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ママチャリおじさん

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 前にも書いたかもしれないが、僕は産まれてから高校卒業までずっと児童館に通っていた。我が家は両親が共働きで、学校が終わって家に帰っても、おばあちゃんしか居なかった。(いや、おばあちゃん居るやん。)そこで、アフタースクールがまだ無かった当時、両親が帰ってくるまでの間僕が入り浸って居たのが児童館だった。
 家から徒歩5秒のところにあった児童館。もう第二の家のようだった。当時の主任さんなんて、僕からしたら第二のお母さんのようだった。

 そんな児童館に、今思うと謎の人物が居た。真っ黒なシャツと真っ黒のパンツに身を包み、髪型は男性にしては長め。年齢は40~50代。児童館の職員ではなく、なんだったら日本人ですら無かった。
 ママチャリに乗ってやってくる彼の名は呉さん。国籍は中国か韓国か、いや多分中国だな。彼は無駄に子ども達に慕われていた。それはそれはもの凄く慕われていた。特に何かをしていた訳ではなく、ただひたすら薄ら笑いを浮かべていた。その薄ら笑いは、程よく心地良い優しさに包まれていた。だから慕われていたのかもしれない。

 そんな呉さんは一度だけ厳重注意されたことがあった。それは、子ども達を自転車の荷台に乗せ(まぁ俗に言う二人乗りだな。)、そのまま転倒し、子どもの足を車輪に巻き込み怪我をさせてしまったのだ。呉さんはとても落ち込み、反省していた。その日から暫く姿を見せなった。

 呉さんとの再会はそこから暫く経ってのことだった。近所のスーパーの側でばったり会ったのだ。その時何を話したのかはもう覚えていないのだが、その後僕は初めて家族以外の人と自転車の二人乗りをした。

「足巻き込まないようにな。気を付けてよ。」
 そんなことを言いながら、いつものように薄ら笑いを浮かべていた。

 いつの間にか姿を眩ました呉さん。あの日聞いた自転車の軋む音、真夏の生暖かい風は、僕の大切な想い出の一つだ。



※自転車の二人乗りは道路交通法違反です。決して真似はしないでください。



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