赤い髪のリリス 戦いの風

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16、トラン動乱

第179話 愛される苦痛

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不愉快そうなセレスに、ルビーが微笑む。
セレスがこう腹立たしそうにしているのを見る機会は少ない。
それだけに、それを素直にぶつけてくれる事は自分を信用してくれている事であり、それがなぜか嬉しく感じてしまう。

「余計なことを……!?……なぜ笑う。」

セレスが腹立たしく振り向くと、その微笑むルビーの顔に怪訝な顔で面食らった。

「あ、いえ、申し訳ありません。」

慌てて頭を下げる彼に、脱力してため息をつく。
何百年生きても、ヴァシュラムと言い合ったあとはいつもこうだ。
つい感情的になってしまう自分は、ちっとも成長しない。

「もう、よい。
ヴァシュラムの気まぐれに振り回されるのはいつもの事よ。
あの気持ちの悪さにも慣れたはずだがな。
だが今回は、あまりの勝手にさすがに腹が立った。
さて……あいつはどこに行ったのか……」

「逃げられたのでございますか?」

「本体にだ。あの身体は神殿に返すと言っていたから、今ごろ神殿は大騒ぎだろうさ。
アデルが上手くやってくれるだろう。
あの身体は魔導師ベルニカの一番弟子だ。
弟子がトランに使いに行ったきり、行方不明だと彼女が気に病んでいるのを思いだした。
私は会ったことはなかったが、あの身体の残留思念にはベルニカの顔が写っていた。
残念ながらすでに死んでいたが、身体なりとも残っていれば手厚く葬ることも出来よう。」

「あれが死体と?なんと気味の悪い。」

「火はこの世とあの世の橋渡し、あれは昔、聖なる火と呼ばれていた。
だから死体さえも操れたのだ。だが、その行為は自身が考えたものでは無いだろう。」

「では……では聖なる火がこのようなことを?アトラーナを攻撃したのは聖なる火が原因だったのでございますか?」

「そうだとも言えるし、違うとも言える。
あれ自体に感情は薄い。
精霊が、精霊自体に力はあっても魔導師がいなければ術として成立しないことと同じよ。
火に飲まれ、結果的にその力を与えてしまった物があるのだ。
私はそれを救いに来たのだが、ヴァシュラムに邪魔をされてしまった。」

セレスはまたため息をついて空を仰ぐ。
目を閉じ、大きく息を継ぐ彼にルビーはひっそりと声を落とし問うしかなかった。

「あなた様は……一体何をお救いになりたいのです。」

セレスがゆっくりと目を開き、そしてルビーを真っ直ぐに見つめる。

その恐いほどに決意を秘めた瞳に、ルビーは問うた事を後悔しながら息を飲んだ。


「ヴァシュラムと、私の子だ。」


一陣の風が吹き、セレスの金の髪が舞い上がる。
凍り付いたように身じろぎ一つしないで答えを受け止めたルビーは、彼の「救う」という意味が一つしかない事を悟っていた。
彼はこの数百年を、自分の子供を殺すために、それだけのために若返りを繰り返し生きてきたのだ。
巫子として、生きる事の希望を説きながら、生きる事の苦痛に血を吐く思いで。

立ち尽くすルビーに、セレスが自嘲するようにクスッと笑う。
まぶしい朝日を浴びて、朝焼けに燃える空を見上げフッと一呼吸した。

「男同士に子が生まれるわけがないと思うだろう?でもあいつは地の王、万物の父であり母なのさ。
ヴァシュラムは酷い方だよ。本当に、あの方に愛されるのは苦痛だった。
私は巫子じゃない。でもあの方が巫子だと言えば巫子になる。
人間が決めた決め事を逆手にとって、盗賊の奴隷だった私を奪って巫子にしたんだ。

子供は私を引き留めるために、気を引くために、ただそれだけのために気まぐれに生み出した。
でも、私はあの子に妹の名を付けて、ただただ幸せを願って愛したよ。
大切に育て、育んだ。それが唯一つの、私の生きる糧だった。

本当に、心から愛されているのかと、一時は思ったよ。
大切にされているのかと。

違う、違うんだ。違ったんだ。
私など、どうでもいいんだ、あの方は。
死という物を知らないあの方の、私は玩具でしかない。ただ、見てると飽きない玩具を失うのが惜しいだけ。

精霊は気まぐれだ、人間がどうなろうと知った事ではないのさ。
あの子を殺すまで生きる事を決意した私に、あの方はたいそう喜んだよ。
子供の事とか、人間の事とか、考えているようでまったく考えてない。どうでもいいんだ。

だからこそ、私は親として、あの子を生み出してしまった者として、罪もない人々を殺したあの子を殺さねば。
それだけが、あの子にできる、親としての勤め。今の私がたった一つ、あの子にしてあげられる事。
そして、その時は私もやっとラクになれる。
あの方から解放される………」

吐き出すように、一息に秘めていた胸の内をルビーに語った。
2人の間にある気持ちのズレが、ルビーにどうにか出来る物ではない所まで来ている。
それは、苦しむ彼を放置して、少しも側にいて寄り添う事のないヴァシュラムにも責はあるだろう。

「ですが、ヴァシュラム様は……セレス様?!」

セレスの身体が、ふらりとかしいだ。
ルビーが慌てて駆け寄り彼の身体を受け止める。
ぶらりと下がるセレスの指先から、光が溢れるようにしたたり地面に消えた。
彼の身体が不安定に薄く光り、それが洗い出されるように流れていく。
初めて見る事態に、ルビーはまるで冷水を浴びたようにサッと血が下がる思いで彼の身体を揺り動かした。

「セレス様!セレス様!」

うつろな顔で、セレスの口が「ヴァシュラム」とつぶやいたように見えた。
ハッと手を握るルビーが、泣きそうな顔で唇を噛む。

「ヴァシュラム様は、決してあなたをないがしろになさっておりません。
あなたは、あの方にとって唯一無二の真の地の巫子なのです。だから……」

こう言う時の対処はヴァシュラムから聞いている。
セレスのために自分は存在する。
でも、彼に本当に必要なのは、自分ではなくヴァシュラムなのだ。
ルビーは彼の身体を抱き上げ、グルクに積んでいた毛布でくるみグルクの鞍に固定すると、青く澄み渡る大空へとグルクを羽ばたかせた。
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