42 / 52
第3章 婚約破棄
41.偵察してみタ
しおりを挟む「監視役の男が居るのはこの上だネ」
襲撃された王都の廃屋から、ハルは監視役の男をずっと尾行してきた。そしてやってきたのは王都のはずれにあるこの屋敷だ。
特に警備している者もなく侵入は容易だった。彼の匂いを追って辿り着いたのがこの屋敷の庭の奥だ。
「どこの部屋に居るのか、登ってみれば分かるカ」
外壁のとっかかりを伝って、男のいるであろう3階の部屋のバルコニーへと音を立てずによじ登る。このくらいの高さなど造作もない。
「よっ、よっ、よっト」
バルコニーによじ登って手摺りを越えたあと、扉の外から見えないようぎりぎりまで近づき中を覗く。監視役の男の察知能力も考えて可能な限り気配を消す。バルコニーの扉の中はどうやら執務室のようだ。
部屋の中に居るのは50才くらいの男だった。小太りで身なりのいい髭面の黒髪の男だ。ただの勘だが彼がこの屋敷の主人のように思う。
その傍にはさっき追ってきた痩せて目つきの鋭い監視役の男が立っている。監視役の男は30才台くらいだろう。
そしてその場にあの謎の令嬢ユリアが腕を組んで立っていた。実に昨日ぶりだ。
彼女が居るということは、やはりここがベーレンドルフ男爵家で間違いないようだ。
普通ならば会話の詳細は聞こえないだろうがハルの聴力は人間よりも遥かに高い。
男爵らしき男が話し始めたので聞き耳を立てる。
「で、どうだったんだ? 何者か分かったのか?」
小太りの男が監視役の男に事情を尋ねている。かなり苛々しているようだ。
すると監視役の男が無表情で淡々と答えた。
「彼女が貴族令嬢だというのはどうやら真赤な嘘のようです。並々ならぬ力でこちらの配下の者が全て倒され捕縛されました」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
それを聞いた小太りの男がカッと目を見開く。まるで信じられないと言ったようにわなわなと震える。
ユリアのほうも驚きを隠せないようで、組んでいた腕を降ろし拳を握りしめている。
「あの令嬢が男たちを倒した? 全員? 嘘でしょ……」
「それで、何者かは分からないのか?」
苛々したような顔で小太りの男が監視役の男を性急に問い詰める。
「申し訳ございません。分かるのは身なりだけです。珍しい青銀色の長い髪に金色の目。そして毛皮の服です」
「誰か分からなくてもそれだけ特徴があれば一目で分かるわね」
ユリアが顎に手を当てて考え込みながら呟く。
ハルってそんなに特徴があるのか。変装して出ればよかったか。でもどうせマメリルも居るし今さらごまかしようがないな。
「あとはかなり大きな狼と一緒でした。しかし輝きを纏ったあの狼は恐らく神性の強い魔物の類か何かでしょう」
「なんだと……? そんな獣と一緒とは……。その女も人外の者ならば返り討ちに合ったのも納得がいくな」
いや、ハルは人間だけど。あ、でもフェンリルの加護で影響を受けているから人外じゃないとも言い切れないのかな?
「その女が何者であれ、排除できないなら手の打ちようがないではないか!」
再び小太りの男が激昂して叫ぶ。そして頭を掻き毟りながら嘆き始める。
「ああ、どうしたらいいのだ……。あの方になんと言って許しを請えばいいのだ……」
「男爵様……」
男爵と呼ばれる男にユリアが憐れむような目を向ける。
(あの方って誰だろウ? 男爵も誰かの命令で動いていたってこト? それにしても男爵は怒ったり嘆いたり忙しいネ)
監視役の男は黙って様子を見守っている。
「レベッカ! そもそもお前がダニエルを篭絡するのに失敗したからだ! この役立たずめ!」
「ちょっと! 私のせい!? あの女が来なければ上手くいってたわよ!」
ユリアの名前は本当はレベッカっていうのか。
上手くいっていたというのは疑問だ。あの後のダニエルの様子を見ていたら、知っていてレベッカに近づいていたようにしか見えなかった。彼女が本性を見せたときも大して驚いていなかったし。彼は彼女の本性が分かっていたんじゃないかと思う。
「時間をかけ過ぎたのだ! そもそもお前が最初からあの馬鹿王子に標的を絞ってればもっと早く篭絡できていただろうが!」
「ふんっ! 落とせなかったときの保険よ! 貴族の妻なんて美味しいじゃない」
「お前という女は……。ああ……あの馬鹿王子を引きずり降ろさないと私は破滅だ……」
「付きあってられないわね。あんたが美味い話があるっていうから乗ってあげたのに、全然上手くいかないじゃないのよ!」
「よくも抜け抜けと……。娼館で拾ってやった恩を忘れたか!」
喧嘩を始めてくれたお陰で全体像が掴めてきた。
男爵は王太子から継承権を奪うために誰かの指示で動いた。王太子を篭絡すべく娼館でスカウトしたレベッカを娘ユリアと偽って差し向けた。ところがハルが現れたことで計画が失敗した。ハルを排除すれば再び計画を続行できると思って襲撃した。その結果返り討ちに合い、計画は再び頓挫した。
というところかな?
だけどあの方って誰だろう。一番肝心なところが分からない。ここで無理やり聞き出すべき?
だけど聞き出したところで証拠がない。この間のハバネロ教みたいに、黒幕に「男爵が勝手にやった」って言われたらそこでお終いだ。
それにもしここで暴れたら貴族を傷つけたとかでハルが断罪されるかもしれない。まあ別に断罪されても逃げればいいだけだけどね。
でも追われる身になったらクリスを追っかけることができなくなっちゃうもんね。それは困る。
証拠のこともあるし、一度クリスとオリバーに相談したほうがいいな。
ハルは気配を消したままゆっくりとバルコニーから降りる。そろそろマメリルに託した男たちの連行も終わっているだろう。
そう考えてクリスの元へ報告に向かうべく、ベーレンドルフ男爵家をあとにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
419
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる