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第2章
28.廃村の幽霊
しおりを挟むセシル達が見守る中、青年は、沈痛な面持ちで握りしめた拳を震わせて言葉を発した。
「私の村は呪われているのです……。」
「呪われている……?」
「はい。私の名前はヤンと申します。この町から南に10キロほど離れたビンゲン村の村長の息子です。冒険者ギルドにも依頼を出しているのですが、1週間ほどたっても受けてくれる冒険者が現れなくて。このままだと私達の村は……。」
農民風の青年、ヤンは表情に絶望の色を滲ませている。見かねたケントがヤンに声をかける。
「俺はケントといいます。こっちの子はセシル。冒険者です。詳しい話を聞かせてもらえますか?」
ケントとセシルは、ヤンに話を聞かせてもらうことにした。
「……ありがとうございます! 実は1か月ほど前の話になります。気づいたきっかけは隣の家に住む夫婦の様子でした。彼らはそれまで周りも羨むようなおしどり夫婦で、いつもにこやかに微笑みあっていました。ある朝、私が畑へ向かおうと家を出たところ、外で2人と会ったのですが、挨拶をしてもかえってこず、2人一緒にいるのにお互いに全く目線を合わせず、無表情で会話もありませんでした。」
「それってただの夫婦喧嘩じゃないんですか?」
ケントが話の合間に、ヤンに問いかける。ヤンは軽く頷き、さらに話を続ける。
「私も最初はそう思いました。珍しいこともあるものだと。だけど日が経つにつれ、だんだん他の村人たちの様子が変わっていきました。話をすることもなく、無表情な人が増えていきました。無気力で無感情で、最低限生きていくために動くだけの、まるで生きているのに不死者のようでした。」
「ふむ……。確かに普通じゃないが、ヤンさんはそうは見えませんね。」
「はい、その時は私と私の家族だけはまだ無事でした。その状況を見て、これは今は亡くなってしまった隣村のケスラーに住んでいた娘の祟りだと父は言いました。そして10日ほど前、私は村の危機だと父に言われて、今はなくなってしまった廃村ケスラーへ原因究明のために向かったのです。するとそこには……。」
「そこには……?」
セシルとアルマがごくっと唾を飲み、話に聞き入っている。ケントがヤンに話の続きを促す。
「そこには古い井戸があり、その周りを白くて半透明の幽霊が浮遊していました。女性の形をしていましたが、顔立ちは全く分かりませんでした。だけど目だけが赤く邪悪に光っていました。そいつは私の姿を見つけると、奇声を上げて襲いかかってきました。私は逃げようとしましたが、奴に巻きつかれ、鼻も口も塞がれ息ができなくなりました。ところが、もう死ぬかと思った時、一瞬光に包まれ、私を襲っていたゴーストは悲鳴を上げて私から離れ、井戸の中に逃げていきました。おかげで私は助かり、後は必死で自分の村まで逃げ帰りました。」
そこまで話を聞きながらずっと考え込んでいたセシルが口を開く。
「……ヤンさん、それは正確にはゴーストじゃなくてレイスっていう魔物だと思います。死霊には変わりないんだけど、一応実体はあります。斬ることもできるけど、すぐに繋がってしまうから倒すのは難しいですけどね。」
「レイス……ですか。」
「ええ、死んだ人の魂が浮かばれずに魔物化したものだって聞いたことがあるけど、実際のところはよく分かりません。」
セシルがそう言うと、やはり考え込んでいたケントがヤンに尋ねる。
「ヤンさん、いくつか分からないことがあります。まず、村人が無気力になってしまったのは分かりましたが、それがどうして村の危機なのかが分かりません。レイスが村まで襲いに来るわけではないですよね?」
「……うちの村は昔から、村の守り神である光の女神さまを信仰しておりました。女神さまを祀ってある祠があるのですが、村人はとても信心深く、皆その祠に毎日のように訪れ、供え物をし、祈っていました。私ももちろんそうしていました。ところが村人が無気力になり、それが行われなくなったからか、光の祠は暗い影に覆われてしまいました。それからというもの、井戸の水は澱み、土は枯れ、生きていくのさえ難しい環境になってきたのです。」
「なるほど……原因究明はまだ置いておくとして、命にかかわる危険があることは分かりました。じゃあ次に、なぜ隣のケスラー村は滅びたんですか?」
「それは話すと長くなるのですが……。実は私はケスラー村の村長の娘、イリーネと恋人同士でしたが、ビンゲン村とケスラー村の村長は昔からいがみ合っており、とても仲が悪かった。だが、私はイリーネを愛してしまいました。そして彼女も私のことを愛してくれました。だから、二人で村を出て一緒になろうと約束をしました。ところが、1年ほど前のこと、私は駆け落ちの約束の夜、家を出ようとしたところを父に見つかってしまいました。そこで揉みあいになり、父と兄と二人がかりで押さえつけられ、私は拘束されてしまいました。そのまま3日ほどして父から、イリーネが自らの命を絶ったと聞かされたのです。」
「なんてひどい……。」
アルマが、ヤンの話を聞き、眉根を寄せて悲しそうに呟く。それを聞いてヤンは大きく頷くと目に涙を浮かべながら、それでも怒りを湛えた目を見開き話を続けた。
「はい……。私は父を、兄を恨みました。それからしばらくしてケスラー村は、井戸の水が澱み、土は枯れ、人が住めなくなってしまったのです。住んでいた村人たちは散り散りに村を離れ、ひとり娘の死を悲しんだ村長夫婦は自殺してしまいました。私はいっそのことビンゲンの村も滅んでしまえばいいと思いました。私の父は、隣の村のことを、イリーネが悪霊になって村を滅ぼしたのだと言いました。その父も兄も今や魂を抜かれたようになり、今まともなのは私だけになりました。」
「なるほど、それで、今回の事件もイリーネさんのせいだと。」
ケントが話を聞いてそう言うと、ヤンは首を左右に振って答えた。
「いいえ、私はそうは思っていません。あれはイリーネのせいなんかじゃない。彼女は動物や植物、生きているもの全てを慈しむ、とても優しい子だったんだ。私にとっては彼女こそが女神だった。死んだってそんなことをするような子じゃありません!」
「ふむ……。大体の話は分かりました。ギルドに依頼をされたんですよね? 俺とセシルが依頼を受けますから、一緒に村まで行きましょう。」
「ありがとうございます……! 父と兄のことは憎んでいますが、村人たちに罪はありません。……ぜひ、お願いします!」
ヤンはそういうと深々とセシルとケントに頭を下げた。セシル達はアルマに別れの挨拶をし、冒険者ギルドに行って正式に依頼を受け、ビンゲン村に向かうことになった。
町で荷馬車を借りてハヤテ号に繋ぐと、ケントは御者席に、ヤンさんは荷台に、セシルはマリーに乗ってビンゲン村へ向かった。
30分ほど走った後、ビンゲン村に到着する。話には聞いていたが、確かにまるで不死者が徘徊しているようだ。会う人はすべて目が虚ろだった。
村長の家に案内されたが、誰もいないようだ。村長もヤンの兄も一応仕事に行っているらしい。促された椅子に座ってケントが口を開く。
「まず、その光の祠を見せてもらっていいですか?」
「分かりました。ご案内します。」
村長の家を出て、ヤンに案内され村はずれにある小さな祠に到着した。祠はきちんとした木造で屋根や扉のついている物だった。だがヤンの話の通り、祠は禍々しい黒い靄のようなものに覆われ、扉を開くこともできない。恐らく扉の中にはご神体があるのだろう。
それを見てセシルは思う。精霊たちがいたらこの靄が一体何なのか分かるんじゃないかと。
そしてあることに気づき、セシルはヤンに問いかける。
「ヤンさん、長くお参りができていない割には祠の周りは綺麗なんですね。草も生えていない。」
「はい、それは私がときどきここへ来て手入れをしているからです。靄には触れないように気をつけながら……。今私にできることはそれくらいしかないので。」
「そうだったんですね。」
セシル達は祠を見おわると、早速ケスラー村の方へ向かうことにした。ケントがヤンに話す。
「ヤンさん、俺たちは今からケスラー村へ様子を見にいってきます。貴方はこの村で待機していてください。」
「僕が念のために村長さんの家を結界で覆っておきます。できるだけその中にいてください。あと、飲み水も置いておきますので使ってください。」
セシルはそう言うと、村長宅に結界を張り、炊事場にあった大きな瓶に水魔法で水をためておいた。飲み水用だ。どうやら井戸水が澱んで飲めなくなったため、村人は川の水を沸かして飲んでいたようだ。難儀なことである。
「それじゃあ行くか、セシル。」
「うん、ケント。」
セシルは魔物・レイスの特性に一抹の不安を感じながら、ケントとともにビンゲン村を後にした。
ケスラー村へは徒歩で向かう。ビンゲン村から東に2キロほど離れた所にあるという。しばらく道なりに歩いていると、セシルは道脇の草むらに何かが落ちているのに気がついた。
「ケント、ちょっと待って。なんだろう……これ。」
セシルはケントに声をかけると、道端に落ちていたそれを拾いに行く。セシルが手に取ってみると、それはなめした皮を縫い合わせたような粗末な靴だった。
「靴……。大人のかな。花柄のステッチがしてある。」
「ああ、そうみたいだな。大きさ的にも女性の靴だろうな。しかし不自然だな、どうしてここに片方だけが……。ん、これはなんだ。」
ケントが側にもう一つ落ちていたものを拾い上げる。これは……。セシルがそれを見てケントに話す。
「鏡……? ケントこの鏡、光魔法が付与されてる。」
「なんだって? この靴の持ち主が持ってたってことなのか、それとも別の誰かか?」
「これだけでは何も分からないね。とりあえずこれは大事に持っておこう。」
セシルは懐に靴と鏡をしまう。そして再びケスラー村へと歩き始めた。
ビンゲン村を出て30分程歩き、ようやくその村へ着いた。そこは朽ちかけた建物がまばらに立っており、その中心部に井戸があった。セシル達は井戸を遠くから伺う。ヤンの話に合った通り、女性の姿をしたレイスが井戸の周りを浮遊していた。
「あれ、イリーネさんなのかな……。ヤンさんの話じゃ確かに、あんな禍々しいものがイリーネさんだとは思えないけど。」
「どうだろうな。」
ふと気づくとレイスの姿が見えない。井戸の中にでも入ってしまったのだろうか。セシル達は恐る恐る近づいてみる。しかし何の気配もない。用心しながらも、セシルが井戸を不用意にも覗き込んだ時……。
『キイイィーーーーー!』
奇声とともに突然井戸からレイスが飛び出してきた。すぐさまセシルは全身に巻き付かれ、ぎりぎりと締め上げられる。防御強化はしていたが、口と鼻を覆われ、腕も足も封じられて身動きが取れない。
「んっ、んんーーーっ!」
「セシルっ!!」
ケントが大剣を抜き、レイスに斬りかかる。ケントはセシルに当たらないようにうまくレイスを斬りつけるが、一瞬斬れるもすぐに元に戻り全く歯が立たない。
「くそっ、どうなってんだ!」
セシルは息ができず、だんだん意識が遠のいてきた。
(もう、だめかもしれない……。)
セシルは懸命にレイスに斬りかかるケントを見て、もう自分を置いて逃げてほしいと、そう思いながら今にも自分を覆わんとする暗闇と戦っていた。
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