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16、トラン動乱
第173話 光の翼
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満月が空高くトランの城を照らし、壁面の白い石が星を散りばめた宝石のように瞬く。
人々がすっかり寝静まり、この時間、起きて動いているのは見回りの兵ぐらいだ。
いや、今夜はいつもと様子が違い、沢山の白いローブの魔導師達が、気味が悪いほど疲れも知らずひっきりなしに城内を音もなく彷徨っている。
ろうそくの火が揺らめく3階の自室で、リューズがチラリと外を見て、何事もない様子にホッと息を吐いて長いすに腰をかけた。
頭を押さえ、ギュッと爪を立てる。
巫子ごときに、これほどビクビクしなければならない自分が口惜しい。
力を押さえられた今、戦っても敗れるかもしれない。
その不安感と、また別の不安感が彼の気持ちを大きく揺らがせていた。
先ほど一瞬意識が飛んだのか、記憶がない事にいらついて髪をかき上げる。
一体何が起きたのか、またヴァシュラムの仕業だろうか。
なぜあいつは、あのあと動こうとしないのか。
ずっと見られているようで不気味だ。
「リューズ様、お加減はいかがですか?
どうぞ、砂糖水でございます。」
メイスの人形が器に砂糖を溶かした水を入れ、盆に載せて差し出す。
水ではなく砂糖水に、リューズが怪訝な顔でその器を見る。
「砂糖水?そのような物いらぬ。」
「先ほど甘いお水をと仰いました。」
「覚えていない。なんだそれは?」
「さあ、ぼんやりとお告げになられましたので、夢でもご覧になっていたのかと。」
夢……?
私が夢などと、奇妙な事を。
砂糖水を受け取り、奇異な表情で見つめる。
「違う……違うよ……これじゃない……」
無意識に言葉が出て、思わず口を手でふさいだ。
なにか……、自分と違う何かがいる!
彼の震える手から、メイスがコップを受け取った。
自分の頭を抱えて、仮面を押さえる。
一体自分の身体がどうなっているのかわからず、リューズの顔が焦りににじむ。
この身体に何かが侵入する隙はあったろうか。
いや……いや、なかったと思う。
そもそもだ、
そもそも私は……私は、一体何なのか。
精霊なのかと思っていたが、違うのか?
悪霊なのか?
それとも……それとも…………
マリナ、お前は私のなんなのだ?!
誰か、誰か教えてくれ!
苦しいほどに、自分が何なのかわからない。
ああ……自分には、何もない。
頼れるものは、あの声だけ。
自分は、こんなところになぜ来たのだろう。
「リューズ様、どうしたの?」
メイスの人形が、顔をのぞき込んでくる。
ほうっと息を吐き、心を落ち着けようと深呼吸する。
「大丈夫だ、なにも心配はいらぬ。」
その何物にもとらわれない無垢な表情には、少し救われる気がして、頬を撫でると抱きしめた。
ピチョン……
時折、水のしたたる音が石牢の中を響き渡る。
ここは、リューズが来るまでは、あまり使うこともなかった、昔の地下牢だ。
リューズが来てからは、政治犯に頻繁に使われるようになってしまった。
庭の一角に穴を掘って壁や床に石が敷き詰められ、出入り口は小さな2階建ての塔がある。
昔はここで、たいそう残酷なことがなされてきたと、その不気味さに誰も近寄らない所だった。
夜もしんしんとふけり、塔の窓から寒風が牢まで流れ込み、ウトウトしていた牢番がブルリと震えて頭を上げた。
小さな窓から外を見ると、すでに夜中というのに白い魔導師が幽鬼のように右に左にと、これほど城にいたのかと驚く数がユラユラ揺らめいている。
気味の悪い奴らだ。
あいつらが来る前の、平和な城に戻ればいいのに……
考えると気持ちがふさぐ。
首を振って、階段を降り、あぐらを組んで瞑想にふけるセレスの牢の前に、牢番が赴く。
彼は長く牢番をしているが、いつもはジメジメと陰湿な牢の中をこれほど清々しく感じた事はない。
暗闇にセレスの姿が輝いて見える。
やはり、この方は自分たちとは全然違う、地の神にお仕えする方なのだと恐れ多く感じて、膝をついて手を合わせ頭を下げた。
「セレス様、お寒うございませんでしょうか?」
瞑想を邪魔しそうな気がして、控えめにささやきかけた。
セレスがゆっくり目を開き、美しい顔をなぜか嬉しそうにほころばせた。
「気遣いありがとう、世話になったね。」
なぜか過去形で言う彼に、牢番の男が赤い顔で首をかしげる。
「あの……?なにか?」
「娘はいくつになる?」
「え?えと、今年12でございます。」
「そうか、胸の病は難儀であった。
少々遠いが、地の神殿に静養に連れて行くがよい。あれは治る病だ、希望を持って旅をさせよ。
汝らに地の祝福あれ。」
「えっ?えっ?どうしてうちの娘の事が?」
「良い、案じるな、この城への杞憂も明日には晴れよう。
そなたは全力で止めたが、巫子は勝手に出て行ったとでも言うがよい。
心静かに良い夜であった、さらばだ。」
一体何を言っているのかわからず、呆然とする牢番に微笑み、セレスが立ち上がって腕輪のある手を天井に伸ばす。
次の瞬間カッと閃光が走り、円く天井が消えて星空が見えた。
「参る」
牢番が、言葉もなく目を疑う。
両手を大きく広げたセレスは光り輝き、その背に大きな光の翼が広がる。
その翼は壁をも突き抜け、大きく羽ばたいて鱗粉のように光をまき散らし、セレスの身体を軽々と空へ羽ばたかせた。
人々がすっかり寝静まり、この時間、起きて動いているのは見回りの兵ぐらいだ。
いや、今夜はいつもと様子が違い、沢山の白いローブの魔導師達が、気味が悪いほど疲れも知らずひっきりなしに城内を音もなく彷徨っている。
ろうそくの火が揺らめく3階の自室で、リューズがチラリと外を見て、何事もない様子にホッと息を吐いて長いすに腰をかけた。
頭を押さえ、ギュッと爪を立てる。
巫子ごときに、これほどビクビクしなければならない自分が口惜しい。
力を押さえられた今、戦っても敗れるかもしれない。
その不安感と、また別の不安感が彼の気持ちを大きく揺らがせていた。
先ほど一瞬意識が飛んだのか、記憶がない事にいらついて髪をかき上げる。
一体何が起きたのか、またヴァシュラムの仕業だろうか。
なぜあいつは、あのあと動こうとしないのか。
ずっと見られているようで不気味だ。
「リューズ様、お加減はいかがですか?
どうぞ、砂糖水でございます。」
メイスの人形が器に砂糖を溶かした水を入れ、盆に載せて差し出す。
水ではなく砂糖水に、リューズが怪訝な顔でその器を見る。
「砂糖水?そのような物いらぬ。」
「先ほど甘いお水をと仰いました。」
「覚えていない。なんだそれは?」
「さあ、ぼんやりとお告げになられましたので、夢でもご覧になっていたのかと。」
夢……?
私が夢などと、奇妙な事を。
砂糖水を受け取り、奇異な表情で見つめる。
「違う……違うよ……これじゃない……」
無意識に言葉が出て、思わず口を手でふさいだ。
なにか……、自分と違う何かがいる!
彼の震える手から、メイスがコップを受け取った。
自分の頭を抱えて、仮面を押さえる。
一体自分の身体がどうなっているのかわからず、リューズの顔が焦りににじむ。
この身体に何かが侵入する隙はあったろうか。
いや……いや、なかったと思う。
そもそもだ、
そもそも私は……私は、一体何なのか。
精霊なのかと思っていたが、違うのか?
悪霊なのか?
それとも……それとも…………
マリナ、お前は私のなんなのだ?!
誰か、誰か教えてくれ!
苦しいほどに、自分が何なのかわからない。
ああ……自分には、何もない。
頼れるものは、あの声だけ。
自分は、こんなところになぜ来たのだろう。
「リューズ様、どうしたの?」
メイスの人形が、顔をのぞき込んでくる。
ほうっと息を吐き、心を落ち着けようと深呼吸する。
「大丈夫だ、なにも心配はいらぬ。」
その何物にもとらわれない無垢な表情には、少し救われる気がして、頬を撫でると抱きしめた。
ピチョン……
時折、水のしたたる音が石牢の中を響き渡る。
ここは、リューズが来るまでは、あまり使うこともなかった、昔の地下牢だ。
リューズが来てからは、政治犯に頻繁に使われるようになってしまった。
庭の一角に穴を掘って壁や床に石が敷き詰められ、出入り口は小さな2階建ての塔がある。
昔はここで、たいそう残酷なことがなされてきたと、その不気味さに誰も近寄らない所だった。
夜もしんしんとふけり、塔の窓から寒風が牢まで流れ込み、ウトウトしていた牢番がブルリと震えて頭を上げた。
小さな窓から外を見ると、すでに夜中というのに白い魔導師が幽鬼のように右に左にと、これほど城にいたのかと驚く数がユラユラ揺らめいている。
気味の悪い奴らだ。
あいつらが来る前の、平和な城に戻ればいいのに……
考えると気持ちがふさぐ。
首を振って、階段を降り、あぐらを組んで瞑想にふけるセレスの牢の前に、牢番が赴く。
彼は長く牢番をしているが、いつもはジメジメと陰湿な牢の中をこれほど清々しく感じた事はない。
暗闇にセレスの姿が輝いて見える。
やはり、この方は自分たちとは全然違う、地の神にお仕えする方なのだと恐れ多く感じて、膝をついて手を合わせ頭を下げた。
「セレス様、お寒うございませんでしょうか?」
瞑想を邪魔しそうな気がして、控えめにささやきかけた。
セレスがゆっくり目を開き、美しい顔をなぜか嬉しそうにほころばせた。
「気遣いありがとう、世話になったね。」
なぜか過去形で言う彼に、牢番の男が赤い顔で首をかしげる。
「あの……?なにか?」
「娘はいくつになる?」
「え?えと、今年12でございます。」
「そうか、胸の病は難儀であった。
少々遠いが、地の神殿に静養に連れて行くがよい。あれは治る病だ、希望を持って旅をさせよ。
汝らに地の祝福あれ。」
「えっ?えっ?どうしてうちの娘の事が?」
「良い、案じるな、この城への杞憂も明日には晴れよう。
そなたは全力で止めたが、巫子は勝手に出て行ったとでも言うがよい。
心静かに良い夜であった、さらばだ。」
一体何を言っているのかわからず、呆然とする牢番に微笑み、セレスが立ち上がって腕輪のある手を天井に伸ばす。
次の瞬間カッと閃光が走り、円く天井が消えて星空が見えた。
「参る」
牢番が、言葉もなく目を疑う。
両手を大きく広げたセレスは光り輝き、その背に大きな光の翼が広がる。
その翼は壁をも突き抜け、大きく羽ばたいて鱗粉のように光をまき散らし、セレスの身体を軽々と空へ羽ばたかせた。
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