赤い髪のリリス 戦いの風

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18、キアナルーサの変化

第198話 キアナルーサの変貌

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朝から空に暗雲立ちこめ、ぬるいいやな風が吹く。
ざわざわと庭の木々がざわめき、回廊を通る女たちが時々小さな悲鳴を上げる。
やがて回廊に敷き詰めた床石にポツポツ降り始めた雨が小さなシミを作り、それが次第に本降りとなってざんざん雨を打ち付けた。

その日、キアナルーサは雨で剣の練習が休みとなり、母に呼ばれて茶を共にすることにした。
最近は両親共に体調も良くなり、食事も共にすることも増えたが、この所会話も乏しくどこか顔を合わせてもぎこちない。
その原因がリリスの事だとわかっていても、お互い口に出すのは気が引けて目をそらしてしまう。
母とどんな話をしたら良いかと、暗い空を見上げてため息を吐く。

まあ、どうせお説教半分なんだろうけど。

行く先の廊下から怒鳴り声が聞こえて、チラリと向く。
貴族の男がなにか、兵に小言を言っている。
粗そうでもしたのだろう、この天気だ、小さな事でも気に触ったのかもしれない。

「その方ら、王子の前ぞ。無礼であろう、頭を下げよ。」

ゼブラの後に付いていた小姓が注意すると、ようやくこちらに気がついて舌打ちながら頭を下げる。
あれは書記貴族の1人だったか、サラカーン叔父からこの数日起こったことを書くな書き直せのとうるさく言われてうっぷんがたまっているのだろう。

廊下の角を曲がって姿が見えなくなると、また後ろで怒鳴り声が聞こえはじめた。
まったく嫌な気分だ。
城中がギクシャクして見える。
リリスはいったいどうなったのか、死んでてくれればいいのに、落ち着き払ったザレルを見ると、決して死んではいないと態度で知らしめているように見える。

腹立たしい、僕の存在を皆がないがしろにしている。
そうだ、あいつさえあの時、皆の前で死ねば何事も無かった。
すべては元の通り、僕が、僕だけが次の王で揺るがなかったのに!
こいつが!
ゼブラにちゃんと殺せと言うたのに、こいつがしくじるから!

キアナルーサが唇を噛み、踏み出す足をドンと力一杯踏みおろし立ち止まった。

「王子、いかがなさいました?」

驚いて、ゼブラが横から頭を下げ顔を伺う。
キアナルーサはギリギリと歯を噛み締め、見たことも無い血走った目でゼブラを睨み付けた。

「貴様のせいだ。お前が、……お前がちゃんとしないから!」

うなり声を上げる王子に、回りの者が驚いてヒソヒソ耳打ちする。
ゼブラは焦り気味に左右に視線を動かし、その場に膝をついた。

「王子、どうか御静まりを。
その話しは後ほどまた、このゼブラは御前から消えますゆえ。」

失敗した報告に散々なじられ、蹴られた屈辱的な光景が思い出される。
だが、それを飲み込みゼブラはひたすら頭を下げた。

ふうううぅぅぅ………

大きく息をついて呼吸を整え、王子の顔から怒りが消える。
そしてまた何事も無いように顔を上げてまた歩き始めた。

「よい、お前がいないと母上がご心配なさる。」

ホッとして、ゼブラが周囲の者達の表情をチラリと見回す。
一様に眉をひそめ、怪訝な表情が見て取れる。

わかっている。

自分が、一番それを感じている。
火の神に力を取り上げられる前は、冷静に状況を見ることが出来ず、一旦はそれを喜んで受け入れてしまった。
だが、今ならおかしいと、王子の異常さが判断できる。
火の神フレアゴートの言った言葉が、自分の判断力を目覚めさせた。


『迷う者は心迷える者を生み出す。
お前の王子を見よ。
道を違える前に、お前にはやるべき事があるはずだ』


道を違える……

何か、いやな予感がする。


キアナルーサは最近感情の起伏が激しく、時折別人のように荒々しいことをするかと思えば、以前のような気弱さを見せる。
何か魔物にでも憑かれたか、病気かもしれない。

誰かに相談すべきかと思うが、それで弱みを見せると付け入られる。
城の裏側は常に権力争いだ。
恐らくリリスは生きている。
王位継承の日まで、油断は禁物だ。
人選は慎重に。
信用できるのは誰か……
父が兄に、   家督を、譲る前に父に相談すべきか。

以前、噂に乗り、リリスを傀儡として持ち上げようと計った貴族はすべて粛清した。
だが、あれも父だから出来たことだ。
兄が家を継げば、もう頼ることは出来ない。頼りたくない。


ゼブラの脳裏に、ふとミリテアの明るい微笑みが浮かぶ。
ため息をついて、彼女の伸ばした手に思わず手を伸ばそうとして自分の手をじっと見た。

未練だな………

力なく笑ってギュッと手を握る。


突然キアナルーサが立ち止まり、廊下に生けてある花を掴み、花瓶から抜き取って廊下に投げ捨てた。
乱暴にそれを踏みつけると、侍女たちから小さな悲鳴が上がる。

「花など邪魔だ、片づけろ。」

「は、はいっ。」

近くの兵が驚き、慌てて侍女たちに早く片付けよと囁く。
今まで感じたことの無い、ピリリとした緊張感。
これは……これでいいような気もする。

だが、何か違う。
王から感じる物と、決定的に何か違う。
王というのは、人望が無くてもいけない。
命をかけてお守りしたいと思わせるような、その寛容さも必要だ。

そうだ……ただそこにいるだけで存在感を感じるような、思わず手を胸に頭を下げ、膝をつく、才知に富み、威信に満ちた佇まい。

あの……

赤い髪の……


王の前でのリリスの凛とした姿を見たゼブラは、あの場で心底愕然とした。
レナントからの騎士も、決してガルシアの命だけで動いているのでは無いと悟った。
それだけ、あの場にいただけで心動かされたのだ。
そして改めてフレアゴートの言葉を聞いて、大きくうなずくしか無かった。
あの噂は真実だったのだ。
彼こそ、本当の世継ぎなのだと。

敵意にも似た、命さえ落としかねないあの状況で、堂々とした揺るがぬ姿。
あれこそ、あの姿こそ、本当の、私の仕えるべき王子だったのだと……

いや!いや駄目だ、それは言ってはならぬ。
私の王子はキアナルーサ王子なのだ。
彼こそが玉座につかねばならぬ。ついてもらわねば困る。

だが、皆、恐らく真実を知ってしまった。
そして王子のこの変わりよう。
ああ、障害ばかりが多くなる気がしてならない。

ゼブラはキアナルーサの背を見つめながら、考えを巡らせていた。
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