地点の入力を済ませた瞬間、獲物を狙う猛禽のように、地表へ向かって一直線に降下を始めた。

<ギイイィィイシャァァアハハハハハハッ‼>

 しかし、No.020がその接近に気が付かないはずがない。

 完全な回復を果たしていたヤツは、俊敏な触腕の動きで空中のミサイルを叩き落とす。

 当然、その衝撃によって信管が作動し、爆発で触腕の先端は弾け飛ぶが・・・すぐさま再生されてしまう。

 ミサイルだけでは、足を止める事すら出来ないのか・・・⁉

『・・・隊長ッ! 俺たちも──』

「待て! 今<アルミラージ・タンク>が狙われるのはまずい!」

 歯痒い思いを堪えながら、即座に連絡してきた竜ヶ谷少尉を制止する。

 ハウンド3は本作戦の要だ。万が一の事があれば、元も子もなくなってしまう。

『けどよっ! このままじゃ──』

『! No.007が・・・っ!』

 なおも食い下がる竜ヶ谷少尉だったが・・・その途中でオープンチャンネルに飛び込んできたユーリャ少尉の声に、私もつられてNo.020の右方へと視線を移す。

<グッ・・・オオオオオオオォォォォォォォッッ‼>

 そして、聴き慣れた雄叫びが耳に届き──同時に、驚愕する。

 立つのがやっと・・・いや、の状態ながら・・・

 ネイビーの巨竜は、相対するNo.020へと向かって再び駆け出したのである。

 巨大な足が地面を蹴る度に、熱で融けた鎧が雫となって後方へと飛び散り、文字通りの意味で少しずつ身体が失われていく。

 だが、それでもヤツは・・・走る。

「どうして・・・そこまで・・・・・・」

 誰に言うともなく溢れた呟きは、海風にさらわれ──

 同時に内心に浮かんだのは・・・「負けていられるか!」というただ一念だった。

「・・・ハウンド2! もう一度だ! ありったけブチ込めッ‼」

『アイ・マムッ‼』

 指示を飛ばすと、立て続けの破裂音と共に、5つの細い白煙が海から空へと伸びる。

 そして、No.007を迎え撃たんと触腕を振り上げたNo.020の元へ、全てのミサイルが殺到した。

 如何に驚異的な再生力を持つNo.020と言えども、直撃すればただでは済むまい。

 ヤツもそれを理解しているのか、振り上げた触腕で以て、咄嗟にミサイルを打ち払った。

 先程と同じような光景が繰り返され・・・唯一迎撃を免れたミサイルが一基、No.020の足元で炸裂する。

 爆発の威力で右脚が吹き飛ぶが、やはり、すぐに元通りになってしまう。

<グオオオオオオオオォォォォォッッ‼>

 ──しかし、その僅かな隙があれば十分だった。

 爆煙に紛れて、No.007は先程よりも深くNo.020の懐に入り込む。

 長い首を右脇で挟むように抱え、左手で触腕を束にして掴み、更には押し潰さんとする勢いで足を踏んで、No.020をその場に釘付けにした。

 ヤツの足を止めたい我々にとっては、まさに願ったり叶ったりの状況だ。

 まるで、かのようで・・・誰の仕業かを察し、舌打ちが出る。

「余計な事を・・・・・・」

 姿は見えないが、No.011もこの状況を見ているという事だろう。

 お節介を疎ましく思いつつも──今は、この機を利用するしかないと決断した。

「ハウンド3! チャンスは一度だ! いいな!」

『・・・アイ・マム』

『判ってますって! お任せ・・・あれっ!』

 竜ヶ谷少尉の調子の良い返事と共に、<アルミラージ・タンク>から甲高い音が鳴り始め、水色の光が漏れ出してくる。

 メイザー粒子の加速と圧縮が始まった合図だ。

「テリオ! <サンダーバード>の用意は!」

『いつでも行けます。・・・ただ、普段の「メイザー・ブラスター」よりも威力が強いために、歪曲フィールドが耐えられず、本体が破損する可能性が高いと思われます』 

「・・・やむを得まい。それでヤツを倒せるならむしろ儲けものだ」

 一瞬、開発者サラの号泣する顔が脳裏を過ったが・・・特に気にしない事にした。

<ギイィィイシャアァァアハハハハハハッッ‼>

<グオォ・・・ッ‼ オオオオオォォォォォ・・・ッッ‼>

 No.020は相手を引き剥がそうと必死に抵抗し、逆にNo.007は振り払われまいと鋭い牙を食い縛って堪えている。

 <圧縮砲>モードの準備が完了するまで、あと少し・・・!

「竜ヶ谷少尉! タイミングは任せる!」

『へへっ・・・どうも!』

 緊張感に欠ける声が返って来た所で、水色の光が一際強い輝きを放った。

『・・・ヘラヘラしてて外したら・・・許さない・・・・・・』

 竜ヶ谷少尉に釘を差しながら、ユーリャ少尉は巧みなハンドル捌きで<アルミラージ・タンク>を駆り、ベストな狙撃位置ポジションにつける。

『誰に向かって言ってんだよユーリャ──』

 すると同時に、<アルミラージ・タンク>のパラボラ部分が、伝導針を包むように、百合の花の蕾のような細長いシルエットへと変形する。

『こういう場面で外さねぇから・・・俺は普段ヘラヘラしてられんのさッ‼』

 そして、少尉の軽口を合図にトリガーが引かれ──

 極限まで加速された帯電メイザー粒子が、一条の光となって空を灼く。

 貫いたのは・・・再生したばかりの首の先にある、No.006のそれに似た頭部だ。

<ギイイイィィイィイイイイ────ッッ‼>

 しかし、これだけでは先程の二の舞い。この作戦の肝は・・・ここからだ!

『──歪曲フィールド、展開』

 No.020の黒い首の先端を貫いた、メイザー光線──その光の向かう先には、四基のプロペラによって滞空していた、<サンダーバード>の姿があった。

 ・・・<サンダーバード>の発生させる歪曲フィールドの本来の用途は、粒子の加速後には移動出来ず、かつ直線上にしか撃てない「メイザー・ブラスター」の軌道を「屈折」させ、目標に命中させる事にある。

 故に、理論上は・・・

「行け・・・ッ!」

 そして、思わず声が漏れた、その瞬間───

 陽炎のように揺らめく歪曲フィールドに、水色の閃光が到達して──屈折したそれは、ほぼ直角に反転──

 No.020の胴体の上・・・の中にあるもう一つの頭部をも、貫いてみせた。

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