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金木犀の夜
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北千住駅で待ち合わせた僕らは、西口方面にある、『素揚げ酒場パリパリ』へ。ハイボール2つと看板メニューの大山鶏パリパリ半身揚げとポテトサラダを頼んだ。
まずはハイボール2つとポテトサラダが運ばれてきた。
「かんぱーい!! お疲れ様ー!」
そういうと彼女はグビグビ喉を鳴らし豪快にハイボールを流し込む。
「やっぱり仕事終わりのお酒はいいね!」
満面の笑み。
「そうだね。改めてお疲れ様。」
「おー。凄い。」
続いて運ばれて来た半身揚げを見て、彼女がはしゃいでいる。一口齧り付いて、再び満面の笑みをこちらに見せる。
「美味しい!!」
その表情が堪らなく愛おしく思えた。
「そういえばさ、千夏は何の仕事してるんだっけ?」
気になっていたことを聞いてみる。
「あれ? 話さなかったっけ? コールセンターだよ。」
「あー。そうなのか。」
「コールセンターだったのか。」
凄く聞き取りやすい話し方をしていた気がしたのはこの所為だったのか。しかしながら、ここでまた何かが引っ掛かった気がした。
「ずっとコールセンターなの?」
その問いかけに千夏は顔を横に振った。
「違う。違う。」
熱々の半身揚げをなんとか飲み込んで答えた。
「違うよ。笑わないでね。実は昔ね、私女優さんになりたかったの。それで、学生時代は劇団に入ってたんだ。」
照れ笑いしながら、恥ずかしそうに言った。やはりそういうことか。頭の中にあったパーツが音を立てて嵌っていく。そんなことを強知らず、彼女は話を続ける。
「でもね、やっぱり芸能の世界は厳しいのよ。競争率高いしね~」
半身揚げを再び口に運び、咀嚼しながら彼女は言った。ここで僕は抱いていた疑問のラストピースを探る。
「オーディションとかは受けたことあるの?」
「あるよー。」
「どんなの?」
「うーん。ドラマの子役オーディションとか、映画とか、CMとか。とにかく片っ端から受けてたなぁ。」
もう一押しな気がした。
「そうなんだ。結果はどうだったの?」
「そんなの見れば分かるでしょ? 今コールセンターで働いてるんだよ。受かってたら今頃スターだよ。あ、でもでも、よく分からないゲームの声優みたいなやつはね、受かったことはあるんだ。」
そう言って彼女はケラケラ笑った。
「ゲーム?」
彼女は今年24歳になる。中田課長の言っていた女の子の年齢と一致する。
「なんかね、よく分からない恋愛バトルゲーム?でさ。それのセリフをね、入れてくのよ。よく分からない会社の奴だったから、とりあえず経験というか、経歴書に書ければいいかって。」
ここで僕は、金子部長が借りてきてくれたサンプルを彼女に見せる。
「千夏。これ?」
彼女は凄く不思議そうな顔をした。
「なんで徹知ってるの?まさか徹あんなゲーム好きだったの?」
そう言うと彼女はゲラゲラ笑った。
あのサンプルを聞いた時から抱いていた違和感に間違いはなかった。ずっとチラついてた彼女の影。それは正しかった。このことを暗示していたのだ。
パリパリで一通りお酒とお腹を満たした僕らは、彼女の家で飲み直すことにした。店を出て千鳥足で歩いて行く。途中、セブンイレブンで缶ビールとおつまみを買った。彼女は上機嫌で鼻歌を交えながら歩いている。もうここで行くしかないと思った。このタイミングで聞くしかないと思った。
「千夏あのさ、ゲーム声優さ。またやる気ないか? ウチの会社で新作のゲームの声優を探してるんだ。」
彼女は一瞬にして怪訝そうな顔をした。予想していた反応とは違った。そして、これまた予想とは違う答えが返ってくる。
「うーん。ちょっともう嫌かな。やりたくないや。」
「報酬が少なかったのなら払うし、スケジュールも出来るだけ合わせるようにするからさ。」
「嫌なものは嫌なの!」
こんなにも強い口調で彼女が発したのは初めてだった。完全に怯んでしまった。
その後は沈黙が続き、彼女の家が少しずつ近づいてくる。家に着いたら謝ろうと思ったその時。一台のアウディが停車ランプを点灯して、僕らの横で止まった。助手席の窓を開けると、運転席に座った男が話しかけてくる。
「千夏。探したよ。」
「こんばんは。」
彼女は素気なく返す。そして、独り言のように呟く。
「なんで今なのよ。」
堪らず、僕は彼女の顔を覗き込み聞く。
「千夏。どうした? 知り合い?」
「昔、ちょっと。」
彼女の様子が明らかに可笑しい。アルコールで赤らんだ顔が、どんどん青ざめていく。
「千夏何かあったのか。」
「徹には関係ない。」
またしても、強い口調の言葉が僕を襲う。彼女の表情から生気が失われていく。
「乗れよ。」
「う。うん。分かった。」
千夏がアウディに乗り込んでいく。あまりに突然のことに、僕は何が起きているのか分からず、何も出来ずに立ち尽くしていた。彼女を乗せたアウディが走り出し、遠ざかっていく。アウディはそのまま見えなくなっていった。僕はその瞬間、なんとなく彼女はもう戻ってこないような気がした。
飲み直す為に買った350mlの缶ビール片手に、君と歩いた道を辿るように歩いた。僕は彼女に近付くにつれ、彼女の事を全て知った気になっていたのかもしれない。でも実際は、彼女の事などほとんど知らなかったのだと悟った。
交差点で立ち止まり時計を見ると、時刻は午前0時を指していた。真夜中と言うこともあり、辺り一面人影はどこにもなかった。ただヘッドライトを灯した車が次々に通り過ぎて行くだけ。まるで世界に一人ぼっちになったかのようだった。
その後どうやって家まで帰ったのかはよく覚えていない。ただ家に着いて、冷蔵庫を開いたら君の好きなアイスが入っていたことだけは鮮明に覚えている。いつの間にか僕の日々は、君の色に染まっていたのだと初めて気が付いた。
彼女が居なくなって2週間経った。今頃彼女はあの男と一緒に居るんだろうか。そんなことを考える度に苦しくなった。その間も何事も無かったかのように進んでいく毎日。会社と家の往復。君の声が聞きたくなって、会いたくなって、メッセージを打ちかけては止めて。これではいけないと思い、街へ出る。
街はすっかり秋の装いになっていた。金木犀の香りが鼻先をくすぐる。もうすぐ君の好きな季節が来るというのに、君は一体いつ戻ってくるのだろうか。僕の不安な気持ちが無くなるまで、そう時間は掛からなかった。
To be continued.
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まずはハイボール2つとポテトサラダが運ばれてきた。
「かんぱーい!! お疲れ様ー!」
そういうと彼女はグビグビ喉を鳴らし豪快にハイボールを流し込む。
「やっぱり仕事終わりのお酒はいいね!」
満面の笑み。
「そうだね。改めてお疲れ様。」
「おー。凄い。」
続いて運ばれて来た半身揚げを見て、彼女がはしゃいでいる。一口齧り付いて、再び満面の笑みをこちらに見せる。
「美味しい!!」
その表情が堪らなく愛おしく思えた。
「そういえばさ、千夏は何の仕事してるんだっけ?」
気になっていたことを聞いてみる。
「あれ? 話さなかったっけ? コールセンターだよ。」
「あー。そうなのか。」
「コールセンターだったのか。」
凄く聞き取りやすい話し方をしていた気がしたのはこの所為だったのか。しかしながら、ここでまた何かが引っ掛かった気がした。
「ずっとコールセンターなの?」
その問いかけに千夏は顔を横に振った。
「違う。違う。」
熱々の半身揚げをなんとか飲み込んで答えた。
「違うよ。笑わないでね。実は昔ね、私女優さんになりたかったの。それで、学生時代は劇団に入ってたんだ。」
照れ笑いしながら、恥ずかしそうに言った。やはりそういうことか。頭の中にあったパーツが音を立てて嵌っていく。そんなことを強知らず、彼女は話を続ける。
「でもね、やっぱり芸能の世界は厳しいのよ。競争率高いしね~」
半身揚げを再び口に運び、咀嚼しながら彼女は言った。ここで僕は抱いていた疑問のラストピースを探る。
「オーディションとかは受けたことあるの?」
「あるよー。」
「どんなの?」
「うーん。ドラマの子役オーディションとか、映画とか、CMとか。とにかく片っ端から受けてたなぁ。」
もう一押しな気がした。
「そうなんだ。結果はどうだったの?」
「そんなの見れば分かるでしょ? 今コールセンターで働いてるんだよ。受かってたら今頃スターだよ。あ、でもでも、よく分からないゲームの声優みたいなやつはね、受かったことはあるんだ。」
そう言って彼女はケラケラ笑った。
「ゲーム?」
彼女は今年24歳になる。中田課長の言っていた女の子の年齢と一致する。
「なんかね、よく分からない恋愛バトルゲーム?でさ。それのセリフをね、入れてくのよ。よく分からない会社の奴だったから、とりあえず経験というか、経歴書に書ければいいかって。」
ここで僕は、金子部長が借りてきてくれたサンプルを彼女に見せる。
「千夏。これ?」
彼女は凄く不思議そうな顔をした。
「なんで徹知ってるの?まさか徹あんなゲーム好きだったの?」
そう言うと彼女はゲラゲラ笑った。
あのサンプルを聞いた時から抱いていた違和感に間違いはなかった。ずっとチラついてた彼女の影。それは正しかった。このことを暗示していたのだ。
パリパリで一通りお酒とお腹を満たした僕らは、彼女の家で飲み直すことにした。店を出て千鳥足で歩いて行く。途中、セブンイレブンで缶ビールとおつまみを買った。彼女は上機嫌で鼻歌を交えながら歩いている。もうここで行くしかないと思った。このタイミングで聞くしかないと思った。
「千夏あのさ、ゲーム声優さ。またやる気ないか? ウチの会社で新作のゲームの声優を探してるんだ。」
彼女は一瞬にして怪訝そうな顔をした。予想していた反応とは違った。そして、これまた予想とは違う答えが返ってくる。
「うーん。ちょっともう嫌かな。やりたくないや。」
「報酬が少なかったのなら払うし、スケジュールも出来るだけ合わせるようにするからさ。」
「嫌なものは嫌なの!」
こんなにも強い口調で彼女が発したのは初めてだった。完全に怯んでしまった。
その後は沈黙が続き、彼女の家が少しずつ近づいてくる。家に着いたら謝ろうと思ったその時。一台のアウディが停車ランプを点灯して、僕らの横で止まった。助手席の窓を開けると、運転席に座った男が話しかけてくる。
「千夏。探したよ。」
「こんばんは。」
彼女は素気なく返す。そして、独り言のように呟く。
「なんで今なのよ。」
堪らず、僕は彼女の顔を覗き込み聞く。
「千夏。どうした? 知り合い?」
「昔、ちょっと。」
彼女の様子が明らかに可笑しい。アルコールで赤らんだ顔が、どんどん青ざめていく。
「千夏何かあったのか。」
「徹には関係ない。」
またしても、強い口調の言葉が僕を襲う。彼女の表情から生気が失われていく。
「乗れよ。」
「う。うん。分かった。」
千夏がアウディに乗り込んでいく。あまりに突然のことに、僕は何が起きているのか分からず、何も出来ずに立ち尽くしていた。彼女を乗せたアウディが走り出し、遠ざかっていく。アウディはそのまま見えなくなっていった。僕はその瞬間、なんとなく彼女はもう戻ってこないような気がした。
飲み直す為に買った350mlの缶ビール片手に、君と歩いた道を辿るように歩いた。僕は彼女に近付くにつれ、彼女の事を全て知った気になっていたのかもしれない。でも実際は、彼女の事などほとんど知らなかったのだと悟った。
交差点で立ち止まり時計を見ると、時刻は午前0時を指していた。真夜中と言うこともあり、辺り一面人影はどこにもなかった。ただヘッドライトを灯した車が次々に通り過ぎて行くだけ。まるで世界に一人ぼっちになったかのようだった。
その後どうやって家まで帰ったのかはよく覚えていない。ただ家に着いて、冷蔵庫を開いたら君の好きなアイスが入っていたことだけは鮮明に覚えている。いつの間にか僕の日々は、君の色に染まっていたのだと初めて気が付いた。
彼女が居なくなって2週間経った。今頃彼女はあの男と一緒に居るんだろうか。そんなことを考える度に苦しくなった。その間も何事も無かったかのように進んでいく毎日。会社と家の往復。君の声が聞きたくなって、会いたくなって、メッセージを打ちかけては止めて。これではいけないと思い、街へ出る。
街はすっかり秋の装いになっていた。金木犀の香りが鼻先をくすぐる。もうすぐ君の好きな季節が来るというのに、君は一体いつ戻ってくるのだろうか。僕の不安な気持ちが無くなるまで、そう時間は掛からなかった。
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