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クリスマス・イブ
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「雨は夜更け過ぎに~雪へと変わるだろう~」
クリスマスが近付き、街が色付き出した頃から、口癖のように彼女が歌っている。何かのアピールだろうか。
「ねぇ。徹。今年のクリスマスどうする。」
痺れを切らしたように彼女が聞いてきた。このアピールだったのか。
「それ考えたんだけどさ、外でディナーもいいけど、今年はウチでクリスマスパーティーしないか。ちゃんとディナー作るからさ。」
「嘘。私もそれ言おうとした。」
「気が合うね。」
今年のクリスマスはウチでクリスマスパーティーをすることになった。クリスマスイブに集合、クリスマスになる瞬間を二人で祝い合う。最高のクリスマスだ。
クリスマスと言えば、クリスマスプレゼントは必須だ。
「淳はさ、早紀ちゃんに何あげるの?」
「結婚指輪。」
「そうか。ごめん。そうだった。そうだった。」
「そうだよ。」
全くもって参考にはならなかった。そもそも結婚指輪は、クリスマスのプレゼントでいいのか多少疑問に感じたが、ここは口を噤んだ。
散々迷った挙句、僕はピンクゴールドのGショックを買った。いつもボーイッシュな格好をしている彼女には、華奢なネックレスやブレスレットより、よっぽど似合う気がしたのだ。
せっかくのクリスマスだから、ディナーにもこだわりたかった。ちょっと奮発して、黒毛和牛のサーロインを。あわせてエリンギ、アスパラも購入。付け合わせ用だ。おっと忘れる所だった。マロンには新しいおもちゃと無添加のドッグフードを買った。いつもよりお高めのやつだ。
いざ当日。いつもの時間に目を覚まし、寝ぼけ眼でマロンの散歩へ。帰ってきて朝食を食べ、部屋の掃除をする。ここまではいつも通りの休日だ。ここからがクリスマススペシャル。
彼女がやって来るは17時。そこがリミットだ。急ピッチで準備を進める。こういう時、遠方の用事から済ませるのがベターだと聞いたことがある。まずは、駅前のマルイに入っているANTENORにクリスマスケーキを受け取りに行った。大事に大事に持って帰ってきて、冷蔵庫へ。
さて、ここでトラブル発生だ。ステーキを焼く際に使うニンニクを買い忘れてしまった。慌ててスーパーたなかにニンニクを買いに行く。途中、彼女の家の横を通るので、その時は気づかれぬよう抜き足差し足忍び足。まぁ気付かれようがないんだけどね。
なんだかんだバタバタしているうちに、気付けば時刻は16時を回っていた。そろそろディナーの準備をしなければ。弱火のフライパンにオリーブオイルを敷き、刻んだニンニクで香りをつける。黒毛和牛のサーロインを乗せ、焼いていく。焼き上がったところで、トレイに上げ、アルミホイルを掛け寝かせる。
次に付け合わせ。フライパンでアスパラとエリンギをバターでソテー。お皿にステーキと付け合わせを盛り付け、料理は準備完了。あとは彼女が来たら、赤ワインを出そう。
17時ちょうどに彼女がやってきた。
「あまりにもピッタリすぎない? 外で待ってたでしょ?」
「あはは。バレたか。」
「早く着いたなら連絡してよ。外で待たして風邪引いたら大変だろ。」
「まぁそうなんだけど。てへ。」
「てへ。じゃねーわ。」
そんなこんなで始まった僕らのクリスマスイブは、ディナーからスタートした。赤ワインで乾杯。料理をテーブルに運ぶ。
「わぁ!すごーい!ステーキだぁ。」
あまりに理想的なリアクションに、こっちまで嬉しくなってしまった。
「いただきます。」
彼女がステーキを一口。
「美味しいー!」
うん。実に理想的。僕も乗り遅れまいと一口。我ながらなかなかの出来だった。おっと忘れてはいけない。マロンにも無添加のドッグフードを。いつもの餌とは比べ物にならないくらいの食いつきの良さに、これまた嬉しくなった。
食後は自然とプレゼント交換の流れになった。
「徹。はい。これクリスマスプレゼント。」
「おー。ありがとう。開けてみていい?」
「うん。もちろん。」
彼女のキラキラした目が、僕をじっと見つめる。リアクションを楽しみにしてる目だ。包みを開けると、中には黒いGショックが入っていた。デジタルのタイプでシンプルで洗練されたデザイン。彼女のセンスの良さが伺える。
「徹いつも腕時計してないからさ、丁度いいかな?って。」
「嘘だろ。」
「え。嘘だろって?」
「はい。これ俺からのプレゼント。」
紙袋を手渡す。
「ありがとう。」
徐に包みを開く。
「マジか! こっちもGショックだ。」
「あはははは。被ったね。」
クリスマスプレゼントは、まさかのGショック交換の儀になった。
「でも、徹のこれ凄いお洒落な色だね。ピンクゴールドのGショックなんて見たことないよ。」
「いいでしょ? 千夏に似合いそうだなって。千夏がくれたこのGショックもシンプルでいいね。何にでも合いそう。」
「でしょ? いいでしょ?」
彼女が得意気な顔をしている。
「てか、カップルウォッチ買ってもよかったね。」
「まぁいいんじゃない。私達らしくてさ。」
「まぁ確かにな。」
二人してゲラゲラ笑った。
「折角だし、マロンの散歩行こうよ。マロンにもクリスマス楽しんで欲しいじゃない。」
ディナーとプレゼント交換を終えたところで、彼女が言い出した。
「名案じゃないか。」
「じゃあ、洗い物したら準備しよっか。」
「そうだね。」
洗い物を終え、玄関で靴を履く彼女。背中越しにそっと声を掛ける。
「千夏。これ。」
「あ。花火だあ。」
花火をやる前に、彼女の表情がパッと花開く。
「クリスマスにやろうって言ってただろ。」
「徹ありがとう。」
彼女の発する”ありがとう”は何か特別な力があるような気がする。
マロンを連れて河川敷へ。クリスマスイブの河川敷は、全くと言っていいほど人気が無かった。真冬の夜だ。当然と言えば当然か。
マロンの気が済むまで散歩をし、本日ラストのイベント、花火に火を着ける。火を着けた瞬間から、辺り一面がパーッと色付いていく。まるで僕ら二人だけがスポットライトで照らされているかのようだった。両手に花火を持ち、目の前ではしゃぐ彼女が堪らなく愛おしかった。なんて油断をしていると、また彼女がふざけ始める。
「ねぇ見て見て。」
両腕をぐるぐる回し、花火で円を描いている。
「こらこら。火傷するぞ。」
「大丈夫だもん。」
「おいおい。あぶねーって。」
「徹待てー!」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気付いたら手持ち花火は全て使い切っていた。辺りに散らばった名残を拾い集めていく。一つ一つ拾う度にどこか温かな気持ちになった。一つ一つ彼女との思い出が溜まっていくような、そんな気がした。
丁度最後の一本を拾った、そんな時だった。
「ねぇ徹。ねぇねぇ。」
背後から彼女の声がして振り返ると、そこには巨大な線香花火があった。
「出来たー!」
彼女が得意気な顔をしている。
「おー。凄いな。迫力が半端ない。」
「でしょ。悪く無いでしょ。」
彼女はとても嬉しそうだった。そして、楽しそうだった。もう、ずっと見ていたくなるくらい。
しかしながら、どんな物語にも終わりはやってくる。線香花火は風に吹かれ、呆気なく地面に落ちてしまった。大きくした分、風の抵抗をもろに受けたのだ。
「あー。落ちちゃった。」
さっきまでの笑顔が嘘かのように、泣きそうな顔をしている彼女。僕は彼女の頭をそっと撫でてやった。
「また来年リベンジな。」
「うん。ありがとう。」
線香花火が消えた途端に、暗闇と静寂が僕たちを覆った。沈黙が流れる。そんな沈黙を破ったのは彼女だった。
「ねぇ。徹。そろそろ私に言うことない。」
「え。言うこと。」
「大事なこと。まだ私、徹に言われてないんだけど。」
「そうか。」
「そうだよ。」
無い頭を回転させて、捻り出した言葉がこれだった。
「け、け、結婚しよう。」
「へ。」
To be continued.
Last story→『Pretender』
クリスマスが近付き、街が色付き出した頃から、口癖のように彼女が歌っている。何かのアピールだろうか。
「ねぇ。徹。今年のクリスマスどうする。」
痺れを切らしたように彼女が聞いてきた。このアピールだったのか。
「それ考えたんだけどさ、外でディナーもいいけど、今年はウチでクリスマスパーティーしないか。ちゃんとディナー作るからさ。」
「嘘。私もそれ言おうとした。」
「気が合うね。」
今年のクリスマスはウチでクリスマスパーティーをすることになった。クリスマスイブに集合、クリスマスになる瞬間を二人で祝い合う。最高のクリスマスだ。
クリスマスと言えば、クリスマスプレゼントは必須だ。
「淳はさ、早紀ちゃんに何あげるの?」
「結婚指輪。」
「そうか。ごめん。そうだった。そうだった。」
「そうだよ。」
全くもって参考にはならなかった。そもそも結婚指輪は、クリスマスのプレゼントでいいのか多少疑問に感じたが、ここは口を噤んだ。
散々迷った挙句、僕はピンクゴールドのGショックを買った。いつもボーイッシュな格好をしている彼女には、華奢なネックレスやブレスレットより、よっぽど似合う気がしたのだ。
せっかくのクリスマスだから、ディナーにもこだわりたかった。ちょっと奮発して、黒毛和牛のサーロインを。あわせてエリンギ、アスパラも購入。付け合わせ用だ。おっと忘れる所だった。マロンには新しいおもちゃと無添加のドッグフードを買った。いつもよりお高めのやつだ。
いざ当日。いつもの時間に目を覚まし、寝ぼけ眼でマロンの散歩へ。帰ってきて朝食を食べ、部屋の掃除をする。ここまではいつも通りの休日だ。ここからがクリスマススペシャル。
彼女がやって来るは17時。そこがリミットだ。急ピッチで準備を進める。こういう時、遠方の用事から済ませるのがベターだと聞いたことがある。まずは、駅前のマルイに入っているANTENORにクリスマスケーキを受け取りに行った。大事に大事に持って帰ってきて、冷蔵庫へ。
さて、ここでトラブル発生だ。ステーキを焼く際に使うニンニクを買い忘れてしまった。慌ててスーパーたなかにニンニクを買いに行く。途中、彼女の家の横を通るので、その時は気づかれぬよう抜き足差し足忍び足。まぁ気付かれようがないんだけどね。
なんだかんだバタバタしているうちに、気付けば時刻は16時を回っていた。そろそろディナーの準備をしなければ。弱火のフライパンにオリーブオイルを敷き、刻んだニンニクで香りをつける。黒毛和牛のサーロインを乗せ、焼いていく。焼き上がったところで、トレイに上げ、アルミホイルを掛け寝かせる。
次に付け合わせ。フライパンでアスパラとエリンギをバターでソテー。お皿にステーキと付け合わせを盛り付け、料理は準備完了。あとは彼女が来たら、赤ワインを出そう。
17時ちょうどに彼女がやってきた。
「あまりにもピッタリすぎない? 外で待ってたでしょ?」
「あはは。バレたか。」
「早く着いたなら連絡してよ。外で待たして風邪引いたら大変だろ。」
「まぁそうなんだけど。てへ。」
「てへ。じゃねーわ。」
そんなこんなで始まった僕らのクリスマスイブは、ディナーからスタートした。赤ワインで乾杯。料理をテーブルに運ぶ。
「わぁ!すごーい!ステーキだぁ。」
あまりに理想的なリアクションに、こっちまで嬉しくなってしまった。
「いただきます。」
彼女がステーキを一口。
「美味しいー!」
うん。実に理想的。僕も乗り遅れまいと一口。我ながらなかなかの出来だった。おっと忘れてはいけない。マロンにも無添加のドッグフードを。いつもの餌とは比べ物にならないくらいの食いつきの良さに、これまた嬉しくなった。
食後は自然とプレゼント交換の流れになった。
「徹。はい。これクリスマスプレゼント。」
「おー。ありがとう。開けてみていい?」
「うん。もちろん。」
彼女のキラキラした目が、僕をじっと見つめる。リアクションを楽しみにしてる目だ。包みを開けると、中には黒いGショックが入っていた。デジタルのタイプでシンプルで洗練されたデザイン。彼女のセンスの良さが伺える。
「徹いつも腕時計してないからさ、丁度いいかな?って。」
「嘘だろ。」
「え。嘘だろって?」
「はい。これ俺からのプレゼント。」
紙袋を手渡す。
「ありがとう。」
徐に包みを開く。
「マジか! こっちもGショックだ。」
「あはははは。被ったね。」
クリスマスプレゼントは、まさかのGショック交換の儀になった。
「でも、徹のこれ凄いお洒落な色だね。ピンクゴールドのGショックなんて見たことないよ。」
「いいでしょ? 千夏に似合いそうだなって。千夏がくれたこのGショックもシンプルでいいね。何にでも合いそう。」
「でしょ? いいでしょ?」
彼女が得意気な顔をしている。
「てか、カップルウォッチ買ってもよかったね。」
「まぁいいんじゃない。私達らしくてさ。」
「まぁ確かにな。」
二人してゲラゲラ笑った。
「折角だし、マロンの散歩行こうよ。マロンにもクリスマス楽しんで欲しいじゃない。」
ディナーとプレゼント交換を終えたところで、彼女が言い出した。
「名案じゃないか。」
「じゃあ、洗い物したら準備しよっか。」
「そうだね。」
洗い物を終え、玄関で靴を履く彼女。背中越しにそっと声を掛ける。
「千夏。これ。」
「あ。花火だあ。」
花火をやる前に、彼女の表情がパッと花開く。
「クリスマスにやろうって言ってただろ。」
「徹ありがとう。」
彼女の発する”ありがとう”は何か特別な力があるような気がする。
マロンを連れて河川敷へ。クリスマスイブの河川敷は、全くと言っていいほど人気が無かった。真冬の夜だ。当然と言えば当然か。
マロンの気が済むまで散歩をし、本日ラストのイベント、花火に火を着ける。火を着けた瞬間から、辺り一面がパーッと色付いていく。まるで僕ら二人だけがスポットライトで照らされているかのようだった。両手に花火を持ち、目の前ではしゃぐ彼女が堪らなく愛おしかった。なんて油断をしていると、また彼女がふざけ始める。
「ねぇ見て見て。」
両腕をぐるぐる回し、花火で円を描いている。
「こらこら。火傷するぞ。」
「大丈夫だもん。」
「おいおい。あぶねーって。」
「徹待てー!」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気付いたら手持ち花火は全て使い切っていた。辺りに散らばった名残を拾い集めていく。一つ一つ拾う度にどこか温かな気持ちになった。一つ一つ彼女との思い出が溜まっていくような、そんな気がした。
丁度最後の一本を拾った、そんな時だった。
「ねぇ徹。ねぇねぇ。」
背後から彼女の声がして振り返ると、そこには巨大な線香花火があった。
「出来たー!」
彼女が得意気な顔をしている。
「おー。凄いな。迫力が半端ない。」
「でしょ。悪く無いでしょ。」
彼女はとても嬉しそうだった。そして、楽しそうだった。もう、ずっと見ていたくなるくらい。
しかしながら、どんな物語にも終わりはやってくる。線香花火は風に吹かれ、呆気なく地面に落ちてしまった。大きくした分、風の抵抗をもろに受けたのだ。
「あー。落ちちゃった。」
さっきまでの笑顔が嘘かのように、泣きそうな顔をしている彼女。僕は彼女の頭をそっと撫でてやった。
「また来年リベンジな。」
「うん。ありがとう。」
線香花火が消えた途端に、暗闇と静寂が僕たちを覆った。沈黙が流れる。そんな沈黙を破ったのは彼女だった。
「ねぇ。徹。そろそろ私に言うことない。」
「え。言うこと。」
「大事なこと。まだ私、徹に言われてないんだけど。」
「そうか。」
「そうだよ。」
無い頭を回転させて、捻り出した言葉がこれだった。
「け、け、結婚しよう。」
「へ。」
To be continued.
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