さよならPretender

榊 海獺(さかき らっこ)

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ばらの花

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「徹はどの季節が好き?」
 いつだったか彼女に聞かれたことがあった。
「うーん? 冬かな?」
「なにそれ。なんで冬なのよ。」
「なにそれって、好きなんだからいいだろ。イルミネーション綺麗だし、クリスマスあるし。だから、冬。」
「なるほどね。確かに冬もありか。」
 彼女は首を傾げ、考える素振りをする。
「そういう千夏はどうなんだよ。」
「私? 私は秋! 金木犀の良い匂いがするじゃない?」
「珍しいこと言うのな。こりゃ明日は雪だな。」
 思わず吹き出すように笑ってしまった。
「なんでよ。」
 いつもの膨れっ面だ。僕の好きな膨れっ面。
「千夏のキャラからして、”食欲の秋”か”お酒の秋”とか言い出すのかと思ってたからさ。”秋味のビール美味しいよね~”とかさ。」
「まぁそれもあるんだけどさ。」
 あるんかい。
「私、花の香りで金木犀の香りが1番好きなの。どことなく寂しいような切ないような気持ちになるじゃない?」
「なぜか無駄に胸が騒いでしまう帰り道みたいな?」
「そうそう。残りの月にすることを決めて、歩くスピードをあげるみたいな。」
「でもさ、秋と冬の境目って分かりづらいよな。」
「うん。確かに。調べれば基準があるんだろうけど、調べるほどでもないし。気付くと、いつのまにか冬になってるよね。」
「なんかさ、秋味とか冬味とか、そういうのに踊らされてる感あるよな。」
「あー。それあるかも。」
「だから、どっちが好きかってのは、明確には難しい。」
「じゃあ私は二番目を冬にするわ。で、秋と冬が好きな女になるわ。」
「秋と冬が好きな女って。言い方よ。」
「それが一番間違いがないじゃない。」
「じゃあ俺は二番目を秋にして、冬と秋が好きな男になるわ。」
 最終的にそんなことを言い合って、ゲラゲラ笑った。翌年、僕の好きな季節は冬でも秋でもなくなるのだが、それはまた別の話。



「うーん。難しいところだな。たかだか2週間じゃなんとも言えないよな。戻ってくる可能性もあるだろうし、戻ってこない可能性もあるだろうし。」
 串カツを口に放り込みながら淳が言った。
「やっぱりそうかぁ。」
「まぁ今はあんまり考え込まない方がいいんじゃない?流れに身を任せてさ。さぁ飲もうぜ。」
 淳が残りのビールを口に流し込み、手を挙げ店員さんを呼ぶ。
「追加で生ニつ。」
「はい。喜んで。」

 一人で抱え込むのが辛くなった僕は、淳を飲みに誘った。女好きの淳の見解が聞きたかったのだ。場所は上野にある『串カツ 田中』。僕らが良く足を運ぶ、串カツのチェーン店だ。
 運ばれてきたビールを片手に、串カツを頬張る。見た目は完全に海賊だ。気を大きくして淳が言った。
「なぁ。なんでもっと早く言ってくんなかったんだよ。」
「言ってたらどうにかなったのかよ。」
「うーん。まぁ、見てみたかったよね。徹がそこまで熱くなるなんて珍しいし。」
「そうか?」
 ビールを喉を鳴らして飲む。
「そうだよ。寧ろ徹から恋愛相談が来る時点でレアケースなんだよ。いつも事後報告だから。」
「うーん。確かにそうかもな。」
「でも、話を聞く限り、徹に原因があって居なくなった訳じゃないんだろ。」
「うん。」
「なら、大丈夫じゃないか?
ことが済めば戻ってくるって。」
「そうかなぁ。」
「まぁ、その子に何らかの事情が無ければな。」
「お前なぁ。怖いこと言うなよ。」
「ははは。」
 後にわかる話だが、この時の淳の読みは正しかった。

 串カツをソースに浸しながら、今度はこちらから聞いてみる。
「淳の方は早紀ちゃんとどうなんだよ。」
「あー。来週向こうに挨拶行くよ。」
「ん? 向こうって?」
「向こうの両親。」
「わ! マジか!!」
 淳の口から、思ってもいなかったセリフが飛び出したので、思わず大袈裟なリアクションが出てしまった。一瞬だけ周囲の注目の的となるが、直ぐにそれは解除される。
「両親に挨拶ってことは、結婚するの?」
「まぁね。」
「プロポーズしたの?」
「まぁね。」
「淳こそ言えよ~。」

 散々飲んで、語り尽くした僕らは上野駅で解散した。淳に話したことで少し楽になった気がした。一人で背負った肩の荷が降りたような。
 帰り道、コンビニで缶ビールとつまみとアイスクリームを買った。気付いたらどれも彼女の好きなものばかりだった。どこまで僕の日々は彼女に染まっていたのだろう。また思い出してしまったな。徐にイヤホンを取り出して、乱暴に耳に放り込む。プレイヤーのスイッチを入れ、プレイリストをシャッフル再生する。聴き慣れたイントロが流れ始めた。くるりの『ばらの花』だった。
 彼女が居なくなって気付いたこと。僕は彼女との日々に、どこか安心感のようなものを感じていたのかもしれない。連絡をすればいつものようなテンションで連絡が返ってきて、会いたくなればいつでも会える。そんな安心感を。きっと彼女もそんな風に思ってくれていたのではないか? なんて、酔いに任せて都合のいい想像をした。
 安心な僕らはきっと旅に出たのだ。思いっきり泣いたり、笑ったりしながら。ただ一つ違うことは、僕らの出た旅は各々別々の旅だった。たまたま近くを通っていただけ。僕らの行く旅路がいつか交わることはあるのだろうか。

 家に着くと、隣の家の朝顔が支柱絡み始めていた。僕らの運命が朝顔と支柱のように再び絡み合うということを、この時の僕はまだ知らなかった。



To be continued.
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