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サマーヌード
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「ねぇ。海楽しかったね。」
彼女はベッドに寝転び、スマートフォンで撮った写真をスライドショーのように送りながら言った。
「そうだね。江ノ島も良かったよね。」
片瀬海岸で海を見た後、僕らは江ノ島へ足を運んだ。9月になり、事実上の夏が終わったというのに、江ノ島はまだ人で溢れていた。
「私、人混み嫌い。エスカーで行こう。」
江ノ島へ行くことを決めてからというもの、彼女はインターネットでひたすら江ノ島について調べていたようだ。エスカーというのは、江ノ島の入り口付近から頂上へと続くエスカレーターのことだ。3つの区間に分かれており、それを乗り継いで頂上へ行けるのだ。
「うん。いいよ。てか、エスカーも乗りたかったんでしょ?」
「え。なんで分かったの?テレパシー?」
「それくらい分かるわ。」
みるみる彼女に笑みが浮かぶ。
人混みを避けながら、進んでいく。エスカーはなんともない、普通のエスカレーターだった。だけれど、自然に形成された島の中に、人工的に作られた移動手段があるというだけでテンションが上がった。
1区目のエスカーを降りて、僕らは江ノ島神社の辺津宮へ。日本三大弁財天の一つである「裸弁財天・妙音弁財天」を参拝した。縁結びのパワースポットで有名なのだが、彼女がそこまで調べていたのかは知らない。そして、足早に2区目のエスカーに飛び乗る。2区目のエスカーを降りたところで中津宮へ。美人祈願が出来るスポットとして話題になっており、彼女はそのことを知っていたようだった。
「美人になりますように。美人になりますように。」
見たこともないような真剣な表情に、堪らなく可笑しくなってしまった。
「そういうのは口に出しちゃ駄目なんだぞ。」
「でも、口に出さないと叶わないこともあるよ?」
「そっか。じゃあ、まぁいいか!」
「美人になりますように。」
「そんな言う?」
「3度目の正直!」
「3度目までが早い。」
ケラケラと笑う。”そもそも千夏は美人じゃないか。”と言いかけて慌てて飲み込む。
3区目のエスカーを降りると、そこはいよいよ頂上だ。辿り着いたそこは、とても見晴らしの良い場所だった。絵に描いたような、真っ青な海が広がっている。堪らずスマートフォンでカメラを起動し構える。彼女がなんとか写り込もうと頑張っている。僕もなんとか逃げ切って、景色だけを写そうと頑張る。謎の駆け引き。シャッターボタンを押す。彼女のおでこから上だけが写る。2人して腹を抱えて笑う。側から見れば、変な二人に見えただろうが、あの瞬間の僕らは間違いなく幸せだった。楽しくて仕方がなかった。
その後は、江ノ島名物のたこせんべいを食べたり、定食屋さんでしらす丼を食べたりした。お腹いっぱいになったところで、僕らはシーキャンドルに登った。そこもまた絶景だった。丁度夕暮れ時に差し掛かり、綺麗な夕焼けにうるっとしたのを覚えている。
帰りの車は僕がBGM担当だった。行きは彼女が好きな音楽を掛けていたから、帰りは譲るとのことだった。と言っても、気付いたら君は助手席で寝てしまっていたから、僕の掛けた曲を彼女は知らないだろうけど。
一通り自分で撮った写真を見終えた彼女は、僕の方に視線を向けて、お菓子をねだる子どものように僕に語りかける。
「そういえばさ、徹も写真撮ってたじゃない。あれ送ってよ。」
「いいよ。はい。今送った。」
彼女のスマートフォンが鳴る。
「おー。ありがとう。」
彼女はうつ伏せになり、足をパタパタさせながら僕の撮った写真を見ていた。スワイプで送っていると、ある1枚の写真で手を止めた。
「ねぇ。徹。こんな写真いつ撮ったのよ。」
頬を膨らませて、ちょっと拗ねるような口調で僕に言う。
「え。気付かれないように、パパッと。」
「やめてよ。恥ずかしい。」
そこには夕焼けと共に、それを眺める彼女の美しい横顔が写っていた。普段はあまり見せない感傷的な表情。彼女も夕焼けに感動していたんだろうか。その表情が堪らなく愛おしかった。
僕が送った写真を見ていた彼女が、突然何かを思い出したように、スマートフォンから視線を僕に移して、目をパチクリさせた。
「そういえばさ。帰りの車で徹が掛けてた曲なんだっけ?」
「え。あの時寝てなかった?起きてたの?」
「へへへ。ギリギリ起きてたよ。でも、ウトウトしてたからはっきりは覚えてないんだよね。いい感じの曲だったのは覚えてるんだけど。ねぇ、徹。聴きたいからちょっと掛けてみてくれない?」
「うん。いいよ。」
スマートフォンでYoutubeを開く。
「古い曲だから、もしかしたら千夏知らないかもよ。」
「ううん。それでもいいの。徹の音楽のセンス好きだから。」
「分かった。」
なんだかちょっと嬉しかった。
再生ボタンを押すと、イントロが軽快なリズムを連れて流れ出す。僕が帰りの車で掛けたのは、真心ブラザーズの『サマーヌード』だった。
”僕ら今 はしゃぎすぎてる 夏の子供さ
胸と胸 からまる指
ウソだろ 誰か思い出すなんてさ”
ここで言う誰かは、昔の人のことを指すのだと思う。でも、この時僕が思い出していたのは、今日一日楽しそうにはしゃいでいた彼女のことだった。帰りの車の中で僕は、今日という1日が終わってしまう寂しさを、振り払うかのようにアクセルを踏んでいた。
一曲聴き終えたところで、彼女が勢いよく起き上がり、こちらを向いてニヤッと笑った。
「徹! 花火やってないじゃん。どうすんの? 夏はまだ終われないよ。」
僕らの夏はまだ終わらないらしい。
To be continued.
Next story→『機嫌なおしておくれよ』
彼女はベッドに寝転び、スマートフォンで撮った写真をスライドショーのように送りながら言った。
「そうだね。江ノ島も良かったよね。」
片瀬海岸で海を見た後、僕らは江ノ島へ足を運んだ。9月になり、事実上の夏が終わったというのに、江ノ島はまだ人で溢れていた。
「私、人混み嫌い。エスカーで行こう。」
江ノ島へ行くことを決めてからというもの、彼女はインターネットでひたすら江ノ島について調べていたようだ。エスカーというのは、江ノ島の入り口付近から頂上へと続くエスカレーターのことだ。3つの区間に分かれており、それを乗り継いで頂上へ行けるのだ。
「うん。いいよ。てか、エスカーも乗りたかったんでしょ?」
「え。なんで分かったの?テレパシー?」
「それくらい分かるわ。」
みるみる彼女に笑みが浮かぶ。
人混みを避けながら、進んでいく。エスカーはなんともない、普通のエスカレーターだった。だけれど、自然に形成された島の中に、人工的に作られた移動手段があるというだけでテンションが上がった。
1区目のエスカーを降りて、僕らは江ノ島神社の辺津宮へ。日本三大弁財天の一つである「裸弁財天・妙音弁財天」を参拝した。縁結びのパワースポットで有名なのだが、彼女がそこまで調べていたのかは知らない。そして、足早に2区目のエスカーに飛び乗る。2区目のエスカーを降りたところで中津宮へ。美人祈願が出来るスポットとして話題になっており、彼女はそのことを知っていたようだった。
「美人になりますように。美人になりますように。」
見たこともないような真剣な表情に、堪らなく可笑しくなってしまった。
「そういうのは口に出しちゃ駄目なんだぞ。」
「でも、口に出さないと叶わないこともあるよ?」
「そっか。じゃあ、まぁいいか!」
「美人になりますように。」
「そんな言う?」
「3度目の正直!」
「3度目までが早い。」
ケラケラと笑う。”そもそも千夏は美人じゃないか。”と言いかけて慌てて飲み込む。
3区目のエスカーを降りると、そこはいよいよ頂上だ。辿り着いたそこは、とても見晴らしの良い場所だった。絵に描いたような、真っ青な海が広がっている。堪らずスマートフォンでカメラを起動し構える。彼女がなんとか写り込もうと頑張っている。僕もなんとか逃げ切って、景色だけを写そうと頑張る。謎の駆け引き。シャッターボタンを押す。彼女のおでこから上だけが写る。2人して腹を抱えて笑う。側から見れば、変な二人に見えただろうが、あの瞬間の僕らは間違いなく幸せだった。楽しくて仕方がなかった。
その後は、江ノ島名物のたこせんべいを食べたり、定食屋さんでしらす丼を食べたりした。お腹いっぱいになったところで、僕らはシーキャンドルに登った。そこもまた絶景だった。丁度夕暮れ時に差し掛かり、綺麗な夕焼けにうるっとしたのを覚えている。
帰りの車は僕がBGM担当だった。行きは彼女が好きな音楽を掛けていたから、帰りは譲るとのことだった。と言っても、気付いたら君は助手席で寝てしまっていたから、僕の掛けた曲を彼女は知らないだろうけど。
一通り自分で撮った写真を見終えた彼女は、僕の方に視線を向けて、お菓子をねだる子どものように僕に語りかける。
「そういえばさ、徹も写真撮ってたじゃない。あれ送ってよ。」
「いいよ。はい。今送った。」
彼女のスマートフォンが鳴る。
「おー。ありがとう。」
彼女はうつ伏せになり、足をパタパタさせながら僕の撮った写真を見ていた。スワイプで送っていると、ある1枚の写真で手を止めた。
「ねぇ。徹。こんな写真いつ撮ったのよ。」
頬を膨らませて、ちょっと拗ねるような口調で僕に言う。
「え。気付かれないように、パパッと。」
「やめてよ。恥ずかしい。」
そこには夕焼けと共に、それを眺める彼女の美しい横顔が写っていた。普段はあまり見せない感傷的な表情。彼女も夕焼けに感動していたんだろうか。その表情が堪らなく愛おしかった。
僕が送った写真を見ていた彼女が、突然何かを思い出したように、スマートフォンから視線を僕に移して、目をパチクリさせた。
「そういえばさ。帰りの車で徹が掛けてた曲なんだっけ?」
「え。あの時寝てなかった?起きてたの?」
「へへへ。ギリギリ起きてたよ。でも、ウトウトしてたからはっきりは覚えてないんだよね。いい感じの曲だったのは覚えてるんだけど。ねぇ、徹。聴きたいからちょっと掛けてみてくれない?」
「うん。いいよ。」
スマートフォンでYoutubeを開く。
「古い曲だから、もしかしたら千夏知らないかもよ。」
「ううん。それでもいいの。徹の音楽のセンス好きだから。」
「分かった。」
なんだかちょっと嬉しかった。
再生ボタンを押すと、イントロが軽快なリズムを連れて流れ出す。僕が帰りの車で掛けたのは、真心ブラザーズの『サマーヌード』だった。
”僕ら今 はしゃぎすぎてる 夏の子供さ
胸と胸 からまる指
ウソだろ 誰か思い出すなんてさ”
ここで言う誰かは、昔の人のことを指すのだと思う。でも、この時僕が思い出していたのは、今日一日楽しそうにはしゃいでいた彼女のことだった。帰りの車の中で僕は、今日という1日が終わってしまう寂しさを、振り払うかのようにアクセルを踏んでいた。
一曲聴き終えたところで、彼女が勢いよく起き上がり、こちらを向いてニヤッと笑った。
「徹! 花火やってないじゃん。どうすんの? 夏はまだ終われないよ。」
僕らの夏はまだ終わらないらしい。
To be continued.
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