私が猫になってから

フジ

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息子への愛情

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結局ご飯は美味しかった。
今日の朝もいっぱい食べた。美味しかった。マグロの味がした。


(身体は猫になってるから味覚は猫のままなんだ…毛繕いとか、トイレとかも、自然にできてるもんな~)


意識だけ人で他は猫なんだな。なんか眠いし、聴覚するどいし、ひんやりした所で寝転びたいし…とお腹を出して、大の字になる。
暑い、すごく暑い、ここが1番冷たい気がする…。


リラックスしているからか、尻尾がだらり…とテーブルから垂れ下がっても気にならなかった。


(陽介はまだ起きてこないのかな)
昨日は相当疲れたのだろう、いつもは7時には起きるのに、今9時だ。

正也さんも寝室から出てきていない。
2人とも火葬場で泣きっぱなしだったからな、大丈夫かな、とモヤモヤしてきて、よし!とテーブルから降りた。

ペタペタと廊下を歩き、ドアノブを見た。結構高い所にある。
(大丈夫かな、届くかな)
前足をいついこうか、と足踏みをする。

今だ!と思うと同時に、身体が軽やかにジャンプする。


そして、思いっきり引っかかった。
懸垂が出来ない人みたいにぶら下がった形になって、前足が千切れそうに痛かった。
(いたぁぁぁぁぁ!)

思わず床に寝転んで、お腹を舐めた。

落ち着く…すごく焦った。舐めたら落ち着く
こんな痛い思いをしたんだから、開いているだろうと期待して見るも、ガッチャン!と言う派手な音がしたが、開いてない。
(くそおおおおおお…うう痛い)
今思い出したが、ミミはもっと外側を滑ってドアノブを下げてたのかも。
(今思い出しても意味ないから!)
と必死に落ち着きを取り戻そうと身体中を舐めた。


するとカチャと扉が開いた。ん?と思い扉を見ると、陽介がこっちを見て、シーと指を立てて静かに、というポーズをしていた。昨日の正也さんみたいで、少し微笑ましくなり、昨日寝ている姿をちょっとみただけだったので、陽介とあえて嬉しくなる。

「おはよ、ミミ」
『おはよう、陽介』

また会えることが嬉しくて、おもわず足に抱き着いて顔を除く。
にゃーんにゃーん、と足にまとわりつくミミに陽介は、抱っこしてもいい?って聞いた。
(うんいいよ、私も陽介に触れたい)
「ミミ、熱いね」
やっぱり降りて、と無情にも降ろされた。しかもなかなかの高さから。
突然支えを失った体が落下していく感覚にひゅ、と肝が冷えるもすた、と床に着地した。
(うわぁぁぁ、ふーびっくりした。これが猫ひねり…)
1人どきどきして、また身体を舐めていると、陽介が椅子を持ってきており冷蔵庫を開けて牛乳を取り出した。
(お腹すいたよね、正也さんは早く起きてよ)
小3の子供が1人で台所に立つのは見慣れなくて、少しだけハラハラする。
何するのかな、とジッと見ていると手際よくシリアルを棚から取り出して重たいお皿を取り出し、朝ごはんの準備をする。

牛乳はシリアルに当たって飛び散り台を濡らしているけれど、そんなことは気にしない。

そーっとテーブルに運び、スプーンがないことに気付きまた台所に行く。

陽介にしては大きいスプーンを持ってきた。


すたん、とテーブルに乗り、陽介の顔が見える所に座る。

さっきからスプーンでシリアルを沈めたりしてなかなか食べない。
(何してるんだろ、陽介早く食べたら?)
にゃおにゃお、と言うと、お皿をなんの感情もなく覗いていた陽介はこっちを見た。

「あのね、ミミだけに言うね」

本当は僕、カリカリじゃなくてやわやわになったやつが好きなんだ。と笑って言った。
初めて知った。今までも何回か中々食べないことで学校に遅れるよ、と急かして食べさせていた。

「ママがね、早く食べなさいって言うから、カリカリで食べてたんだけど…」
もう、やわやわがずっと食べれるんだよね。と下を向いてしまう。
話す内容はシリアルの好みだが、それだけではないような気がした。

「うっ、く、」
陽介の顔をどうしても見たくて覗きに行くと、涙を堪えていた。
目の下にこんもり涙を溜めて、堪えていたのだ。
(陽介、泣いてもいいのよ)
悲しいときは泣いてもいい、といつも言っていることだ。でもこの子は泣かない。

「あのね、僕、カリカリずっと食べるから…ママに帰ってきてほしいよ」
大きな目からぼろり、と涙が溢れた。それを急いでパジャマで拭いた。

だめ!泣いちゃったら、ママがいないってなっちゃう!泣くな泣くなよー…とテーブルに突っ伏してしまった。

我が子の痛ましい姿を見せられて、心で泣いた。
(ダメだこのままじゃこの子がー。)

『ニャーーーーーオーーーン!ニャーーーーーオ!』

全力で鳴いた。
目の前でいきなり狂ったように鳴き始めた飼い猫に、ビックリした様子で、陽介は顔をあげた。

その顔はまた涙でぐちゃぐちゃだった。

『陽介、お母さんはここにいるから…大丈夫、大丈夫だよ』
次から次へと流れる涙を、舌ですくいとる。
「いた、痛いよ、ミミ、ザラザラ!」
と抗議の声をあげるも、こっちは必死だった。
やめて、やめてよ~と笑顔になる陽介に、ホッとして、顔を離す。
至近距離で見つめ合い、陽介が、ミミ?と言った。
ミミが心に寄り添える存在であるように、とあの子の頬に頭を擦り付けた。



そのまま陽介は、泣かずに膝で丸くなっている私を撫で続けながらシリアルを食べた。


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