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Rolling Rolling

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「全人類はローリングストーンズ派とビートルズ派に分かれるんだよ。どっちも好きなんて有り得ない。」
耕太は高らかに言い放った。周囲の人間は”また始まったよ”と言わんとばかりの視線を向ける。耕太はいつもそうだ。一度音楽の話になると、ありったけの蘊蓄をばら撒いて来る。この日も早く話が終わることを皆んなで静かに待った。その時だった。ドアを開けて1人の男子せいとが入って来て耕太に言い放った。
「そんなことなくね?どっちもブリティッシュだし。そもそもロンドンとリバプールでそんなに違うのかい?」


夏休みが明け、始業式に登校した私達を待っていたのは、東京からの転校生だった。
「今日からうちのクラスに入る、小池君だ。皆仲良くするように。」
「初めまして。小池達也です。音楽鑑賞です。といっても、聴くのは洋楽ばかりだけど。宜しくお願いします。」

私達の住む街は、山梨県の富士吉田市にあり、同じ関東地方といっても東京までは3時間近く掛かる辺鄙の地だ。そこに東京から転校生がやって来たのだ。教室中が騒めいた。ましてや、やって来たのが爽やかな黒髪短髪の好青年風男子とあって、黄色い歓声があちこちから聞こえてくる。しかしながら、1番に目を輝かせたのは耕太だった。初めて出逢った音楽の話が出来る同級生の登場に、居ても立っても居られないようだった。

達也の席は窓際の1番後ろ。私の隣になった。私達の学校に転校生がやってくるなんてことは、今まで一度もなかったので、初めての転校生にどこかソワソワしていた。まるで芸能人にでも会ったかのように。
「初めまして。宜しくね。」
達也が1番最初に話しかけたのは、おさげヘアーに銀縁で長丸の眼鏡を掛けた、そう。私だった。隣の席だし、まぁそんなものか。
「渡辺亜紀です。宜しく。」
達也が
軽く挨拶を済ませたところで、一限目の授業が始まった。

お昼休みになり、給食を食べ終えたところで、耕太が凄い勢いでやってきた。と言っても、お目当ては私ではなく達也だ。

「ルーツが違うんだよ。ビートルズは(エルビス)プレスリーで、ストーンズはチャック・ベリーとかボ・ディトリーなのよ。」
いきなり話し始めた耕太に、達也が目を丸くしている。
「耕太。あんたね。まず自己紹介が先なんじゃない?いきなり話し出すのはあんまりよ。」
すかさず私がフォローに入る。
「そ、、、そうか。そうだな。ごめん。」
ちゃんと自分の非を認めて謝れるのは、耕太の良いところだ。
「俺、菅原耕太。宜しく。」
「あ。小池です。宜しく。」
ぶっきらぼうな挨拶を済ませて、耕太は元の会話に戻った。
「ビートルズとストーンズじゃ、ルーツが違うんだよ。ビートルズは(エルビス)プレスリーで、ストーンズはチャック・ベリーとかボ・ディトリーなのよ。」
「なるほどね。元を辿れば違うってことだね。」
「そういうことよ。」
耕太は得意げな顔をして言った。
「菅原君は音楽好きなの?」
「へ?」
耕太は不意をつかれたようで、気の抜けた声を出した。
「さっきビートルズやストーンズの話をしてたから、もしかして音楽が好きなのかな?って。」
「おう。好きだよ。親父の影響でよくレコード聴いてたし、親父から色々教えて貰ったから。」
「そうなんだね。僕も好きなんだ。良かったら仲良くしてね。」
達也はどこか先の展開を見ながら会話をしているように思えた。耕太を誘導しながら会話を進めているような。
「おう。あと、菅原君っての無しな。耕太でいいよ。耕太で。」
「耕太。じゃあ僕のことは達也って呼んで。」
「分かった。」

それからというもの、耕太と達也は休み時間の度に達也の席で井戸端会議をしていた。隣に居る私にはなんのことかさっぱり分からない事ばかりだった。時折聞こえてくるバンド名を辛うじて聞き取れるくらいだった。その姿を眺めていた私の視線に気付き、時々私にも分かるように説明してくれたりもした。
「違げーよ。シュークリームでも、ショートケーキの生クリームでもねーよ。(エリック・)クラプトンがやってたバンドの名前がクリーム(CREAM)なんだよ。」
「あぁ。なんだ。そういうことか。あはは。」
なんてね。

そんな関係が1ヶ月程経過した頃だった。
「なぁ達也。今度ウチ来いよ。親父のレコード掛けて遊ぼうぜ。」
耕太はお父さんの許可でも取って来たのだろうか。3時間目の授業終わりで美術室へ移動している時に、耕太が豪快に達也を家に誘った。
「え。いいの?」
ずっと耕太の話を聞いていて気になっていたのか、達也の目は輝いていた。
「私も行きたい!」
その光景を隣で見ていた私は、気付いたらそんなことを言い出していた。
「女はダメだ。女に音楽が分かるもんか。」
「そんなことないんじゃない。亜紀ちゃんだってレコード聴いたら興味が出てくるかもしれないよ。」
「そうだよ。聴いてたらもしかしたら耕太より詳しくなっちゃうかもよ。」
私は達也のフォローに続いて耕太に言った。
「それはないな。」
耕太と達也がゲラゲラ笑いながら、声を合わせて言った。


翌週の土曜日。耕太の家に行く日。出掛ける直前まで、私はお母さんに”2人きりじゃないわよね?”と疑われた。思春期というのはこう言うことかと認識した。達也も居ることをお母さんに告げると、お母さんは安堵した表情になり、戸棚をガサゴソ漁り始めた。
「はい。これ。頂き物だけど持っていきなさい。」
お母さんが缶に入ったクッキーを渡してくれた。
「うん。ありがとう。」
「あんたなんか楽しそうね。」
「へへへ。」

耕太の家は学校から歩いて15分のところにある。私達は学校の横にあるパン屋さんの前で待ち合わせをした。信号を渡り、パン屋さんが見えてきたところで、パン屋さんの前で待機していた耕太が大きく手を振った。
「おう。亜紀待ってたぞ。」
「あれ?達也は?」
耕太はパン屋さんを指差した。すると中から、袋を抱えた達也が出てきた。
「耕太がここのパンが美味しいって言うからさ、気になって買ってきちゃった。後で皆んなで食べよう。」
「ここのアプリコットのパンが絶品なのよ。」
耕太が鼻高々に言った。
3人が揃ったところで、耕太の家に向かって歩き出した。普段は制服姿なので、私服姿の2人はなかなか新鮮だった。並んで進んでいく三つの影。達也が転校してくるまで、こんなシーンは想像もしなかった。なんかちょっと嬉しいような、照れ臭いような気になっていた。

耕太の家までは学校から15分と聞いていたのに、実際は20分かかった。初めて見る耕太の家は、車庫付きの一戸建てだった。鍵を開けて入っていく耕太。
「上がっちゃって大丈夫?あ。お邪魔します。」
「今日は俺しか居ないから大丈夫だよ。親父もお袋も仕事だから。」
玄関で靴を脱ぐと、耕太からそのまま靴を持ってくるよう言われた。あまり意味が分からなかったけど、指示に従って靴を片手について行く。そして、大きなドアの前で耕太は立ち止まって言った。
「ここが音楽部屋。ミュージックルームよ。」
「いやいや。無理に英語にしないでいいから。」
思わずツッコんでしまった。音楽部屋のドアを開くと、そこには壁一面に棚があり、その中に沢山のレコードが並べられていた。部屋の中央にソファーがあり、その脇にレコードプレイヤーが乗った机があった。
「どうだ?いいだろ。使わなくなったガレージを改装して音楽部屋にしたのよ。防音室になってるんだぜ。」
耕太が鼻高々に言った。部屋中を見渡して目を輝かせる達也。
「ビートルズにストーンズ、レッドツェッペリンに、あっちはキャロルキング!凄い。凄いよ耕太。」
部屋中を見渡した達也は、今度は部屋の隅をじっと見つめて言った。
「耕太のお父さんはギターも弾くんだね。」
そこには赤いギターが置かれていた。
「そうそう。若い頃から好きだったんだって。その赤いグレッチはブライアン・セッツァー・オーケストラに憧れて買ったんだってー。てか、俺も昔教えてもらったんだけどな。弾けっかな?」
徐にギターを担ぐ耕太。
”ジャラーン”
部屋中に不協和音が響く。
「あれ。違ったっけな。」
耕太がギターであーでもないこうでもないやっている時だった。
「なぁ耕太。あそこにあるのドラムか?」
達也は今度はカバーが掛かったドラムセットを見付けた。
「そうだよ。俺は叩けないけど。」
「ちょっと触ってみてもいい?」
「おう。いいぜ。」
達也は徐にドラムに向かい、カバーを外した。そして、近くにあったドラムスティックを手にドラムの前に腰掛けた。次の瞬間。

”ドン、パン、ドド、パン”
軽快なリズムが部屋中に響く。耕太の不協和音を掻き消すように。目を丸くする耕太。
「た、達也。お前ドラム叩けるのか?」
「うん。東京に居た頃、吹奏楽部で少しやってたんだ。」
私も耕太も初耳だった。

そこから耕太と達也は各々楽器に向かい、私はその様子を眺めていた。遊んでる子どもを見守る、母親のような眼差しで。しばらくして、耕太は手を止めて何かを思いついたかのように、私と達也を交互に見た。

「なぁ。バンドやろうぜ。俺も親父にもう一回親父にギター教えて貰えば、思い出して弾けるようになると思うんだよ。」
「え。」
「達也はドラム叩けるし、亜紀。お前ピアノやってたよな。」
「エレクトーンだけど。」
「似たようなもんだろ。そこに電子ピアノあるから弾いてくれよ。」
耕太がぶっきらぼうに言い放った。その声は部屋の中に響き渡った。ちょっと恥ずかしかったけれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「うん。やってみる。」
私達はバンドを結成することになった。


耕太と達也はどんどん成長していった。私も置いていかれないように必死に練習した。というよりは、私の知らない曲ばかり選曲するのだもの、曲を覚えるところから始めるのだから大変だった。
「次はこの曲な。」
「えー。たまにはチャットモンチーとか、赤い公園とか、女の子の曲もやろうよ。」
「お前な。俺が歌うのにガールズバンドは無理だろ。」
「あ。そっか。あはは。」


「やっぱりバンドやるからには目標があった方がいいと思うんだよ。」
ある時、唐突に達也が提案してきた。
「そこでだ、、、10月末の文化祭でライブしないか?確認したら今週いっぱい出し物の受付してるって。」
「おー。いいじゃねえか。なぁ亜紀。」
「うん。折角だしやってみたいね。ライブ。」
「じゃあ、申し込むね。あ。バンド名どうしよう。」

出し物の登録には団体名が必要だった。
「うーん。耕太、達也、亜紀で頭文字取ってK.T.Aなんてどうだ?」
「耕太それ限りなく耕太に近いんだけど。途中にOが入ったらKOTAよ。」
達也がゲラゲラ笑い始めた。
「ねぇ。一人一つずつ単語を紙に書いてさ、シャッフルしてバンド名はどう?」
「亜紀にしては珍しくいいこと言うな。」
「珍しくって何よ!」
「うん。まぁいいじゃない。やってみよう。」
達也はノートを1ページちぎって三等分にした。各々の思い思いの単語を書き、半分に折って見えないようにしシャッフルする。
「”オーガニック”・”オレンジ”・”コーヒー”?」
私が”オーガニック”、耕太が”オレンジ”、達也が”コーヒー”だった。
「耕太オレンジ好きだったの?」
耕太からオレンジなんて言葉が出てくるなんて思ってもいなかったので、聞いてみた。
「違げーよ。あそこのギターアンプに書いてあったんだよ。」
「ああ。そういうことか。達也はコーヒー好きなの?」
「うん。ウチは家族みんなコーヒー好きなんだ。」
「そういう亜紀はどうなんだよ。オーガニックって。」
「うちはお母さんが無農薬野菜を育ててるからさ。それでオーガニック。」
各々のワードの確認をしたところで、達也が纏める。
「オーガニック・オレンジ・コーヒーって、なかなかいいんじゃないか?」
「確かにいいかも。英語表記にして、Organic Orange Coffeeっと。なんかお洒落じゃない?」
「そうだね。英語にするとよりお洒落だね。耕太これでいいよね?」
「俺はライブ出来ればなんでもいいや。」
こうして、僕らのバンド名はOrganic Orange Coffeeに決まった。

バンド名が決まり、申し込みを済ませた私達は、より一層練習に精が出た。毎日のように耕太の家に通い、日が暮れるまで練習する。充実した時間は飛ぶように過ぎると言うが、あっという間に文化祭当日を迎える。

文化祭当日。
文化祭の出番は、後ろから4番目になった。持ち時間は準備と片付け含めて20分。今回は耕太の1番好きな曲1曲勝負になった。
機材はピアノとマイク類は体育館にあるものを使い、ドラムセットは吹奏楽部のものを借りてきた。ギターアンプは耕太のお父さんに車で運んでもらった。
「機材の持ち込みなんて、一流ミュージシャンみたいだな。」
そんなことを言って耕太は笑っていた。

文化祭が進みいよいよ私達の出番がやってきた。
「続いては2年生バンドによるバンド演奏です。」
アナウンスが流れ、ブザーと共に幕があがる。その瞬間、体育館中が騒めいた。それも当然だ。私達がバンドを組んでいることを誰も知らない。
「ねえ、あれ。亜紀じゃない?」
「あ。そうだね。亜紀ピアノ弾けるの?」
「ドラムの子転校生じゃない?あの東京から来たイケメンの子。」
「あー!ホントだ!」
「ギター持ってマイクの前に立ってるの菅原じゃん。菅原がボーカルかよ。」
色んなところから色んな声が聞こえてきた。どんどん増していく緊張。そんな時だった。耕太が振り返って私達の方を見た。
「いつもの練習通りだ。良いライブにしよう。」
そう言うとマイクに向かって行った。その姿は、強敵に立ち向かう勇者のようだった。
「初めまして。2年生バンドのOrganic Orange Coffeeです。今日が初ライブです。聴いてください。ビートルズで”Let it be”」









『Rolling Rolling』
作:榊 海獺(さかき らっこ)



〈Profile〉
榊 海獺(さかき らっこ)
一九九○年生まれ、東京都出身。
会社員、作家志望、エッセイスト。
二○二一年よりアルファポリス内でエッセイ『なんでもいい』投稿中。同サイト内にて小説『さよならPretender』投稿中。




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