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第2章
30.悪霊の正体
しおりを挟む「伝えないといけないこと?」
セシルが首を傾げながら尋ねると、ウィルは大きく頷き、話し始めた。
『まずわたしが闇に捕らわれて身動きが取れなくなったのは、今から1か月前。そして、それはケスラー村にいるレイスの仕業なのよう。』
「やっぱりそうだったんですね。」
ウィルの話を聞いてセシルが呟く。ウィルは軽く頷くとさらに話を続ける。
『先に彼女の名誉のために言っておくけど、レイスはイリーネじゃないわよう。可哀想なイリーネは誰よりも早くレイスの企みに気づいたけれど、それを皆に知らせる前に殺されちゃったのよう。』
「レイスの企み?」
セシルがウィルに問いかける。
『あいつは、50年ほど前にこの周辺の村を襲った盗賊の一味の女で、当時のケスラーとビンゲンの村人の共闘によって返り討ちにあって殺されたのよう。レイスはその逆恨みで、この辺の土地にとりついた悪霊なのよう。1年くらい前にようやくレイスという魔物としてこの世で実体化することができて、復讐を開始したのう。そしてケスラー村を滅ぼした後、ビンゲン村に手をかけようとしたけど、この村を守っているわたしの存在が邪魔だったのう。だから、わたしの力が一番弱まった1か月前の月食の夜を狙ってわたしの祠を封印したのよう。』
「そうだったんですか……。」
『イリーネは神聖魔法の素養があったのよう。さしずめこの周辺の土地の聖女様っていうところねえ。だから、自分の鏡に願いと魔力を込めて恋人を助けようとしたのねえ。だから、セシル。わたしとイリーネの鏡の力であいつを消滅させるのよう。』
「え、どうやって?」
『セシルはわたしの力が使えるでしょう?』
「……ごめんなさい、僕は今精霊たちの力が使えないんです。他の精霊と交信もできなくなってしまって。」
『うんうん、セシルの心はまだ少し閉じちゃってるからねえ。でも取りあえずわたしの力は使えるのよう。』
「心が、閉じてる……?」
『そうよう。精霊たちはセシルを助けたがってるのよう。そのうち話せるようになるのよう。』
「そう、だったの……。」
セシルはそれを聞いて愕然とする。精霊たちがセシルにそっぽを向いたんじゃない。セシル自身が自分の心を閉ざしていたのだ。
『くよくよしすぎるのはよくないのよう。少し肩の力を抜いて。自分をすぐ責めるのはセシルの悪いところなのよう。あと、他の皆に話すように私にも友達のように話してほしいのよう。』
「……うん、わかった。ありがとう、ウィル。」
セシルはにぱっと笑ってウィルに答える。ウィルの言葉を聞いてセシルはなんだか心の枷が軽くなった気がした。
『その調子なのよう。』
しばらく考え込んでいたケントが、突然口を開く。
「あのさ、セシル。その精霊のいとし子とか、力を使うっていうの、よく分からないんだが。あと、精霊って何だ……?」
「あ、そっか。あの、ケント、ヤンさん、今ここで見たことは誰にも言わないでほしいです。そして、精霊のことについては後でケントに説明するから。」
「お、おう。」
「分かりました、誰にも言いません。私達にとってはウィル様はこれからも光の女神様です。」
ケントとヤンさんが大きく頷いて答える。
それからセシル達は村長宅に戻り、セシルはケントと作戦会議を開く。ヤンさんは祠に残って、祠と周囲を綺麗に掃除するそうだ。
早速セシルはケントに精霊の力について説明を始める。
「まず精霊っていうのは、この世界に漂う魔素っていうものを生み出す存在で、精霊がいなくなったらその属性の魔素は枯れてしまうの。一つの属性に複数の精霊がいると思うけど、僕は僕の傍にいた精霊のことしか知らない。」
「この世界にそんな存在がいたとはな。」
ケントは初めて知った存在に驚きを隠せないようだ。セシルは頷いて話を続ける。
「……おばあちゃんと僕は、精霊に寄り添うことで、精霊たちの力を借りて精霊術っていうのを使うことができるの。精霊のいとし子ってそういう意味だと思う。だけど、西のエルフ族とおばあちゃんとボク以外に精霊の存在は見えないから、精霊の存在は秘密にしてたの。悪意のある人たちに利用されるといけないから。」
「だから人から聞いたことがなかったのか……。」
感心するように呟くケントに、セシルは軽く頷き話を続ける。
「だけど僕はマルコさんたちの護衛のとき、その……人を殺してから、それまで側にいてくれた精霊たちの存在が見えなくなって、話をすることもできなくなった。」
「魔法と剣が使えなくなっただけじゃあなかったんだな。」
「うん、黙っててごめんね……。精霊の存在自体が秘密だったから……。それで光の祠で女神様を見たときにも、姿かたちは精霊だったけど、自分に精霊が見えるわけないって思ったから最初は精霊だって分からなかった。でもウィルの話だと、交信できない原因は僕の心の在り方だったみたい。」
「そうみたいだな。でも、そのうち見えるようになるって言ってたじゃないか。」
「うん、また皆と話せるようになるかもしれないのが分かって、僕嬉しいよ。」
セシルは嬉しくて、思わずニヤニヤしてしまう。それを見てケントも嬉しそうに笑って答えてくれた。
「よかったな、セシル。それで、レイスを倒すためにウィルの力を借りるってどういうことだ?」
「うん、多分ウィルの光には神聖属性があるんだと思う。僕はウィルの力を借りて、レイスに精霊術を使う。そしてケントにはこれを使ってもらう。」
セシルは懐からイリーネの鏡を取り出し、ケントに差し出す。ケントはそれを受け取り、セシルに答える。
「分かった。もしかしたらレイスにはウィルの復活がばれてるかもしれん。今すぐにでもケスラーに向かおう。まだ昼前だし、日没までには十分時間がある。ところでウィルは今どこにいるんだ?」
ケントがそう言うと、ぽんっとウィルがセシルの隣に現れた。
「うおっ!」
『なによう、わたしはここにいるのよう。常時貴方たちの目に見えるように顕現するにはセシルの魔力を使わないといけないから、今は隠れていたのよう。心配しなくてもセシルにはちゃんと見えるからあ。あと、わたしは封じられてた間、魔素を取り込むことができなくてだいぶ弱ってるのよう。今少しずつセシルの魔力を分けてもらって回復しているから、明日の朝までは時間が欲しいのよう。』
「そ、そうか、分かった。それじゃ、ケスラーに行くのは明日の朝だ。セシル、それでいいか?」
「うん、いいよ。明日が決戦だね。」
セシルがそう言うと、ケントが右手の拳をセシルに突き出し、セシルの前で止める。え、なんだろう。
「ほら、セシルもこうやって。」
セシルはケントの言う通り、ケントと同じように右手の拳を突き出す。するとケントが自分の拳をセシルの拳にこつんと合わせる。
「これが一緒に頑張ろうぜっていう合図だ。仲間同士のな。覚えとけよ。」
「仲間同士……。うん、わかった!」
セシルは『拳を合わせる』を覚えて、何となく嬉しくなった。前に教えてもらった『ハイタッチ』も楽しいけどこれもいいな。仲間、仲間……ふふ。
「ところでケントのいた世界ってどういう所なの?」
「俺のいた世界か……。世界っていっても俺の住んでた日本って国のことくらいしかよく知らないがな。結局海外旅行も行けなかったなあ。」
「かいがいりょこう……。ケントの住んでたニホンってどんなとこ?」
「そうだなあ、まず俺がいた世界には魔法も精霊術もなかった。その代わり科学技術っていうのが発達しててな。俺が住んでたとこは日本の中でも一番大きな東京って町で、何十階もある建物が沢山そびえたっていて、その間を自動車っていう鉄の車が走ってるんだ。俺はそこにある会社ってとこで働くサラリーマンだったんだ。」
「じどうしゃ……さらりーまん……。なんか想像できないけど、僕も一度でいいからケントの世界に行ってみたいな。」
「そうだな、きっとセシルが遊ぶところがいっぱいあるぞ。だけど俺がいた時は遊ぶ時間なんてなかったな。毎日残業続きで、休日出勤とかもあって、俺のいた会社はブラック企業だった。飲みに行く暇も、彼女とデートする時間も取れないから、彼女ができてもすぐ振られちまって。仕事に振り回される毎日だったなー。」
「ケント、大変だったんだね……。」
ケントの見た目については、セシルは前からかっこいいと思っていた。
身長は180センチくらいで、黒髪は今は少し伸びているが肩に付かないくらいの短髪で、眉と目はきりっと吊り上がってて、顔立ちはかなりいい方だと思う。
体格も細身ではあるが筋肉質で、前にちらっと見てしまった時は腹筋も割れていた。
他人に優しくて、セシルにはいい兄貴分といった感じである。それなのに……なんでモテないんだろう。
「こう見えて元の世界でも企業戦士という名の立派な戦士だったんだぜ。あんな会社でもこれまでに実績とか信頼とかそれなりに積み上げてきたんだが……。」
ケントが机に置いていた右手をギュッと握りしめる。
「この世界に召喚されて、帰してもらえないって聞いて、あっという間に全部失ったよ。おまけに殺されかけたし!」
ケントが今目の前にいない召喚者に憤っている。
「ケントは、元の世界に帰りたい……?」
「ああ、そうだな。帰れるものなら帰りたい……。」
セシルが尋ねると、ケントは少し肩を落として遠い目をして窓の外を見る。その目にはセシルの知らない世界が映っているのだろう。そして、再びセシルに向き直ってにっと笑って話を続ける。
「あー、ごめん、ちょっとしんみりしちまった。だけど、この世界に来ていいこともあったぞ。」
「いいこと?」
「ああ、向こうじゃ、もう学生の時の友達とも疎遠になって、周りには仕事仲間しかいなかったんだ。だがこっちの世界に来てからは、ギード達や、他のパーティとも出会って、そしてセシルに会えた。そう考えればこの世界に来たのも悪くはなかったかもな。俺のセカンドライフだ。あいつらは許せないがな。」
ケントはそう言ってにかっと笑う。セシルはケントの言葉を聞いて嬉しくなってしまう。そしてセシルも同じように笑ってケントに伝える。
「そう言ってくれると嬉しいよ、ケント。」
セシルは、ケントが自分たちの世界をもっと好きになってくれるといいなと思った。そして、自分もケントと同じように、知らない人たちとたくさん知り合いになれたらいいなと、そう思ったのだった。
翌朝、村長宅でセシルとケントがケスラーの村に行く準備をしていると、ヤンが声をかけてきた。
「ケントさん、セシルさん、お願いがいあるのですが……。」
「お願い?」
ケントが準備の手を止めて、ヤンの方を向き、問いかける。
「はい、一昨日セシルさんの話を聞いてからずっと考えていました。……私をレイス討伐に連れていってもらえないでしょうか。」
「いや、それは……。」
「足手まといなのは百も承知です。私は、許せないのです。あいつがイリーネを殺した。私の大切な、唯一の存在であるイリーネを……。あいつに一矢報いたいのです。どうか、お願いします、どうか……。」
「ヤンさん……。」
ケントが困ったように頭を深く下げるヤンを見下ろし、言葉を詰まらせる。
ヤンの話を聞いて、セシルはヤンの肩に両手を置いて答える。
「ヤンさん、分かりました。レイス討伐を手伝ってください。ケント、あの鏡をヤンさんに渡して。」
「お、おう。大丈夫なのか?」
ケントがヤンにイリーネの鏡を手渡しながらセシルに問いかける。ヤンは鏡を受け取ると、しばらくじっとそれを見つめ、大切そうに懐にしまう。
「うん、ざっくりとした手順だけど、説明するね。目的地に行ってレイスがいたら、まずケントが突っ込む。そうしたらレイスはケントに襲いかかってくると思う。」
「俺が囮役か。」
「うん、そう。もしレイスに僕とヤンが襲われて動きを封じられちゃうと、鏡も精霊術も使えなくなるかもしれないから。ケントが襲われたら、その隙にヤンさんが鏡でレイスに光を当てる。レイスが怯んでケントを離したら、僕が精霊術でたたみかける。どう?」
「うん、いいんじゃないか? レイスの今までの行動パターンから考えると、その通りの展開になるだろうな。」
よし、ケントに合格をもらえた。後は計画通りに皆が動けるかどうかだ。セシルは皆に同意を求める。
「じゃあ、その流れで行こう。ヤンさん、よろしくお願いします。」
「分かりました。鏡役、頑張ります。」
ヤンさんが大きく頷く。それからセシル達はケスラー村へ徒歩で向かうことにした。
ケスラー村へ行く途中、あの靴を拾った場所でセシルは立ち止まる。
「ヤンさん、ここで靴を拾いました。多分ここでイリーネさんは………命を落とされたんだと思います。」
「ここで……!」
ヤンはその場所の前で跪き、胸の前で両手を組み俯く。その表情には悲しみと憤りを滲ませている。
「ああ、イリーネ……。一人ぼっちで逝かせてしまってすまない……。俺は、今でも君を、心から、愛している。……そして、絶対に、君の仇を取る。」
ヤンは震える声で、一言一言を自らに刻み込むように、祈るように呟いた。そして、おもむろに立ち上がり、セシル達に話しかける。
「お待たせしました。さあ、行きましょう。あいつを、……レイスをこの世から消し去ってやる!」
ヤンは憎しみを湛えた鋭い目でケスラー村の方角を見つめる。
セシル達は大きく頷くと、再びケスラー村へ歩き始めた。
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