5 / 8
猫になるということ
しおりを挟む
※長いです。猫になっても暗い…。こんなはずでは…。
そして私は猫になった。
ミミと1つになってから気付いたことは、ミミの存在は完全には消えておらず、内に眠ったように感じた。そのことに心からホッとして、1人ではないという思いが支えになった。
猫になってからは火葬場に行けなくなり、どんなことが起こっているのか家で待つしかなくて、猫の歩き方や見え方の練習をして時間を潰した。
すると夜10時くらいにガチャン、と鍵が開く音がした。
家に帰って来た時は親戚はおらず2人だけで、陽介は正也さんにおんぶされて眠っていた。
正也さんの目が真っ赤なのが痛々しかった。
重そうに荷物をドサリ、と玄関に下ろし、ズレた陽介を背負い直す。
改めて2人の前に姿をあらわせたことに嬉しくて陽介が寝てるのに気を使えずに、正也さんに、こらミミ、シーと言われてしまった。
『おかえり、おかえり』
とさっきよりかは静かに言って、正也さんの足元に擦り寄った。
「遅くなってごめん、ご飯だな、待て待て」
パチリと廊下の電気を付けた時に、電気ついてなかったんだ、と気づく。猫の視界では暗闇でも見えており、逆に電気を付けられて眩しくて目がくらみ、その間に正也さんと陽介は寝室に消えてしまった。
(そうだ…寝室にはミミは入れなかったんだ)
猫好きで昔から猫を飼っていたが、布団に毛が付くのが嫌で、入れなかったことを思い出す。
トコトコと歩き、ちょこん、と扉の前に座る。
大きな扉が私達3人を隔てたことがすごく悲しくて、早く出て来てほしくて、なーおにゃおーんと扉の前で鳴いてしまってハッと気付いた。
(待ってよう、陽介が起きてしまう)
自分が寝かしつけの時ミミが廊下で鳴いてた時は、陽介がなかなか寝付かずに、文句の1つも言ってやりたい気持ちだった。それを今自分がしていることに気付き、顔を覆いたくなる気持ちだった。
カチャ…という起こさないように配慮された音がして、正也さんが出てくる。素早く近寄り、閉じられる隙間から中を見ると、ベットに陽介が寝ているのが見えた。
私の鳴き声で起こさなかったことにホッと胸を撫で下ろし、正也さんをねぎらうように、にゃーと鳴いた。
(本当にお疲れ様…色々とごめんなさい)
それはにゃーとしか正也さんに聞こえないってわかっていても、伝えたかった。
案の定正也さんは、それをご飯の催促だと思い「はいはい、待ってろよ」とカリカリのご飯を器に入れてくれた。
そしてネクタイを取ると、お風呂に消えて行った。
それに寂しさを感じるも仕方ない、と切り替えた。
猫の本能なのか、カリカリのご飯の前に座る。本当に食べれるのかなどうしよう、と思うも、お腹は空いている。葛藤しているうちに、正也さんがお風呂から出て来た。お皿の前で前足を使って、お皿をカリカリしている姿を見られてしまった。恥ずかしいと思うけれど、まだ勇気が出ない。
「まだ食べてなかったのか、…お前も食欲ないのか?」
俺もなんだよ、あいつが死んでから、何も欲しくないんだ…と頭を撫でられる。その言葉に、ハッと正也さんを振り向いた。確かに少し頬が痩せた、ヒゲも生えている。今までヒゲなんか見たことなかったのに。
ーワイルドさは独身までだ、これから君を守って行くのにヒゲはいらない!清潔感第1で、お義父さんから結婚をもぎ取ってやる!
と照れながらも笑う姿は今でも鮮明に覚えている。それから1日も欠けずにヒゲを剃っていた。
そんな夫が、痩せてヒゲも生えて。よく見ると家の所々に洗濯物があり、片付けも出来ていなかった。
どこか埃が溜まった臭いも、猫の嗅覚では感じられた。
ポタリ、ポタポタ、と瞳から水滴が落ちる。
それは上から落ちてくる。
お風呂から出た時とは違った湿った匂い。
胸がきゅうぅ…となる。
にゃー、と力無げに泣くと私を撫でる力が強まった。
それを痛い嫌だと思わず、私も強く撫でて欲しかった。
頭を撫でる手に擦り寄り、少しでも癒されるように。
(私の気持ちが少しでも伝わりますように)
撫でて、もっと私を撫でて。
「なんだ?気を使っているのか?」
はは、猫なのにな。と呟いた。
(猫じゃないんだよ、猫じゃ、ないんだよ)
気付くわけがない。気付くわけが。
妻が死んで猫になるだなんて。
それに気付いてくれるだなんて。
誰が信じる。
言葉にするとそれは陳腐なドラマのようで。
こんな姿で何ができるって言うの。
何をどう慰めるというんだろう。
(ミミ、ごめんなさい、私は貴女の好意を無駄にするかもしれないー。)
「さーて、俺も何か腹に入れるか。」と正也さんは立ち上がったので、ぱっと顔を上げると、猫と話してるなんて俺も相当だな、と私に向かって笑った。
その少しだけど生気のこもった声音で。
猫は泣けるのだろうか。
人だったら、確実に泣いていた。
想いが伝わらないけれど、ペットにしか言えない気持ちがあって、それを少しでも言葉に出すことで慰められるならば。
うわっ、と冷蔵庫の中身を漁りながら、これ食べれないかな…と悩んでいる夫を見た。
私は猫になってこの人の側にいる。
例え猫が妻だとは気付かなくても。
辛い時は側にいて、嬉しい時は一緒に飛び跳ねよう。
帰ってきたらお帰り、と言って、仕事に行くときは行ってらっしゃい、と伝えよう。
ミミからもらった最後の生を全力でまっとうしたい。
ーそのために!今することは!
(これからずっとこのご飯!何を悩むことがあるの!食べず嫌いはダメって陽介にも言ってる!)
と意気込んで、一口をガツ、と噛んだ。
そして私は猫になった。
ミミと1つになってから気付いたことは、ミミの存在は完全には消えておらず、内に眠ったように感じた。そのことに心からホッとして、1人ではないという思いが支えになった。
猫になってからは火葬場に行けなくなり、どんなことが起こっているのか家で待つしかなくて、猫の歩き方や見え方の練習をして時間を潰した。
すると夜10時くらいにガチャン、と鍵が開く音がした。
家に帰って来た時は親戚はおらず2人だけで、陽介は正也さんにおんぶされて眠っていた。
正也さんの目が真っ赤なのが痛々しかった。
重そうに荷物をドサリ、と玄関に下ろし、ズレた陽介を背負い直す。
改めて2人の前に姿をあらわせたことに嬉しくて陽介が寝てるのに気を使えずに、正也さんに、こらミミ、シーと言われてしまった。
『おかえり、おかえり』
とさっきよりかは静かに言って、正也さんの足元に擦り寄った。
「遅くなってごめん、ご飯だな、待て待て」
パチリと廊下の電気を付けた時に、電気ついてなかったんだ、と気づく。猫の視界では暗闇でも見えており、逆に電気を付けられて眩しくて目がくらみ、その間に正也さんと陽介は寝室に消えてしまった。
(そうだ…寝室にはミミは入れなかったんだ)
猫好きで昔から猫を飼っていたが、布団に毛が付くのが嫌で、入れなかったことを思い出す。
トコトコと歩き、ちょこん、と扉の前に座る。
大きな扉が私達3人を隔てたことがすごく悲しくて、早く出て来てほしくて、なーおにゃおーんと扉の前で鳴いてしまってハッと気付いた。
(待ってよう、陽介が起きてしまう)
自分が寝かしつけの時ミミが廊下で鳴いてた時は、陽介がなかなか寝付かずに、文句の1つも言ってやりたい気持ちだった。それを今自分がしていることに気付き、顔を覆いたくなる気持ちだった。
カチャ…という起こさないように配慮された音がして、正也さんが出てくる。素早く近寄り、閉じられる隙間から中を見ると、ベットに陽介が寝ているのが見えた。
私の鳴き声で起こさなかったことにホッと胸を撫で下ろし、正也さんをねぎらうように、にゃーと鳴いた。
(本当にお疲れ様…色々とごめんなさい)
それはにゃーとしか正也さんに聞こえないってわかっていても、伝えたかった。
案の定正也さんは、それをご飯の催促だと思い「はいはい、待ってろよ」とカリカリのご飯を器に入れてくれた。
そしてネクタイを取ると、お風呂に消えて行った。
それに寂しさを感じるも仕方ない、と切り替えた。
猫の本能なのか、カリカリのご飯の前に座る。本当に食べれるのかなどうしよう、と思うも、お腹は空いている。葛藤しているうちに、正也さんがお風呂から出て来た。お皿の前で前足を使って、お皿をカリカリしている姿を見られてしまった。恥ずかしいと思うけれど、まだ勇気が出ない。
「まだ食べてなかったのか、…お前も食欲ないのか?」
俺もなんだよ、あいつが死んでから、何も欲しくないんだ…と頭を撫でられる。その言葉に、ハッと正也さんを振り向いた。確かに少し頬が痩せた、ヒゲも生えている。今までヒゲなんか見たことなかったのに。
ーワイルドさは独身までだ、これから君を守って行くのにヒゲはいらない!清潔感第1で、お義父さんから結婚をもぎ取ってやる!
と照れながらも笑う姿は今でも鮮明に覚えている。それから1日も欠けずにヒゲを剃っていた。
そんな夫が、痩せてヒゲも生えて。よく見ると家の所々に洗濯物があり、片付けも出来ていなかった。
どこか埃が溜まった臭いも、猫の嗅覚では感じられた。
ポタリ、ポタポタ、と瞳から水滴が落ちる。
それは上から落ちてくる。
お風呂から出た時とは違った湿った匂い。
胸がきゅうぅ…となる。
にゃー、と力無げに泣くと私を撫でる力が強まった。
それを痛い嫌だと思わず、私も強く撫でて欲しかった。
頭を撫でる手に擦り寄り、少しでも癒されるように。
(私の気持ちが少しでも伝わりますように)
撫でて、もっと私を撫でて。
「なんだ?気を使っているのか?」
はは、猫なのにな。と呟いた。
(猫じゃないんだよ、猫じゃ、ないんだよ)
気付くわけがない。気付くわけが。
妻が死んで猫になるだなんて。
それに気付いてくれるだなんて。
誰が信じる。
言葉にするとそれは陳腐なドラマのようで。
こんな姿で何ができるって言うの。
何をどう慰めるというんだろう。
(ミミ、ごめんなさい、私は貴女の好意を無駄にするかもしれないー。)
「さーて、俺も何か腹に入れるか。」と正也さんは立ち上がったので、ぱっと顔を上げると、猫と話してるなんて俺も相当だな、と私に向かって笑った。
その少しだけど生気のこもった声音で。
猫は泣けるのだろうか。
人だったら、確実に泣いていた。
想いが伝わらないけれど、ペットにしか言えない気持ちがあって、それを少しでも言葉に出すことで慰められるならば。
うわっ、と冷蔵庫の中身を漁りながら、これ食べれないかな…と悩んでいる夫を見た。
私は猫になってこの人の側にいる。
例え猫が妻だとは気付かなくても。
辛い時は側にいて、嬉しい時は一緒に飛び跳ねよう。
帰ってきたらお帰り、と言って、仕事に行くときは行ってらっしゃい、と伝えよう。
ミミからもらった最後の生を全力でまっとうしたい。
ーそのために!今することは!
(これからずっとこのご飯!何を悩むことがあるの!食べず嫌いはダメって陽介にも言ってる!)
と意気込んで、一口をガツ、と噛んだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる