恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第十三話・プロローグ

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◆プロローグ


<グオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアァァァッッ⁉>

 悲痛な叫喚が、不可視の球体越しに耳をつんざく。

 クロの強さの象徴とも言える、彼女の「右手」──

 必殺のライジングフィストで、立ち塞がる敵を打ち倒して来たそれが──今、無惨にも、右腕ごとじ切られてしまったのだ。

「こんなの嘘だ・・・嘘だよ・・・‼ あっ、あぁ・・・ああぁぁあ・・・っ‼」

 目の前の光景が信じられず、頭に浮かんだ言葉が止め処なく溢れ・・・そして、決壊する。

「うわあああああああああああぁぁぁぁあああぁぁあああっっっ‼」

 身体を襲っていた激痛は、シルフィのお陰で収まったはずなのに・・・

 僕の胸には、先程までよりもずっと深く、激しい痛みが広がりつつあった。

「なんて・・・事・・・を───ぐギぎぎッ・・・‼」

 そして、眼前の惨状に心を乱されてしまったのは・・・僕だけではない。

「よク・・・モ・・・あノ子ヲ・・・・・・キズつケタなァアッッ‼」

 普段の姿からは想像出来ないような、激情に駆られた叫びがティータの口から洩れる。

 今日の彼女は、「赤の力」をかなり使ってしまっており・・・理性を司る右瞳みぎめには、既に幾筋もの真っ赤な亀裂が走っていた。

「おっ、オイッ‼ ハネムシッ‼」

 この先に待つ更なる悲劇を予感して、カノンはティータを止めようと声を荒げる。

 しかし、怒りに満ちた両の瞳は、三つ首の怪獣を捉えて離さない。

 左瞳ひだりめから炎のようなエネルギーが噴き出し始め、僕も何か声をかけなければと逡巡していると───

『──ティータ、落ち着いて。今キミにまで暴れられたら、本当に何もかも終わりだよ?』

 文字通り、冷や水を浴びせるかのように、シルフィがぴしゃりと「声」を放った。

「ッ‼ ・・・・・・グ、うぅぅ・・・ッ‼」

 以前、暴走した自分を抑えてくれた事のあるシルフィからの言葉は、ティータにとっても重かったのだろう。

 彼女は、震える左手で自らの左瞳を覆い隠し・・・すんでの所で迸る炎を抑え込むと、息を切らしながら謝罪した。

「・・・・・・ご、ごめんなさい・・・取り乱したわ・・・・・・」

 シルフィはその言葉に応える事なく、三つ首の怪獣へと目を向ける。

『考え得る限り・・・最悪の状況だね』

 ティータが「ラハムザード」と名指したそれは、クロの体を縛り付けにしたまま、狂ったようなわらい声を上げ続けていた。

<<<アァァアアハハハハハハハハハハッッ‼>>>

 その姿を視界に入れるだけで、頭と胸に鈍い痛みが沸き起こる。

 先程の黒い怪獣を前にした時以上に・・・僕の心は、絶対的な恐怖に支配されていた。

 アレは、僕たちの理解の埒外にある存在だと──

 生きているうちに出会うべきモノではないと──

 今すぐにここから立ち去れと──

 本能が、必死に警鐘を鳴らしているのが判った。

『一旦、家に帰ろう。ハヤトにもが必要だろうし』

 そんな僕の弱気を見抜いたのか、シルフィが迷いなくそう口にする。

「・・・? 一体どういう──」

 が、僕には彼女の言葉の意味が咄嗟には理解出来なかった。

 すぐに聞き返そうとして・・・カノンの怒号がそれを遮る。

「オイ‼ キラバエッ‼ てめぇ・・・一本角を置いてくつもりかよッ‼」

『・・・・・・』

 シルフィは、応えない。黄金きんの瞳は、カノンの方に振り返ろうとはしなかった。

「そうよ! それに、アカネとJAGDの子たちもすぐここに来るはず・・・みすみす見殺しには出来ないわ・・・!」

 ティータも続く。

 確かに彼女の言う通り、今すぐクロを助けたとしても、次はアカネさんたちが戦いを挑む事になるだろう。こちらと同じで満身創痍にも関わらず、だ。

 二人の言葉を受けたシルフィは、僕の方に視線を移す。

 ・・・思考が纏まらないなりに、いま僕がどうすべきかは判る。

 黄金の瞳を正面から見据えて頷くと、溜息と共にシルフィは首を縦に振ってくれた。

『・・・・・・遅かれ早かれだと思うけどね・・・』

 同時に、何かを呟いたような「声」が頭の中で響いたけれど──

 問い質す間もなく、彼女の胸の結晶からオレンジ色の光が漏れ出す。

 カノンとティータの体が光そのものに変わって、即座に球体の外へと飛び出していった。

 ・・・先程の激戦から、1時間と経っていない。二人の体は未だボロボロのはずだ。

 それでも──クロを助けるために、彼女たちは行く。

 そして、僕は──そんな二人の背中を、見守る事しか出来ない。

<グルアアアアァァァァァッッ‼>

<キュルルルルルルルル───‼>

 数秒と待たず、二つの雄叫びが横浜の街に響き渡った。

 ティータまでもが鳴き声を上げたのは、敢えてだろう。

 明確な敵意を持った声を聴いて、ラハムザードの三本の首は、同時にカノンとティータの方へと視線を向けた。

<<<アァ──ハハハハハハハハッッ‼>>>

 次いで、一層愉しそうに嗤うと、クロに巻き付いていた首をほどき・・・もう興味はないとばかりに、巨大な腕を振るってネイビーの身体を軽々と弾き飛ばしてしまった。

「・・・ッ‼」

 絶句して、声を出す事も出来なかった。

 宙を舞ったクロは、けたたましい音と共に近くのビルの壁面にその巨体をうずめ──瓦礫の中で、がっくりと項垂うなだれてしまう。

『・・・意識を失って、回路が戻ったみたいだ』

 言葉を失っている僕の隣で、シルフィは冷静に・・・いや、冷徹にさえ聴こえる調子で呟き、胸の結晶を光らせた。

 連動して、クロの身体が光の粒子となって霧散してゆく。

「───ハァ・・・ッ! ハァ・・・ッ! ハァ・・・ッッ!」

 そして、球体の中へと戻ってきたクロには・・・やはり、右腕が欠けていた。

「クロ・・・ッッ‼」

 人体では有り得ない赤熱した断面は、まるで元から何も付いていなかったのではないかと錯覚してしまう程に──絶望的で、容赦のない「傷痕」だった。

 否応なく込み上げてくる嘔吐感を必死に飲み込みながら、クロの下へと駆け寄る。

 けれど、いくら彼女の名前を呼んでも、辛そうな呼吸を繰り返すだけで返事はない。

 ひたすらに味わわされる無力感に・・・気付けば、握った右の拳から、血が滲み出ていた。

 ──球体の外からは、カノンが再び咆哮を上げたのが聴こえてくる。

「二人とも・・・無理はしないでね・・・」

 今の僕に出来るのは・・・ただただ、彼女たちの無事を願う事だけだった───



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