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第2章
31.決戦 そして彼女は
しおりを挟むセシル達3人はビンゲン村を出発し、およそ40分ほどでケスラー村に到着した。
セシル達は気づかれないように建物の陰で待機し、遠巻きに井戸の方を見る。あのレイスが、相変わらず井戸の周りを徘徊している。やはり太陽の下でも何らダメージを受けずに活動できるようである。
そんなレイスの様子を確認して、ケントがセシルとヤンに囁きかける。
「準備はいいか?」
「うん。」
「私はいつでも。」
セシルとヤンが小さく答えると、ケントが頷き、号令をかける。
「行くぞ。」
ケントは合図して大剣を構えつつ、井戸の周りを浮遊するレイスに向かって、声を張り上げて突進する。
「お前に会いたくてまたきてやったぜえーーー!!」
『ギィッ!?』
レイスはケントの方を振り向き、その姿を視認すると、すぐさまケントに勢いよく向かってくる。
セシルは、ケントがレイスの標的になったのを確認すると、ヤンに合図をする。それを受けてヤンは即座に飛び出し、太陽の光を鏡に反射させ、レイスに向ける。
『ギャーーーーー!!』
「イリーネの、仇だ……!」
鏡の神聖な光を受けて、レイスは怯み、その場で苦しみだす。体からは蒸気のようなものが上がっている。レイスはヤンを視認し、ヤンに近づこうとする。
ケントがすかさずレイスの背中を大剣で上から下に斬りつける。
「お前の相手は俺だよ!!」
『グアッ、オマエタチ、ヨクモ、ヨクモ……!!』
ヤンとともに飛び出していたセシルは、ウィルに話しかける。
「ウィル、お願い!」
『任せてえ!』
セシルは意識を集中させる。ウィルはレイスの頭上に飛んでいくと、その姿を神聖な数多の光の槍へと変える。
「聖光槍!」
セシルは左手をレイスに突き出し、レイスの頭上の光の槍を一斉に降らせる。ケントは術を確認し、さっと後ろに飛び退く。
『ギャアーーーーーーーッ!!!』
レイスは苦悶の叫びをあげ、無数の槍に体を貫かれる。邪悪な魔物にはふさわしい末路だ。
『アア、カラダガ、ヤット、フッカツ、シタノニ……』
レイスは、もはやぼろきれ同然になりながらよろめいていたかと思うと、近くにいたヤンに突然飛びかかる。
『オマエハ、ワタシヲコロシタ、ムラビトノ、マツエイダナ!』
レイスはヤンに巻きつくとぼろぼろの体で彼の鼻と口を塞ぐ。セシルとケントは、死にかけだったレイスの突然の奇行に素早く反応するがほんの少し遅かった。
「しまったっ!」
「くそがっ!」
「ンンッ、ムゥッ!」
セシルは魔法ではヤンに当たってしまうと思い、剣を抜く。ケントはヤンに当たらないように斬りかかるが、どうにもならない。
『オマエモ、ワタシトイッショニ、ツレテイッテヤル』
レイスに巻きつかれ、最初ヤンは苦しそうにもがいていたが、すぐに体の力を抜き目を瞑る。その表情には安堵と、喜びすら見て取れた。
「ヤンさんっ!」
ヤンはセシルとケントに視線を向け、目を細めて微笑む。
(ありがとう……。)
ヤンの、そんな言葉が聞こえた気がした。駄目だ、死んじゃ駄目だ。セシルが心の中でそう呟いた時だった。
辺り一帯を、温かく優しい光が包む。そしてその光の中に美しい少女が現れる。
『アア、アア、カラダガ、キエル……ワタシノ、ナマエハ、ナンダッタカ……』
ヤンに巻きついていたレイスは、そのぼろきれのようになった己の体を見ながらヤンを離し、そしてついに……消えた。
「はあ、はあ……。」
「ヤンさんっ!」
ヤンはその場に崩れ落ち、肩で息をしながら、両手を地面について何とか体を支える。セシルとケントがヤンに駆け寄ろうとすると、先程の光とともに現れた、まるで光の結晶のようなその少女は、ヤンに近づきそっとその体を包み込む。ヤンは顔を上げその少女を見つめる。
「……イリーネ?」
ヤンと少女が見つめ合う。少女は愛おしむような優しい笑みを浮かべ、ヤンに頷く。
「ああっ、ああっ、イリーネ!!」
ヤンは少女の体を抱きしめるように腕を回す。少女もその手をヤンの背中に回す。
「ああ、イリーネ、あの光はやっぱり君だったんだね……。君に、会いたかった。愛している……。」
ヤンの目からはとめどなく涙が溢れる。セシルはその光景を前に、胸が締め付けられるような思いでいっぱいになった。ケントも同じくヤンと少女を見つめ立ち尽くしている。
『イリーネが貴方に、先に逝ってごめんなさい、私も愛してる、って言ってるわよう。』
ウィルが突然姿を現し、口を開く。そしてさらに話を続ける。
『イリーネは光の精霊の眷属になったのよう。』
セシルは意外な言葉を聞いて、思わずウィルに聞き返してしまう。
「光の精霊の眷属?」
『そう。わたしが彼女の哀れな魂に、わたしの眷属にならないかって誘ったのよう。イリーネはもともと強力な神聖魔法の素養があったのよう。使いこなすことはできなかったけど、きっと彼女の力なら、すぐに精霊になれるのよう。』
その言葉を聞いたヤンがイリーネを見つめたまま呟く。
「イリーネが、精霊に……。」
『そうなのよう。これからビンゲン村の守護は彼女にお願いするのよう。わたしはこれからはセシルについていくのよう。』
イリーネはウィルに大きく頷く。そして再びヤンの方を見ると、ヤンの額に自分の額を合わせる。ウィルの言葉を聞いたヤンが嬉しそうにつぶやく。
「イリーネ……。これからも、一緒にいられるのか……。」
『彼女は精霊になったの、人間と違うのよう。触れられないし、彼女は光の祠に入るから、貴方と共に暮らせるわけでもないのよう。貴方には彼女に縛られずに幸せになってほしいって、彼女自身が言ってるのよう。』
イリーネは、再びヤンに向かって、微笑みながらコクリと頷く。ヤンはそんなイリーネを見つめ、誓いのようにゆっくりと語り掛ける。
「君以外の女性を好きになることはない。俺はこれからも君を愛し続ける。どうかそれを許してくれ。それが俺の願いだ。」
イリーネはヤンの言葉を聞き、少し困ったように、そして嬉しそうに微笑む。
『仕方ないのねえ。それもまた貴方の人生かもしれないわねえ。今はイリーネはこの場に顕現してるけど、彼女の姿は普通の人には見えないのよう。でも、貴方の愛が彼女にある間は、貴方にだけは彼女の姿が見えるのよう。けれどこの先、もし彼女の姿が見えなくなったら、貴方は新しい人生を歩みなさいねえ。』
ウィルはヤンにそう伝えると、ぽんっと姿を消した。ヤンはウィルの話を聞きながらも、一瞬たりともイリーネから目を離さなかった。イリーネもヤンをずっと見つめていた。
セシルはそんな二人を見て、胸が切なくなる。これでよかったのだろうか。
ヤンはイリーネの存在がある限り、きっとこれから先も彼女を愛し続け、新しい人生を歩むことはできないだろう。
イリーネもまた、自分のせいで新しい愛を見つけることもなく、子供を残すこともなく、年老いていくヤンをただ見守っていかなければいけないのだろう。
だけど今のヤンの幸せそうな顔を見ていると、それでもいいのかなと思ってしまう。ヤンが幸せなら、イリーネも幸せなのかもしれない。
恋愛ってよく分からない。
しばらく二人を見守っていたケントが、申し訳なさそうに口を開く。
「あー、お二人さんの邪魔をするようで悪いが、そろそろ村に戻りましょう。」
『あっ、ちょっと待ってなのう。忘れてたのう。』
「え、なになにどうしたの?」
再び現れたウィルにセシルとケントは驚く。
『この村の浄化をしていくのよう。もう村としては復興できないだろうけど、土地がレイスのせいで穢れきっているからあ。セシル、精霊術をお願いねえ。』
「うん、分かった。聖光浄化。」
ウィルが光の波へと変化し、辺り一帯を覆う。すると土の下から黒い靄のようなものが沸きあがり、現れた側からあっという間に消えていく。
しばらくしてウィルが元の姿で戻ってくる。
『あとはビンゲン村だけど、土地の穢れを取り除けば、そのうち自然と村人も元に戻ると思うわあ。イリーネが精霊になるまで少しかかるから、セシルの精霊術にお願いしようかしらねえ。』
「うん、任せて。」
セシルはウィルに大きく頷き、返事をする。セシルは朽ちて人影もないケスラー村を見回し、やるせない気持ちになる。イリーネの村。イリーネの家族はその死を悲しんで自ら死を選んだという。レイスのあまりにもひどい所業を思い、セシルはくっと唇を噛みしめる。
元は人間だったレイス。人の憎しみがこんなにたくさんの不幸を生み出してしまったのだ。魔物よりも人間の業のほうが恐ろしいのではないかと、セシルは思った。
そしてセシルは顔を上げ、皆に声をかける。
「それじゃ、帰ろう。ビンゲン村へ。」
セシルはケント、ヤン、そしてイリーネとともにビンゲン村への帰路についた。
ビンゲン村へ帰りついたのは、まだ昼過ぎのことだった。まずは村の中心部で聖光浄化を施し、村と周辺土地の穢れを浄化する。
浄化が終わった後、皆で村はずれの光の祠へ向かう。祠は昨日ヤンが掃除したのでとても綺麗だった。
イリーネは祠の前に立つと、ヤンと向かいあって突然言葉を発する。
『ヤ、ン……。』
涼やかな透き通った声が、何かを伝えたそうに、辺りに響いた。
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