さよならPretender

榊 海獺(さかき らっこ)

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サーカスナイト

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「え。変更が入った!?」
 週明け、出社した僕を待ち受けていたのは、プロジェクト変更という難題だった。
「そうなんだよ。さっき中村さんから連絡来てさ、今回のアプリは声優さんに声入れもしてもらうんだけど、それもウチで面倒見てれないかって。」
「ウチって声優事務所と繋がりあったっけ?」
「金子部長に聞いたんだけど、無くはないらしいんだよ。営業1部の中田課長のところでやったことあるって。」
「中田課長かぁ。俺苦手なんだよな。」
「俺もだよ。」
「研修の時、散々搾られたもんな。」
「”こんなことも出来ないのか。”ってな。」
 二人して苦笑い。しかしながら、今回のプロジェクトの最終納期を把握している以上、もたもたしてはいられない。僕たちは直ぐに営業1部へ向かった。


「失礼します。営業2部の渡辺です。中田課長いらっしゃいますか。」
 静まり返った室内に響いた淳の声は、さながら道場破りかのように思えた。奥の席でムクっと立ち上がる後ろ姿が見えた。中田課長だ。
「なんだ。渡辺と秋野じゃないか。久し振りだな。どうしたんだ?」
「少しお話宜しいでしょうか?」
「おう。勿論。」
 僕らはミーティングスペースに腰掛ける。
「実は今我々で進めているプロジェクトに変更が出まして、急遽声優の方が必要になり、金子部長より中田課長の方で以前同じような事例があった旨お伺いしたもので、お力添えいただけないかと思いまして。」
「そうか。そういうことか。それはウチの会社としては、なかなかのイレギュラー案件だな。」
 そう言うと中田課長は宙を見上げ、顎を摩った。
「中田課長。以前はどのように対応されましたか。」
 中田課長は宙を見上げたまま答える。
「うーん。確かに似たような事例があったが、あの時は納期にかなり余裕があったから、一般公募を募ったんだよ。声優事務所に宛もなかったし。」
「一般公募ですか。」
 まさかの展開に固まる淳。ここは僕が突破口を見出さねばなるまい。
「中田課長。その時はどのような方が採用されたのですか。」
 あわよくば、その時の人を紹介してもらえないだろうか?そんな意図があった。
「ウチはその分野では、全くの実績がない会社だろう。だからあの時は応募が少なくて、限られた中から選ばなければならなかったんだよ。で、簡単なオーディションをして、1人の女の子を採用した。あの時採用した子は、たしか劇団に入ってる女子高生だったな。」
「女子高生。それっていつ頃のお話ですか。」
「確か4~5年前だったな。そういえば、あの子は今22~23歳くらいになるのか。早いもんだ。」
「その方とのコネクションは今もありますか?」
 淳が食い気味で問いかける。
「いやー。対面は愚か連絡すら取ってないよ。もう連絡は取れないと思う。」
「そうでしたか。」
 完全に手詰まりだった。


 肩を落とし、営業1部を後にした僕らは、金子部長にこのことを報告した。予想通りのリアクションが返ってくる。
「なんだ、そうだったのかぁ。俺はあの時関わってなかったから、てっきりプロの声優を手配したんだと思ってたよ。」
「今同じ手段をとったところで、プロセスを煮詰めるところから始めなければなりませんので、到底期日には間に合わないかと。」
「そうだよなぁ。あとは芸能関係にアプローチを掛けるしかないのか。」
「そうですねぇ。」
 結局何も解決案が出ないまま、この日は終業となった。

 それから数日が経ち、徐々に週末の影が見え始めた頃、僕らは再び金子部長と打ち合わせをしていた。金子部長は中田課長から当時の資料をサンプルとして借りてきてくれていた。
「再生するぞ。」
「はい。」
”負けない!まだまだこれからよ!!”
 威勢のいい女性の声が流れる。
「確かにいい声だ。」
 淳がうんうん頷いている。何がが少し引っ掛かる。
「こういった案件の場合、このような短いセリフのものを、幾つも録っていくことになるんだと思う。」
「なるほど。」
 金子部長の説明に、再び淳が頷く。
「ちなみに二人は知り合いに頼めそうな人は居ないよな。声優だけじゃなく、役者志望の人とか居ないよな。」
 親族・友人・同級生・知り合い・知り合いの知り合い。順番に思い浮かべるが、なかなか該当する人物は思い当たらなかった。時折チラついてくる彼女のことが少し引っ掛かったが、思い違いだと頭を振った。

 結局、この日も何の案も出せず、この件は週明けまで持ち越すこととなった。週明けまでの宿題とし、そこで何も案が出なかったら、先方にその旨を正直に伝え、お断りを入れることになった。
 仕事終わり、”飲めば何か思いつくかもしれない”と淳は頑なに言い張っていたが、この日はそんな気分にはなれずそのまま帰ることにした。頭の片隅で何かが引っ掛かっている。そして、また彼女の存在がチラつく。それを確かめたくなって、どうしようもなく会いたくなって、彼女にLINEする。
「今日何してる? これから会えないかな?」
改札にスマートフォンを押し当てて、くぐり抜けると同時に通知が来る。
「ごめん。今仕事中だから、終わったら連絡する! 飲み行こ!」
仕事中なのにこのレスポンスの良さは謎だった。なんだか無性に可笑しくて笑ってしまう。そもそも僕は彼女が何の仕事をしているのか知らない。たまには聞いてみるか。


 一先ず僕は北千住で彼女からの連絡を待つことにした。一人でゆっくり呑みながら待つとしよう。ゼロ次会だ。
 北千住に着き、西口を出て『千住の永見』へ。北千住に住み始めてもう何年も経つというのに、僕は一度も一人で飲みに行ったことがなかった。これもいい機会だと思い、北千住へ向かう道中にスマートフォンで調べていたら、一人飲みにもオススメのお店として出てきたのが『千住の永見』だった。暖簾をくぐり、生ビールと名物の千住揚げを注文する。初めて食べる千住揚げは、レビューの通りなかなか美味しかった。彼女にも食べさせたくなった。きっと”うまっ!”なんて言うんだろうな。そんなことを考えてながら飲んでいたら、スマートフォンに彼女からLINEが来た。
「しごおわ!(仕事終わった!)どこいる?」
「北千住に居るよー」
「りょ! ごめん! 今から向かうから、三十分くらいかかるや。」
「大丈夫だよ! 気をつけておいで。」
「ありがとう。」
 いつもなら、何の気なしに待っているのだが、この日はなんだかそわそわしていた。会えることが妙に嬉しかった。

 丁度三十分後、再び彼女からのLINEが届く。
「もうすぐ着くよ! 何処いる?」
「近くにいるから、駅まで行くよ。改札前で待ち合わせにしよう!」
 そう送って、僕は店を出た。

 駅で待っていると、改札の向こうから、デニムに白Tシャツ姿の彼女がやって来た。
「お待たせ~お腹すいた~」
「あいよ。何食べる?」
「お酒飲む!」
「それで腹いっぱいになるの?」
「まぁ適当につまむからさ。」
「了解!」


 何の確証もないが、この日僕は彼女に会えばどこか生き延びられるような気がしていた。今夜だけ、今夜だけは君の声を聞いていたかった。そして、先に酔いが回っていた僕は、堪らなく君の唇が欲しかった。一度の口づけで、一生分のことを変えてしまったとしても、君の唇が欲しかった。



To be continued.
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