恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第三章「この手がつかむもの」・⑦

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       ※  ※  ※


 朦朧とした意識の中で・・・・・・僕は、確かに見た。

 何度打ちのめされようと、それでも立ち上がり続けたクロが・・・皆に送り出されながら、渾身の一撃を繰り出し──

 そして、新たな姿へ変わったのを。

『クロに・・・あんな能力があったなんて・・・・・・』

 多少の事では動じないシルフィも、本気で驚いているのが判った。

 僕は、激痛を必死に堪えながら上体を起こし・・・その勇姿を、目に焼き付ける。

 最も目を引くのは──右肩で今もなお燃え続けている、真っ赤な炎だ。

 まるで、燭台のようだけど・・・炎の根元では、深紅の筋繊維が剥き出しになっているのが見えた。

 ・・・おそらく、カノンやザムルアトラとの戦いで見せた、筋力を増強させた技の応用なのだろう。

 体内で生まれる高熱を、あの部分から放出し続けているんだ。

 一度は失い、たった今奪い取った右腕は、完全に形状が変化している。

 しかも・・・腕だけでなく、右頬からは新たにツルハシ状の突起が生え、頭や肩の突起も、右側だけが延伸されているのが判った。

 彼女が、力のほとんどをその右腕に集中させている証拠だろう。

 ───そして、もう二つ。

 背中からは、肩のそれに並ぶようにして、新たに二本の突起が生えていた。

 それらはまるで・・・カノンの甲羅から伸びる、巨大なトゲを想起させる。

 さらに顕著なのは、クロの右眼。

 全身にくまなく走るオレンジ色のラインは、顔の右半分にも存在していたけれど・・・

 その発生源たる瞳が、鮮やかな紅一色に染まっていたのだ。

 ・・・その姿を──そこに込められた「意図」を感じて──思わず、頬が緩む。

「カノンと・・・ティータの力が・・・宿ってる・・・みたいだ・・・・・・」

 息も絶え絶えに呟くと・・・視界の端で、シルフィがゆっくりと頷いた。

『きっとあれは・・・クロの想いが、強く現れた姿なんだろうね』

 ・・・心臓を襲う「熱」は、一向に収まる気配を見せない。

 それでも・・・この胸に、とてつもなく穏やかな「何か」が湧き上がってくるのを、僕は実感していた。

 ・・・・・・クロの・・・「勇気」の、お陰だ。

「がん・・・ばって・・・っ! クロ・・・っ!」

 精一杯、声を絞り出して、彼女の名前を呼ぶ。

 球体の外では・・・いよいよ、最後の戦いの幕が切って落とされようとしていた──


       ※  ※  ※


<グオオオオオオオオオオオオオオオオ───ッッ‼>

<<<アアァァアアアアアハハハハハハハッッ‼>>>

 四つの咆哮が、大気を激しく震わせる。

 対峙する二体のジャガーノートの体表では、赤と紫の炎が、それぞれ揺らめいていた。

「・・・・・・」

 No.007は、どこか他のジャガーノートとは異なる「何か」を持っていると・・・

 ずっとそう感じていたが・・・今この時、私の直感は、間違っていなかったのだと確信した。

<グオオオオオオオオオオオオオッ‼>

 ───最初に仕掛けたのは、No.007だ。

 肉体の一部を奪い取られ、たまらず距離を取ったNo.021目掛けて、真っ直ぐに走る。

 見れば、頭部以外は即座に再生してしまうはずの黒い外殻は・・・

 その左胸が、抉り取られたように欠けたままになっていた。

「・・・どうやら、今のはヤツにとっても想定外だったらしいな」

 状況が変わった事を、肌で感じる。

 と、そこで・・・迫り来るNo.007を前に、No.021は再び三つの口から火炎を放った。

 多少肉体を失ったからといって、その火勢が損なわれた訳ではなかったのだが───

<オオオオオオオオオッッ‼>

 No.007は、足を止める素振りすら見せずにその只中ただなかへと飛び込んでゆき・・・

 そして、浴びせかけられる炎を全て受け止めた上で、右肩から「排熱」し、無力化してしまったのである。

「なっ・・・なんて荒業だ・・・!」

 より激しく燃え盛る肩の炎を、尾のように引きながら──No.007が再び肉薄する。

<<<アアアアアァアアアハハハハハハッ‼>>>

 対するNo.021は、火炎を無効化された事にうろたえる様子はなく・・・

 変わらず嗤い声を上げたまま・・・その長い首で以て、No.007の右腕に巻き付いた。

「ッ‼ まずい・・・!」

 思わず、昨日観た凄惨な映像が思い起こされるが・・・しかし。

<グオオオオオオオオオオオオオオオオオ───ッッ‼>

 生まれ変わったNo.007の力は・・・こちらの想像を、遥かに超えていた。

 驚くべき事に──腕に巻き付いたNo.021の中央の首を、左手で鷲掴みにしたNo.007は──

 そのまま振り返るようにして身体を捻ると・・・自分よりも一回り以上大きな黒い巨体を、強引に持ち上げてしまったのである。

「ま、まさか・・・‼」

 そして、背中に乗せるようにしたNo.021を──そのまま、地面に勢い良く叩き付けた。

 要するに、ヤツは・・・あの巨体に対して、「背負投」をしてみせたのだ。

 今までとは桁違いの膂力りょりょくに、思わず絶句する。

<<<アアアァアアァァァァアハハハハハハッッ⁉>>>

 さすがにこれには、さしものNo.021も困惑を隠し切れていなかったが・・・ヤツもただでは起きない。

 倒れたまま両腕を構えると──その前面に付いた巨大な「眼」から、紫色の火球を散弾銃のように放出したのである。

<グオオオオォォォォッ⁉>

 熱に対しての耐性が出来たとは言え、さすがに手数があるとすぐには対処出来ず・・・No.007はたじろぎ、後退。

 その隙にNo.021は背中から炎を噴き出しながら起き上がり、再び相手と距離を取った。

 ヤツめ・・・まだあんな技を隠し持っていたとは・・・・・・

「・・・力は互角・・・いや・・・・・・再生能力がある分、まだNo.021の方が有利、か───」

 おまけに・・・腕時計型端末に目を向ければ、時刻は一三四◯を指していた。

 No.011の言っていたタイムリミットまで・・・もう、時間がない。

「・・・・・・・・・」

 逸る気持ちを捻じ伏せるようにして──大きく、一つ、息を吐いた。

 当初の作戦は既に瓦解してしまっているが・・・最後まで、諦めてなるものか・・・!

『──隊長! No.021が負った傷の部分は、外殻が極端に薄くなっています! あそこになら攻撃が通じるかも知れません!』

 と、そこで、柵山少尉から有益な情報が入った。

 ドローンからの映像を、穴の開くほどに観察してくれていたのだろう。

「聞いていたな! ハウンド2! ハウンド3! No.021の左胸の傷を狙え! 効果が見られれば、二台でその一点を集中攻撃しろ!」

『『『『アイ・マムッ‼』』』』

 端末に向かって声を張ると、負けじと気合いの入った返事が来る。

 自然と口角が上がったのを自覚すると・・・そこで、No.011の声が耳に届く。

<・・・・・・私達も・・・負けていられないわね・・・っ!>

 倒れ伏していた身体を、自らの念動力で起き上がらせ──二色の翼が、再び宙に浮いた。

<ルアアアアアァァ・・・ッ‼>

 呼応するように、No.009も、大きな頭をブンブンと左右に振って己を鼓舞する。

 その闘志に、尽力に・・・・・・私は思わず、かけるべき言葉を探し───

<<アアアアァァアアアアハハハハハッッ‼>>

 再びNo.021が熱線の発射体勢に入ったのを見て、即座に気持ちを入れ替えた。

「ラビット1! 中央の首を狙えッ!」

『了解! ・・・発射します‼』

 虎の子の一撃は、ヤツの意識外から、熱線の発射口を消し飛ばす事に成功する。

<グオオオオオオオオオオオォォォォッ‼>

 そして、生まれた隙を見逃さず・・・No.007は再び黒い巨体へと駆けて行く。

 その様を横目に見ながら、私は司令室へと通信を飛ばした。

「松戸少尉! B班とD班が最後に居た位置座標を送ってくれ!」

『アイ・マム! ただいま!』

 <ヘルハウンド>に積んでいた自前の「メイザー・ブラスター」は、先程撃ってしまった。

 有効な武器が手元にない以上・・・後は、戦場に残っている分を使うしかない。

『──超特急でただいまとうちゃーくっ‼』

『攻撃、開始します・・・っ!』

 座標データを受け取ったテリオにガイドを任せつつ、再びアクセルを回した所で、すぐ近くに<アルミラージ・タンクⅡ>の車体が滑り込んでくる。

『おいおい! 遅れてんぞユーリャ!』

『・・・・・・黙って。気が散る・・・』

 どうやら、目の前の機体に乗っているのはハウンド3の方らしい。

 世界が終わるかどうかの瀬戸際ですら、いつも通りな面々に・・・

 持て余し気味だった焦燥感が、少しだけ軽くなってゆく感覚がする。

 こういう所もまた、彼らの強さだな。

<<アアアアァァアアアハハハハハハハッッ⁉>>

 そして、<アルミラージ・タンクⅡ>から放たれた水色の稲妻が、No.021の「傷跡」に命中すると・・・

 今までとは明らかに違う嗤い声が、残った左右の頭から漏れた。

<・・・! ミサイルを撃って頂戴! 私があそこに当てるわ!>

「簡単に言ってくれる・・・!」

 同じく、狙い所と見たNo.011が、横暴な注文を飛ばして来る。

 舌打ち混じりに、端末へと呼びかけた。

「マクスウェル中尉! ミサイル斉射を伝達! No.011に操作させる!」

『・・・! アイ・マムッ!』

 No.013戦で見せた芸当をやるつもりだと、即座に理解してもらえたようだ。

<グオオオオオオオオオオオオッッッ‼>

 さらに、そのタイミングで、No.007がNo.021に襲いかかる。

 鋭い爪を立てると、それをNo.021の左腕の内部へと突き入れ・・・そのまま抉り取った。

<<アアアアアァァァハハハハハッ⁉>>

 立て続けの攻撃に対処出来ず、No.021は身体を乱暴に振る事しか出来ない。

 ──と、そこで、ミサイルの飛翔音が近付いて来る。

 すると、No.007は、爪の攻撃を中断して、ヤツの左腕へと素早く取り付き、大きく手前に引き寄せた。

<助かる・・・わっ‼>

 そうして、がら空きとなった左胸に・・・赤い光に包まれたミサイルの雨が降り注ぐ。

 今のは、咄嗟のコンビネーションだった訳か・・・!

 思わず感心していると、さらに──咆哮を伴い、No.009が右方から突進を仕掛けた。

<グルアアアアアアアアアアァァァァァァッッ‼>

 既にまともな防御行動すら取れていないNo.021は、為す術もなく──

 遂に・・・黒光りする巨大な角が、ヤツの右腕へと突き刺さった。

 直後、その角を伝導つたって・・・水色の稲妻が黒い巨体へと直接流し込まれる。

<<アアアァァァアァァアハハハハハッ⁉>>

 耳触りな嗤い声は、もはや、悲鳴にしか聴こえない。

 程なくして、放電が終わると・・・後退したNo.021の元へ、再びNo.007が迫る。

「今だッ! ハウンド2! ハウンド3! 追撃を──」

 私もまた、好機と見て、端末に声をかける・・・が、しかし───

<・・・っ‼ 星道が・・・っ‼>

 No.011の狼狽ろうばいする声と共に・・・私の視界にまで、空に浮かぶもう一つの太陽が放つ、激しい光が飛び込んでくる。

 またしても・・・なのか・・・ッ‼

 すると──光を浴びた黒い外殻の各部が、バキン‼バキン‼と音を立てて割れ始める。

 そして、同時に・・・その割れ目の全てから、紫色の炎が噴き出した。

 尋常ならざる様子に、今まさに飛び掛からんとしていたNo.007も、慌てて引き留まる。

<<<アアアァァアァアアアァァアハハハハハハハハッッッ‼>>>

 さらに、背中の炎も出力を増し・・・

 遂には、三つの頭の後ろからも、「たてがみ」のような紫色の輝きが生じた。

 その様はまさに、古代に描かれた「龍」を彷彿とさせる。

 いよいよヤツが・・・No.011の云う「本来の姿」に戻ろうとしている・・・という事か・・・!

「・・・・・・・・・クソッ・・・!」

 人類と、三体のジャガーノート・・・種を超えた力を合わせても・・・・・・

 ヤツにあと一歩・・・あと、もう少しが・・・届かない・・・‼

「どうする・・・ッ! どうすれば・・・ッ‼」

 私は、廃墟と化した街を疾走しながら──ひとり、歯噛みした。

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