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Nice to meet you
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私と達也が出逢ったのは、都内に梅雨入り宣言が発表された六月四日のことだった。
五月五日。沙織と涼君の結婚式。
沙織は私の高校時代の友人、というより親友で、高校卒業後も連絡を取り合っていた。
「智子。あのさ。彼氏出来た!」
毎日のようにLINEをしていて、ずっと話しを聞いていたから、なんとなくそろそろな気はしていた。寧ろ多少の焦ったさを感じていたくらいだ。
「早く告白しちゃいなよ。誰かに取られちゃう前にさ。」
「でも、もしダメだったら、、、。会えなくなるの嫌だもん。」
普段はさばさばしている割に、恋愛になるとこういうところがある。それが沙織だった。こういうギャップに男は弱いのだろうか。私とは無縁の存在だ。
「このままでいいの? 涼君に彼女が出来ても、今のようには会えなくなっちゃうよ?」
「そうだね。そうだよね。」
それから程なくしての交際報告。
「智子。あのさ。彼氏出来た! 涼君と付き合うことになった!」
「良かったじゃん。」
予想通りの展開に然程驚きはなかった。
「ちゃんと告白したんだね?」
「告白とはちょっと違うかも。雰囲気?ムード? 流れ? 的な。」
「あんたそれで本当に付き合ってることになってる? 大丈夫?」
「大丈夫! 一緒に朝ご飯食べながら確認したから。」
朝まで一緒に居たことは確定した。まぁそんなもんか。
しかしながら、あれよあれよと同棲して、結婚まで。ここまで順調だとは思わなかった。すっかり取り残された気分だ。
涼君と初めて会ったのは結婚式の時だった。さわやかな好青年だった。もし私が同じ立場に立たされていたら、沙織のようになっていたかもしれない。
結婚式もとても素敵だった。参列するだけでここまで感動的にさせるというのは、凄く独特で不思議な感じがした。結婚式特有のものなのだろうか。結婚に対し少し憧れが出来てしまった。
さて、ここからが本題である。私は結婚どころか、恋愛もほとんど経験しないまま25歳になってしまった。
「このままずっと一人かもなぁ。」
そんなことを考えながら、YouTubeでカップルYouTuberの動画を見る。
「こんなのドラマとかの世界観だよな。」
思わずぼそっと呟いてしまった。動画が後半に差し掛かり、広告が流れる。
「出逢いはここから。マッチングアプリ。」
「マッチングアプリ。あなたを待ってる人が居る。」
立て続けにマッチングアプリの広告が流れた。そこから先の動画を見る気が失せて、YouTubeを閉じた。
「そんなこと分かってるんだよ。」
思ったことが直ぐに口に出てしまう。私の悪い癖だ。
なんだか無性に腹が立ったので、このことを沙織に話すことにした。ネタにしてしまえ。
「ねぇ沙織聞いてよ。YouTube見てたらさ、最近やたらめったらマッチングアプリの広告流れるのよ。今日なんて2連続よ? 世の若者はそんなに出逢い求めてるのかね?」
「まぁ。最近は合コンとかもないだろうし、出逢いのパターンが限られてきてるからね。選択肢としてはいいんじゃない?私の友達も、マッチングアプリで彼女が出来たり、結婚したりしてるもん。智子もやってみるのもアリかもよ。」
「いやいや、私は無いでしょう。」
ネタに変え、共感してもらいたかったのだが、まさかの勧められてしまった。
一先ず、よく広告で見かけるアプリをインストールしてみた。少なからず興味はあったということだ。女性は無料で利用出来るというのは有り難い。
まず最初に登録名を決める。本名という訳にはいかないので”tomo”と入力。次にプロフィール写真。私は普段写真をほとんど撮らない為、スマートフォンに自分の映った写真などほとんど無かった。唯一あったのが沙織の結婚式の時の写真だったので、上手く自分だけが写るように切り取り、設定した。あとは簡単なプロフィールを記入して利用スタート。好みカードなんてのもあったので、数件登録した。
マッチングアプリの仕組みとしては、自分の好みの人にいいね!を送り、相手からも帰ってくるとマッチングが成立し、メッセージのやりとりが出来るようになるというシンプルなものだった。
プロフィールを閲覧すると、足跡というものが残り、誰が閲覧したかが分かる仕組みとなっていた。序盤こそはスタートダッシュの如く、凄い勢いで足跡が残されていった。登録したての者は、マーキングされ注目度が上がる仕組みらしい。
しかしながら、いいね!が押させることはなく、ほとんどがプロフィールを確認し素通りだった。自分に烙印が押されていくようで、凄く気分が悪かった。
登録してから一週間程が経った頃、漸く一人の男性とマッチングした。
”タツヤさん(二十四歳)。東京都在住。”
マッチングアプリはマッチングをしても、メッセージを続けるのに苦労するのだと、どこかの記事か何かで見たことがあった。最初こそ手探りで不安いっぱいだったのだが、タツヤさんとの会話は最初にしては出来過ぎなくらい弾んだ。
「初めまして。マッチングありがとうございます。タツヤと言います。プロフィールの写真の笑顔が素敵でいいね!しました。あと、コーヒー。僕も好きなんです。ずっとお好きなんですか。」
「こちらこそありがとうございます。タツヤさんですね。私はtomoと申します。宜しくお願いします。コーヒーは母が好きだったんです。その影響で私も好きになりました。」
「そういうことなんですね。僕お同じですね。僕は父が好きだったので。缶コーヒーとかも飲まれるんですか?」
「そうですね。時々ですが飲みます。それより、最近はコンビニのコーヒーをよく飲みます。」
「なるほど。最近のコンビニのコーヒー侮れないですよね。」
ね。弾んだでしょう。
この日から毎日のようにメッセージを送り合うようになった。”おはよう”で始まり、”おやすみ”まで。日々がタツヤさんで満たされていく。充実感を感じていた。
そんな日々が一週間程経過した頃だった。
「もし良かったら、今度食事にでも行きませんか?」
会話を重ねれば重ねる程、相手に会いたくなる。言わばこれがマッチングアプリの醍醐味なのだろう。タツヤさんに会ってみたくなっていた私は心の中で歓声を上げ、すぐさま返信した。
「はい。私もお会いしたいなと思っていました。是非お食事しましょう。」
実際に会うとなれば、どこで会うのかもポイントとなってくる。普段タツヤさんがどういったところに行くのか、試しに聞いてみた。
「タツヤさんは普段どういったところに行かれますか?」
「僕は東京に戻ってきてから、あまり外食をしていなかったので分からなくて。」
てっきりタツヤさんは東京出身なのだとばかり思っていたので意外だった。
「ご出身は東京ではないんですね。」
「僕は生まれは東京なのですが、学生時代に山梨に引っ越し、そこで過ごしていました。東京へは大学進学で戻ってきました。」
「そうなんですね。私も元々大阪に居たんです。私の場合は、高校生の時に家族でこっちに引っ越して来まして。」
「その割に関西弁ではないんですね。」
「こっちに来たら直ぐに標準語になっちゃいました。」
「あはは。可愛い。」
あまりに久々且つ突然のの”可愛い”にドキッとしてしまった。これだから、恋愛弱者は。耐性なんてあったもんじゃない。
結局、沙織と前行った新宿のイタリアンレストランでランチをすることになった。ピザが美味しく、お店の雰囲気もいいのに、意外にもリーズナブルなお店だ。
新宿駅前は人混みが凄いので、待ち合わせはお店の前にすることにした。白いブラウスに黒のスラックスを合わせ、足元はパンプスを履いた。セミフォーマルのような服装だ。若い頃から派手な色を好まない私は、一年中このような色使いになる。良くも悪くも無難だ。
六月四日。梅雨入り宣言がされたというのに天気は快晴。梅雨時期の晴れ間というのはなんとも縁起が良さそうなものだ。
待ち合わせ時間よりも三十分も早くお店に着いた私は、音楽を聴きながら彼を待った。この時頭を過ったのは、”マッチングアプリでドタキャンされた”某ドラマだ。マッチングアプリをやられている方の中には、こうした経験を沢山されている方もいるようで、途端に心配になってきた。まぁでもタツヤさんなら大丈夫なはず。タツヤさんなら。
待ち合わせ時間の五分前。駅の方からネイビーのセットアップを着た男性がこちらにやってきた。中は無地の白Tシャツ。足元はNew balanceの黒いスニーカーだった。悪くないセンスだ。
「あの。tomoさんですか。」
「はい。tomoです。タツヤさんですか。」
「はい。タツヤです。今日は宜しくお願いします。」
社交辞令のような挨拶を済ませ、私達はお店に入った。ちゃんと来てくれた安心感を一人抱き
「予約をしていた小池です。」
「お待ちしておりました。こちらのお席にどうぞ。」
タツヤさんの苗字が小池だと判明した。
普段あまり緊張するタイプではないのだが、この日はやけに緊張した。初めて会うドキドキというよりは、嫌われてしまわないかの心配が強かったように思える。
机に向かうなり改めて自己紹介を。
「改めて小池達也です。」
「松下智子です。」
お互い初めて聞く本名に、ニヤニヤした表情をしていたのを覚えている。毎日沢山話していても知らないことがあったなんてね。
とりあえずウェイターさんにピザとサラダを注文した。
「お飲み物はどうされますか。」
お互い緊張のあまり肝心なことを忘れていた。
「アイスコーヒーをブラックで。」
「ホットコーヒーを。お砂糖とミルクもください。」
「かしこまりました。お食事と一緒にお持ちしますか。それても食後に致しますか。」
「食後でお願いします。」
注文を取るとウェイターさんはニッコリ笑って去って行った。
「ブラックコーヒーお好きなんですね。」
「はい。甘いコーヒーがあまり得意じゃなくて。」
「そうでしたか。僕はブラックが飲めなくて。ブラックコーヒーって大人な感じしますよね。」
「あはは。よく言われます。昔からブラックが好きで。」
「大人だなぁ。」
セットアップを格好良く着こなしている割に、ブラックコーヒーが飲めないというギャップが堪らなく愛おしく思えた。
そうこうしているとサラダが運ばれてきた。そして、その数分後にピザが。沙織と来たことがあったから知ってはいたのだけれど、味は間違いなかった。
食事をして、話して。食後に運ばれてきたコーヒーを飲んで。そうしている内に、私の緊張感はホットコーヒーの角砂糖のように溶けて無くなっていた。本当に初対面なのかと疑問が浮かぶほど心地よい時間だった。マッチングアプリ失敗談や注意喚起はなんだったのか。いや、これはきっと彼だからだな。そんなことを考えていた。
食事を終えた私達は、お互いに時間もあり、天気も良かったので新宿御苑へ。入園料が倍になっており驚いたけど、とりあえず中へ。宛もなくふらふら歩きながら、お互いの幼少期のことや、学生生活の想い出などを話した。彼は学生時代にバンドでドラムを叩いていたらしい。華奢なのに格好いい。
話の流れで私の家族の事も話した。母が亡くなり父が一人で育ててくれたことを話すと、彼は”お父さん格好いいね。”って。”大変だね””可哀想に”そんなことばかり言われてきたから、この反応には拍子抜けというか、可笑しくて力が抜けてしまった。ちょいちょい可愛い所を見せてくれる。もう、この時点で大分私は惹かれていたのだと思う。
夕日が色濃くした頃、場内にアナウンスが流れ始めた。閉園だ。私達は歩いて出口に向かった。なんとなくあの出口を出たら、檻から放たれた鳥達のようにバラバラになってしまうような気がした。この気持ちこそがマッチングアプリ特有のものなのだろうか。ここで繋ぎ止めなくては、もう会えない。そう思って彼の方を見た瞬間だった。
「あの。智子さん。あんまりこういうことは初対面で言うべきではないとは思うんですが。」
なんだか急に改まった文言が飛んできた。
「はい。」
「好きになってもいいでしょうか。」
暫し沈黙が流れる。心が波打つのが分かる。一度頭の中を整理して話を続ける。
「私を?」
「そうです。智子さんを。」
「是非。で?」
「まだ初対面だし分からないことばかりだとは思うんですが、その辺りは少しずつ知っていければと。」
「だから?」
頭の中を整理した際に、小悪魔モードにスイッチが入ったようだ。もう少し。もう少しだ。
「付き合いませんか? 僕達。」
来た。
「うん。」
なんともまあ、ぬるっとした告白だった。それでも彼に言わせたのは私のお手柄でしょう。
最初はお互い手探りで、仕事でいうところの試用期間のような交際だった。でも、交際を続けていく内に私には無くてはならない人になった。
人生というのは何があるか分からないものだ。沙織が結婚していなければ、YouTubeでマッチングアプリの広告が流れていなければ、私がマッチングアプリを使っていなければ、マッチングした相手が達也じゃなかったら。幾つもの分岐点を超えて私達は出逢えた。きっとそれは奇跡で、運命で。今はまだ人生という長い旅の途中かもしれない。けれど私は今、間違いなく”幸せ”という道の上に居る。この先も達也と一緒に、逸れることのないよう歩いて行けたらと思っている。
『Nice to me too』
作:榊 海獺(さかき らっこ)
〈Profile〉
榊 海獺(さかき らっこ)
一九九○年生まれ、東京都出身。
会社員、作家志望、エッセイスト。
二○二一年よりアルファポリス内でエッセイ『なんでもいい』投稿中。同サイト内にて小説『さよならPretender』投稿中。
五月五日。沙織と涼君の結婚式。
沙織は私の高校時代の友人、というより親友で、高校卒業後も連絡を取り合っていた。
「智子。あのさ。彼氏出来た!」
毎日のようにLINEをしていて、ずっと話しを聞いていたから、なんとなくそろそろな気はしていた。寧ろ多少の焦ったさを感じていたくらいだ。
「早く告白しちゃいなよ。誰かに取られちゃう前にさ。」
「でも、もしダメだったら、、、。会えなくなるの嫌だもん。」
普段はさばさばしている割に、恋愛になるとこういうところがある。それが沙織だった。こういうギャップに男は弱いのだろうか。私とは無縁の存在だ。
「このままでいいの? 涼君に彼女が出来ても、今のようには会えなくなっちゃうよ?」
「そうだね。そうだよね。」
それから程なくしての交際報告。
「智子。あのさ。彼氏出来た! 涼君と付き合うことになった!」
「良かったじゃん。」
予想通りの展開に然程驚きはなかった。
「ちゃんと告白したんだね?」
「告白とはちょっと違うかも。雰囲気?ムード? 流れ? 的な。」
「あんたそれで本当に付き合ってることになってる? 大丈夫?」
「大丈夫! 一緒に朝ご飯食べながら確認したから。」
朝まで一緒に居たことは確定した。まぁそんなもんか。
しかしながら、あれよあれよと同棲して、結婚まで。ここまで順調だとは思わなかった。すっかり取り残された気分だ。
涼君と初めて会ったのは結婚式の時だった。さわやかな好青年だった。もし私が同じ立場に立たされていたら、沙織のようになっていたかもしれない。
結婚式もとても素敵だった。参列するだけでここまで感動的にさせるというのは、凄く独特で不思議な感じがした。結婚式特有のものなのだろうか。結婚に対し少し憧れが出来てしまった。
さて、ここからが本題である。私は結婚どころか、恋愛もほとんど経験しないまま25歳になってしまった。
「このままずっと一人かもなぁ。」
そんなことを考えながら、YouTubeでカップルYouTuberの動画を見る。
「こんなのドラマとかの世界観だよな。」
思わずぼそっと呟いてしまった。動画が後半に差し掛かり、広告が流れる。
「出逢いはここから。マッチングアプリ。」
「マッチングアプリ。あなたを待ってる人が居る。」
立て続けにマッチングアプリの広告が流れた。そこから先の動画を見る気が失せて、YouTubeを閉じた。
「そんなこと分かってるんだよ。」
思ったことが直ぐに口に出てしまう。私の悪い癖だ。
なんだか無性に腹が立ったので、このことを沙織に話すことにした。ネタにしてしまえ。
「ねぇ沙織聞いてよ。YouTube見てたらさ、最近やたらめったらマッチングアプリの広告流れるのよ。今日なんて2連続よ? 世の若者はそんなに出逢い求めてるのかね?」
「まぁ。最近は合コンとかもないだろうし、出逢いのパターンが限られてきてるからね。選択肢としてはいいんじゃない?私の友達も、マッチングアプリで彼女が出来たり、結婚したりしてるもん。智子もやってみるのもアリかもよ。」
「いやいや、私は無いでしょう。」
ネタに変え、共感してもらいたかったのだが、まさかの勧められてしまった。
一先ず、よく広告で見かけるアプリをインストールしてみた。少なからず興味はあったということだ。女性は無料で利用出来るというのは有り難い。
まず最初に登録名を決める。本名という訳にはいかないので”tomo”と入力。次にプロフィール写真。私は普段写真をほとんど撮らない為、スマートフォンに自分の映った写真などほとんど無かった。唯一あったのが沙織の結婚式の時の写真だったので、上手く自分だけが写るように切り取り、設定した。あとは簡単なプロフィールを記入して利用スタート。好みカードなんてのもあったので、数件登録した。
マッチングアプリの仕組みとしては、自分の好みの人にいいね!を送り、相手からも帰ってくるとマッチングが成立し、メッセージのやりとりが出来るようになるというシンプルなものだった。
プロフィールを閲覧すると、足跡というものが残り、誰が閲覧したかが分かる仕組みとなっていた。序盤こそはスタートダッシュの如く、凄い勢いで足跡が残されていった。登録したての者は、マーキングされ注目度が上がる仕組みらしい。
しかしながら、いいね!が押させることはなく、ほとんどがプロフィールを確認し素通りだった。自分に烙印が押されていくようで、凄く気分が悪かった。
登録してから一週間程が経った頃、漸く一人の男性とマッチングした。
”タツヤさん(二十四歳)。東京都在住。”
マッチングアプリはマッチングをしても、メッセージを続けるのに苦労するのだと、どこかの記事か何かで見たことがあった。最初こそ手探りで不安いっぱいだったのだが、タツヤさんとの会話は最初にしては出来過ぎなくらい弾んだ。
「初めまして。マッチングありがとうございます。タツヤと言います。プロフィールの写真の笑顔が素敵でいいね!しました。あと、コーヒー。僕も好きなんです。ずっとお好きなんですか。」
「こちらこそありがとうございます。タツヤさんですね。私はtomoと申します。宜しくお願いします。コーヒーは母が好きだったんです。その影響で私も好きになりました。」
「そういうことなんですね。僕お同じですね。僕は父が好きだったので。缶コーヒーとかも飲まれるんですか?」
「そうですね。時々ですが飲みます。それより、最近はコンビニのコーヒーをよく飲みます。」
「なるほど。最近のコンビニのコーヒー侮れないですよね。」
ね。弾んだでしょう。
この日から毎日のようにメッセージを送り合うようになった。”おはよう”で始まり、”おやすみ”まで。日々がタツヤさんで満たされていく。充実感を感じていた。
そんな日々が一週間程経過した頃だった。
「もし良かったら、今度食事にでも行きませんか?」
会話を重ねれば重ねる程、相手に会いたくなる。言わばこれがマッチングアプリの醍醐味なのだろう。タツヤさんに会ってみたくなっていた私は心の中で歓声を上げ、すぐさま返信した。
「はい。私もお会いしたいなと思っていました。是非お食事しましょう。」
実際に会うとなれば、どこで会うのかもポイントとなってくる。普段タツヤさんがどういったところに行くのか、試しに聞いてみた。
「タツヤさんは普段どういったところに行かれますか?」
「僕は東京に戻ってきてから、あまり外食をしていなかったので分からなくて。」
てっきりタツヤさんは東京出身なのだとばかり思っていたので意外だった。
「ご出身は東京ではないんですね。」
「僕は生まれは東京なのですが、学生時代に山梨に引っ越し、そこで過ごしていました。東京へは大学進学で戻ってきました。」
「そうなんですね。私も元々大阪に居たんです。私の場合は、高校生の時に家族でこっちに引っ越して来まして。」
「その割に関西弁ではないんですね。」
「こっちに来たら直ぐに標準語になっちゃいました。」
「あはは。可愛い。」
あまりに久々且つ突然のの”可愛い”にドキッとしてしまった。これだから、恋愛弱者は。耐性なんてあったもんじゃない。
結局、沙織と前行った新宿のイタリアンレストランでランチをすることになった。ピザが美味しく、お店の雰囲気もいいのに、意外にもリーズナブルなお店だ。
新宿駅前は人混みが凄いので、待ち合わせはお店の前にすることにした。白いブラウスに黒のスラックスを合わせ、足元はパンプスを履いた。セミフォーマルのような服装だ。若い頃から派手な色を好まない私は、一年中このような色使いになる。良くも悪くも無難だ。
六月四日。梅雨入り宣言がされたというのに天気は快晴。梅雨時期の晴れ間というのはなんとも縁起が良さそうなものだ。
待ち合わせ時間よりも三十分も早くお店に着いた私は、音楽を聴きながら彼を待った。この時頭を過ったのは、”マッチングアプリでドタキャンされた”某ドラマだ。マッチングアプリをやられている方の中には、こうした経験を沢山されている方もいるようで、途端に心配になってきた。まぁでもタツヤさんなら大丈夫なはず。タツヤさんなら。
待ち合わせ時間の五分前。駅の方からネイビーのセットアップを着た男性がこちらにやってきた。中は無地の白Tシャツ。足元はNew balanceの黒いスニーカーだった。悪くないセンスだ。
「あの。tomoさんですか。」
「はい。tomoです。タツヤさんですか。」
「はい。タツヤです。今日は宜しくお願いします。」
社交辞令のような挨拶を済ませ、私達はお店に入った。ちゃんと来てくれた安心感を一人抱き
「予約をしていた小池です。」
「お待ちしておりました。こちらのお席にどうぞ。」
タツヤさんの苗字が小池だと判明した。
普段あまり緊張するタイプではないのだが、この日はやけに緊張した。初めて会うドキドキというよりは、嫌われてしまわないかの心配が強かったように思える。
机に向かうなり改めて自己紹介を。
「改めて小池達也です。」
「松下智子です。」
お互い初めて聞く本名に、ニヤニヤした表情をしていたのを覚えている。毎日沢山話していても知らないことがあったなんてね。
とりあえずウェイターさんにピザとサラダを注文した。
「お飲み物はどうされますか。」
お互い緊張のあまり肝心なことを忘れていた。
「アイスコーヒーをブラックで。」
「ホットコーヒーを。お砂糖とミルクもください。」
「かしこまりました。お食事と一緒にお持ちしますか。それても食後に致しますか。」
「食後でお願いします。」
注文を取るとウェイターさんはニッコリ笑って去って行った。
「ブラックコーヒーお好きなんですね。」
「はい。甘いコーヒーがあまり得意じゃなくて。」
「そうでしたか。僕はブラックが飲めなくて。ブラックコーヒーって大人な感じしますよね。」
「あはは。よく言われます。昔からブラックが好きで。」
「大人だなぁ。」
セットアップを格好良く着こなしている割に、ブラックコーヒーが飲めないというギャップが堪らなく愛おしく思えた。
そうこうしているとサラダが運ばれてきた。そして、その数分後にピザが。沙織と来たことがあったから知ってはいたのだけれど、味は間違いなかった。
食事をして、話して。食後に運ばれてきたコーヒーを飲んで。そうしている内に、私の緊張感はホットコーヒーの角砂糖のように溶けて無くなっていた。本当に初対面なのかと疑問が浮かぶほど心地よい時間だった。マッチングアプリ失敗談や注意喚起はなんだったのか。いや、これはきっと彼だからだな。そんなことを考えていた。
食事を終えた私達は、お互いに時間もあり、天気も良かったので新宿御苑へ。入園料が倍になっており驚いたけど、とりあえず中へ。宛もなくふらふら歩きながら、お互いの幼少期のことや、学生生活の想い出などを話した。彼は学生時代にバンドでドラムを叩いていたらしい。華奢なのに格好いい。
話の流れで私の家族の事も話した。母が亡くなり父が一人で育ててくれたことを話すと、彼は”お父さん格好いいね。”って。”大変だね””可哀想に”そんなことばかり言われてきたから、この反応には拍子抜けというか、可笑しくて力が抜けてしまった。ちょいちょい可愛い所を見せてくれる。もう、この時点で大分私は惹かれていたのだと思う。
夕日が色濃くした頃、場内にアナウンスが流れ始めた。閉園だ。私達は歩いて出口に向かった。なんとなくあの出口を出たら、檻から放たれた鳥達のようにバラバラになってしまうような気がした。この気持ちこそがマッチングアプリ特有のものなのだろうか。ここで繋ぎ止めなくては、もう会えない。そう思って彼の方を見た瞬間だった。
「あの。智子さん。あんまりこういうことは初対面で言うべきではないとは思うんですが。」
なんだか急に改まった文言が飛んできた。
「はい。」
「好きになってもいいでしょうか。」
暫し沈黙が流れる。心が波打つのが分かる。一度頭の中を整理して話を続ける。
「私を?」
「そうです。智子さんを。」
「是非。で?」
「まだ初対面だし分からないことばかりだとは思うんですが、その辺りは少しずつ知っていければと。」
「だから?」
頭の中を整理した際に、小悪魔モードにスイッチが入ったようだ。もう少し。もう少しだ。
「付き合いませんか? 僕達。」
来た。
「うん。」
なんともまあ、ぬるっとした告白だった。それでも彼に言わせたのは私のお手柄でしょう。
最初はお互い手探りで、仕事でいうところの試用期間のような交際だった。でも、交際を続けていく内に私には無くてはならない人になった。
人生というのは何があるか分からないものだ。沙織が結婚していなければ、YouTubeでマッチングアプリの広告が流れていなければ、私がマッチングアプリを使っていなければ、マッチングした相手が達也じゃなかったら。幾つもの分岐点を超えて私達は出逢えた。きっとそれは奇跡で、運命で。今はまだ人生という長い旅の途中かもしれない。けれど私は今、間違いなく”幸せ”という道の上に居る。この先も達也と一緒に、逸れることのないよう歩いて行けたらと思っている。
『Nice to me too』
作:榊 海獺(さかき らっこ)
〈Profile〉
榊 海獺(さかき らっこ)
一九九○年生まれ、東京都出身。
会社員、作家志望、エッセイスト。
二○二一年よりアルファポリス内でエッセイ『なんでもいい』投稿中。同サイト内にて小説『さよならPretender』投稿中。
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