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第5章
63.歪んだ男
しおりを挟む「銀の髪と金の瞳……。見覚えがあるなぁ。昔私が敬愛してやまなかった方にそっくりだ。裏切られたがね……。」
エメリヒがニヤリと笑いながらそう話す。
この男はおばあちゃんを知っている。セシルはエメリヒの邪悪な眼差しに射竦められ、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
顎を掴む彼の手から逃れるように一瞬顔を逸らし、再び彼を見据える。
「お前はミーナ様の何なんだ? ただ似ているだけじゃないよなぁ?」
セシルがきっと睨むと彼の眼差しの中に敬愛の情以外の仄暗い感情が見える。憎悪? 情欲? よく分からないが友好的なものではない。この男はセシルじゃなく自分を通しておばあちゃんを見ている。
エメリヒが再び話し出す。
「聖女様が見知らぬ少女に会っているという報告があったものですから来てみれば、思わぬ収穫でしたね。まさかミーナ様の所縁の者が飛び込んでくるとは。彼女は私が連れていきますね。」
「エメリヒ、何をするつもりです! 彼女はまだ子供ですよ!」
エリーゼが懸命に抗議する。すると彼はふっと笑いながら答える。
「貴女が窮屈な思いをしているのは、この娘の所縁の者が原因ですよ。それでも庇うのですか?」
彼女は彼の言葉を聞いてもあまり驚かず毅然として答える。
「ええ、その髪と目の色を見て分かりました。先々代の聖女様の絵姿は拝見したことがありますから。ですがそれはその子には関係のないことですし、別にミーナ様を恨んでなどいません。」
「ほお、お優しいものですね。まあこの娘には私が用があるのですよ。邪魔しないで貰いたい。貴女もまだ生きていたいでしょう?」
「なんてことを……!」
そう言ってエメリヒは強くエリーゼを制し、彼女は悔しそうに唇を噛みしめる。ああ、ここで抵抗したら彼女に危害が加えられるかもしれない。
「……どこへいけばいいの?」
「ふふ、大人しく従えば悪い扱いはしないさ。ついてこい。」
セシルは両腕を手錠により背中側で拘束される。部屋から出るときにふとエリーゼへ振り返り、大丈夫だからという気持ちを込めて笑って頷く。それを受けて彼女がさらに心配そうな表情を浮かべて見送る。あまり安心はさせられなかったようだ。
エメリヒについて地下への階段を下りる。ひんやりと湿っぽい空気が下の方から漂ってくる。この神殿にこんな暗い場所があったなんて意外だ。地下牢でもあるのかな。
階段を下りきってしばらく石造りの通路を歩き、突き当りの大きな扉を開く。するとそこには広い空間が広がっており、奥には年季の入った古い祭壇が置かれていた。そして床には大きな魔法陣が描かれている。なんだか嫌な予感がする。
「ここは……?」
「ここは地下の大聖堂だ。さあ、ここへ立て。」
エメリヒが床に書かれている魔法陣の前にセシルを立たせる。セシルはその魔法陣が何なのか読み解こうとするが解読できない。見たこともない法則性を持っているようだ。
その禍々しい様に不安になりながらも毅然とした態度で彼に尋ねる。
「何をするつもりなの……?」
「ふん、ずっと私の傍に居られるようにお前の意志を奪わせてもらう。言っておくが従わなければエリーゼはすぐに殺す。呪をかけているから離れていても彼女の命は私の掌の中だ。」
「そんなもので彼女を縛っていたんだね。卑怯者!」
怖い。この男の目からは感情が読み取れない。
「聖女を管理するためには必要なのだよ。ミーナ様の例があるからな。そして彼女の代わりにお前にはずっと私の傍にいてもらおう。もう一度聞く。お前はミーナ様の何なんだ?」
どうせ身内だっていうのはばれている。今更嘘を吐いたところで状況は改善しないだろう。
「……ミーナはわたしのおばあちゃんだよ。」
「そうか。聖女の血筋か。ふん、まあいい。聖女はエリーゼがいる。ミーナ様は私を裏切っていなくなってしまった。だからお前はあの方の代わりだ。お前の体に意志を持たない敬虔な信者の死せる魂を憑依させよう。」
要は元信者の死霊を私に憑かせるってことだよね。そんなの嫌だ。
どうやらエメリヒはおばあちゃんに歪んだ感情を持っているようだ。おばあちゃんが手に入らなかったからセシルを代りにだなんて吐き気がしそうだ。
彼が両手を合わせて目の前で何やら詠唱を始める。いざとなったら魔法で全部彼ごと吹き飛ばしてやろうか。でもそれで意識を失わせることができずにエリーゼの命が奪われでもしたら……。どうしたらいいの。
床の魔法陣が光る。だが様子がおかしい。死霊にしてもここまで禍々しい強力な気配が漏れ出すなどあり得ない。この気は強すぎる。危険だ!
「エメリヒさん、すぐにやめたほうがいい!」
セシルは思わず声をあげて危険を訴えるが、エメリヒは彼女の言葉を無視し詠唱を続ける。すると魔法陣から紫がかった黒い靄が立ち上がり始めた。
「何っ!? なぜこんなことがっ!」
エメリヒが魔法陣の異常な様子に驚き狼狽えていると、セシルの隣に突然光の精霊ウィルが現れる。どうやら彼には見えていないようだ。
『セシルは私達が守ってるから何かが憑依することなんでできないのよぅ。』
「ウィル!」
『だから召喚されるのは死霊じゃないのよぅ。魔法陣が捻じ曲がって邪悪なものが召喚されるわよぅ。セシル、気をつけてねぇ。』
「邪悪な、もの……?」
禍々しい黒い靄は今も魔法陣からどんどん湧き出て、セシルに近づくことのできないその全てがエメリヒの体を覆う。
「うわ、なんだ!? 私に近づくな、やめろおぉ!!」
ついには黒い靄が全体を覆って彼の姿が見えなくなってしまう。
「うあアァァァァァッ……。」
靄の中からエメリヒの苦悶の呻きが聞こえる。さすがにこれはまずい。すぐに後ろの手錠をウィルに外してもらい彼の元へ駆け寄る。
『セシル、駄目! 近づいちゃ駄目なのよぅ!』
ウィルが慌てて制止する。
「でもこのままじゃっ!」
しばらく靄に包まれたあと、エメリヒの周りのそれが徐々に晴れていく。ようやく姿を現した彼はどうやら無事なようだ。だが彼は俯いて立ち尽くしたまま動かない。
「エメリヒ……さん?」
「……ンフフフ……ああ、やっとだ……。やっと出られた……。」
エメリヒの声じゃない……? 地の底から響いてくるような……。彼から感じられるこの気配は人間じゃない!
ウィルが困りきった顔で口を開く。
『セシル、こいつはこの神殿の地下深くに封印されていた悪魔なのよぅ。この男の召喚が失敗してその影響で封印が解けてしまったのよぅ。』
「なんですって……!」
「こんにちは、お嬢さん。」
目の前の昏い瞳で歪に笑うエメリヒではない何かがこちらを向いてセシルに話しかけた。
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