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第1章

4.オーディション

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 フローラは、ルーカスのアパートを出たあと、雑誌に掲載されていた劇団員募集をしている劇団の拠点へ向かう。そこはアパートから30分ほど歩いた先にある町はずれの大きなお屋敷だった。
 貴族のお屋敷なのかしら……。不安になりながらも恐る恐る入り口の扉を叩く。

「こんにちは、劇団員募集の広告を見てきました。」

 しばらくすると中から、金髪の長い髪を背中でくくった見目麗しい30才くらいの若い男性が出てきた。

「あら、いらっしゃい。俳優希望の方ね。どうぞ中に入って。」

「はい、失礼します。」

 初めて出会うそっち系の男性に少々驚いたが、顔に出さないように気をつけながら彼の後をついていった。
 エントランスを抜けてすぐの応接間に案内されてソファに座るよう促される。そして彼が向かいに座り話し始める。

「私の名前はユリアンよ。貴女の自己紹介をお願いしてもいいかしら。」

「はい。わたしの名前はフローラです。年齢は16才です。役者の経験はありませんが、小さい頃からお芝居を演じるのが夢でした。ぜひわたしを団員に加えてください!」

 そう言って立ち上がり彼に向かって深々とお辞儀をした。絶対断られるまいと必死である。
 ユリアンはそんなフローラを見ながら微笑んで言った。

「そう。それじゃオーディションをしましょう。奥にスタジオがあるからついてきてくれる?」

 そう言ってフローラを連れて部屋を出たあと、ユリアンはスタジオへ行く途中の別の部屋にいた人たちに声をかけた。

「ちょっとこの子のオーディションをするから何人かスタジオに来てちょうだい。」



 奥のスタジオはエントランスホールほどの大きさの、剥き出しの木床の天井の高い大きな部屋だった。
 そこにユリアンを含め4人ほどの男女が集まり、部屋の真ん中に立つように促された。

「今まで見た舞台で貴女の好きだった役を、何でもいいから演じてみてちょうだい。」

 そう言ってユリアンはフローラから少し距離を取り、彼女をじっと見守る。
 彼の要求を受け、あの小さい頃に見た舞台で自分が一番好きなセリフを、一言一句違わず、まるで舞台に立っているかのように演じ始める。ユリアンたちはそれをただじっと厳しい眼差しで見ていた。

 そうしてとうとう最後まで演じきったあと、ユリアンたちに向かって深くお辞儀をしてゆっくりと顔を上げ、「ありがとうございました。」とお礼を述べる。それから一拍おいてユリアンが口を開いた。

「……うん、ごめんなさいね。少しだけ様子を見て終わるつもりだったんだけど、面白くってついつい見入ってしまったの。結論から言うと……たいしたものね。今まで一人で勉強していたの? 本当に役者の経験はないの?」

「はい、ありません。でも小さなときに見たお芝居にすごく感動して、ずっと一人芝居で練習していました。このお芝居しか知らないのですけれど……。」

「そうなの……すごい情熱ね。一度見ただけであれだけの台詞を覚えているのも大したものだけど、感情の見せ方もすごく研究しているのが分かるわ。貴女さえよければいつでもうちの劇団に来てちょうだい。なんなら今日からでもいいわ。公演の期間中は大体お昼はここで練習して、夕方からは劇場でリハーサルの後公演をしているの。今公演しているのは『薔薇よりも美しい君を攫いたい』、略してバラキミね。」

「っ……! ありがとうございます! ぜひよろしくお願いします! ……あの、実は家の者は内緒にしているので劇団ではイザベラと呼んでいただいてもいいでしょうか。」

「ええ、いいわよ。この劇団で本名を名乗るものはほとんどいないのよ。訳ありの子たちが多いから。私はここの演出と俳優をやっているの。よろしくね。」

 ユリアンにお礼を言ったあとはそのままスタジオに残り、バラキミの舞台の練習に加わらせてもらった。
 夕方になり公演が始まる前に侯爵邸に戻ることにした。ユリアン邸を出たあとルーカスのアパートに向かって着替えを済ませ、そのあと馬車を拾って侯爵邸に戻った。

「ただいま戻りました。遅くなってごめんなさい。」

「おかえりなさいませ、フローラ様。あと30分ほどいたしましたら夕食のお声かけをさせていただきますので、それまではお部屋でごゆっくりなさってください。」

 オスカーが優しく微笑んで答えてくれた。そのあとフローラは部屋に戻り、ソファーに腰かけ今日の出来事を振り返る。

(今日は思っていたよりもいろんなことがうまくいって、なんだか怖いくらいだわ。ジークハルト様はまだ帰ってらっしゃらないみたい。きっとお仕事がお忙しいのね。あまりお会いする時間はないかもしれないけれど、お顔を拝見できるときにはなるべく良好な関係を築けるようにしよう。)

 そんなことを考えているうちに、夕食の声がかかったのでダイニングへ向かった。今夜も一人きりの夕食である。だが豪華な夕食を食べながら頭に浮かぶのは劇団のことだけであった。

(明日は公演も見せてもらおう。季節に一度、1か月だけ夜の公演をするという話だった。わたしが今の公演期間中に出演することはきっと無理よね。ああ、でもこれからのことがすごく楽しみだわ!)

 昔お芝居を見たときの感動を思い出して心が奮い立つ。
 フローラは食事を済ませて部屋へ戻り、またもや今日の感慨にふけりながら入浴を終えた。
 そして寝衣に着替えベッドに入ると、今日一日練習して覚えた台詞を暗唱しながらいつの間にか眠ってしまっていた。



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