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第3章

42.消えたルーン

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 うーん、ここは……。

 セシルが目を開けると見慣れない天井が見える。洞窟じゃ……ない。

「お、目が覚めたか。」

「ケント……? あれ、わたし……。」

 なぜ自分が横になっているのかも、セシルはまだよく思い出せない。

「ここはジーゲルの宿屋。セシルは3日間眠ってた。鉱山で戦ったの、覚えてるか?」

「あ……。そう言えば……。」

 ケントの方を向くと、苦笑している顔が見える。セシルはふと思い出し、ケントに尋ねる。

「ケント、ルーンは見なかった……?」

「……ん、ああ。見てない。セシル、ルーンなんだが……。」

 なんだろう、ケントにしてはなんだか、奥歯にものが挟まったような話し方だ。

「ルーンに貰った紙切れに書いてあったことは出鱈目だった。セシルと俺を引き離すためだったんじゃないかと俺は考えている……。」

「え……。」

「あいつは今どこにもいない。もし今後あいつに会うことがあっても用心するんだ。俺はあいつは得体が知れないと思う。敵だと決まったわけじゃないが……。」

 ケントも確信がないのか、遠慮がちな物言いだ。

「うん、分かった。ごめん、僕不用心だったね。それと、助けてくれてありがとう……。ケントが来てくれなかったら、僕生きてなかったと思う。」

「気にすんな。ルーンのことは、あんな幼い子に裏があるなんて普通思わないさ。セシルは悪くない……が、」

 ケントは笑顔から一変して真剣な表情を浮かべる。

「これからはもっと用心しないといけないな。セシルだけじゃなくて、俺も。」

「うん……。」

 セシルは今でもルーンが嘘を言っていたなんて信じられない。
 ケントは気を取り直して笑顔でセシルに尋ねる。

「俺は今から武器屋に行こうかと思ってるんだが、お前はまだ回復したばかりだしここで留守番しとくか?」

「ううん、僕も行きたい。なんだか一人でいたくない。」

 セシルは一人でいるとうじうじとルーンのことを考えてしまいそうだったので、ケントと一緒に武器屋に行こうと決める。

「よし、それじゃあ行くか。」

 ケントがにかっと笑って言った。



 宿を出て10分くらい歩き、商店街に到着する。さすが鉱山の町だけあって、武器屋や防具屋の数が多い。ここの1本北の通りには鍛冶工房がたくさんあるらしい。

「お、ここに入ろうぜ。」

 ケントが一軒の武器屋に入る。セシルはそれについていく。店にはミスリル製だけじゃなく、鉄製品や銀製品なども置いてある。
 長剣が置いてある場所へ行き、ケントはその中の1本のショートソードを手に取り、柄を握ってそれを軽く振る。

「うん、手に馴染んで振りやすい。ミスリル製だしこれにしよう。」

 ケントはそう言って店の主人にお金を払う。うん、やっぱりミスリル製は高い。

「これは下取りしてもらうかなあ。」

 ケントはそう言って、これまで使っていた鉄製のショートソードを下取りしてもらう。

 店を出るとケントは新しい武器に嬉しさを隠せないといった表情で、にやにやしながら腰にさした鞘を撫でてかなりご機嫌だ。
 その後薬屋に行き、解毒薬や上ポーションを補充する。セシルも魔法が詠唱できないときのために回復薬を多めに買う。

 それにしても本当に苦しい戦いだった。セシルは精霊術も魔法も剣も使え、確かに戦闘能力の地盤は常人以上のものがあるだろう。だが、敵は異能を持つ殺し屋たちである。今回の戦いでセシルは、強敵を前にし己に圧倒的に足らないものは、戦闘経験と咄嗟の判断力、そして打たれ強さだと改めて自覚することとなった。

(精霊たちはとても強いけれど、彼らをうまく使いこなせなければ意味がない。まだまだわたしは未熟だ。いつもケントに守られてばかりだもの。)

 そしてやはり人の死が怖い。人に血を流させることが怖い。だがその一瞬のためらいが生死を分けることもあるだろう。そして、そういった己の精神面の弱さを克服しなければ、これから現れる強敵には勝てないだろう。
 セシルが一人悶々と葛藤していると、ケントがにっこり笑いながらセシルに話しかける。

「なーに悩んでんだ? ……甘いものでも食いに行くか?」

「うん!」

 セシルはケントとともに町の広場に面した場所にある甘味処のお店に入る。
 メニューを見ると、なんだか見慣れない名前がいっぱいある。ぜんざい、あんみつ、あいすくりーむ? どうしよう、全部食べてみたい。

「ケント、全部食べてみたい……。」

「ぶっ……! い、いいんじゃねえか? セシルはもうちょっと太ったほうがいいからな。」

 セシルは気になった甘味を片っ端から注文する。そしてテーブルいっぱいに並べられた甘いものの数々。
 セシルはそれらを目の前にして思わず目がきらきらとしてしまう。ケントはというと、頼んだのはコーヒーだけで、セシルの前に並べられたそれらをみて少しげんなりしているようだ。

「あれ? ケントは甘いもの食べないの?」

「俺は甘いものはあんまり得意じゃないんだ。俺のことは気にしなくていいから好きなだけ食べな。」

 甘いものが苦手なのに甘味処に連れてきてくれたのか。きっとケントはセシルを元気づけようとしてくれたのだろう。気を使わせちゃって悪かったな。
 セシルはアイスクリームを乗せたスプーンを口に運ぶ。

「うぅーーん、美味しいっ!!」

 すごく冷たくて甘くて美味しい。なんだか心の中に欝々としていたものがぱあっと晴れるようだ。すごい、甘味パワー!
 セシルはテーブルの上の甘味をペロッと食べてしまう。どれも美味しかったなあ。また食べに来たいな。

 夕方まで町をうろうろ散策し、セシルは久しぶりにケントとゆっくりとした時間を過ごす。たまにはこんな時間があってもいいよね。気がつくと宿でもやもやしていた心がだいぶ軽くなっている。

「セシル、晩飯食いにいきたいんだがいいか?」

「うん、いいよ! 僕お肉が食べたいな。」

「……お前、あんだけ甘いもの食べて普通に食欲があるのか。すげえな。」

 セシルの胃袋恐るべし、と最後にケントが呟いていたが、甘いものと肉は別腹なのである。
 それからケントと一緒に街の食堂に入り、二人でたらふく肉を食べる。そしてお腹がぱんぱんになるまで食べて、食堂を出て宿に戻る。

 宿に行く道の途中で、銀の髪がふっとセシルの視界に入る。

「……!!」

「おいっ、セシル!」

 セシルは無意識にいつの間にか駆け出していた。だが人混みをかき分けているうちに銀色の髪を見失ってしまう。気のせいだったの……?

「ルーン……?」

 しばらくしてケントが追いつき、セシルに問いかける。

「セシル、どうしたんだ?」

「いや、人混みの中にルーン居たような気がしたから……。」

「……気のせいだろ。」

 ケントはそう言うが、あの背格好や髪の色がセシルにはルーンとしか思えなかった。
 それから宿に戻り、セシルとケントは向かい合う。ケントが地図を取り出し、二人の間にそれを広げて話す。

「セシル、この町の西にゾエストって村があるが、朝日が昇る前に馬で出発すれば深夜にはヘルスフェルトの町に到着できる。だから村を経由せずにヘルスフェルトに直行しようかと思うんだがいいか?」

「うん、いいよ。じゃあ、今日は早く寝ないとね。」

「ああ、そうだな。いよいよだ。」

 セシルたちは風呂を済ませると、早めにベッドに入り明日に備える。明日はヘルスフェルトへ出発だ。ミアのことを考えながらセシルは眠りについた。



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