201 / 303
18、キアナルーサの変化
第199話 王妃のため息
しおりを挟む
カップを置いて、まだ日が高い時刻だというのに薄暗い空を窓越しに見上げる。
雨は勢いが収まった物の、風が強くて時折どこからか笛を吹くような音が響き、それが不気味で耳障りに感じた。
茶を楽しむような日ではないというのに、王妃は静かにカップを傾け、最初は最近の気候から、やがていつもと変わらぬ様子で勉強は?仕事は?と、まるであの夜の話題を避けるように、うんざりする話しを息子に投げかける。
人払いしたとき、もしや隠し事を話してくれるのではと期待したが、結局いつもの説教でガッカリした。
自分が何を思い悩んでいるかなど、この母親はわかっているのだろうか。
キアナルーサは生返事を返しながら、あまりにも落ちついたその姿に苛立ちを覚えた。
あの夜……あんな姿を見せながら、母は僕に何も話してくれない……
リリスがさらわれた夜、騒ぎに駆けつけたキアナルーサは、リリスを心配して取り乱した母を見た。
叔父に叱咤されながら泣き叫ぶ姿は恐ろしささえ感じるほどショックで、しかもそのあとフレアゴートの声を聞いた兵たちの、自分に向けた視線はどれも疑惑を含み、プライドを打ち砕いてひどく自分を傷つけた。
自分は蚊帳の外だ。
王位継承者とは名ばかりで、まるで期待されていないことを肌で感じる。
「……馬鹿にして、この僕を……」
小さくつぶやいた声に、母が怪訝な顔で話しを止めた。
「なにか?私の話を聞いているの?
お前にはもっと歴史の本を読むように勧めて欲しいと、教育係から頼まれているのよ。
歴史のことを知るのは大切です。
かつての王たちがどのような判断をし、それでどのような結果を得たか、アトラーナの今はすべてそれまでの歴史を踏んできての……」
「わかってますよ!だから今、ゼブラに適当な本を選ばせているのです。
先日司書のロナ爺がよこしたのは難しくて……もう少しわかりやすいものをと。」
あからさまに、母が大きなため息をついて首を振った。
「お前は…本当に小さい頃から本が苦手でしたものね。
まあいいでしょう、剣の方は筋がいいようだし……」
「ええ、先日は指南役のレビンを打ち負かしたのです。
次に負けたら剣を一本取り上げると言ったら、ひどく困っていました。」
自慢げに言う息子に、王妃がまたため息をつく。
どうしてそれがわざと負けたのだとわからないのか。
この年になって、わざわざそれを伝えるのも馬鹿馬鹿しい。
だが、言わねばわかるまい。
「レビンは騎士団長補佐役の騎士、お前に負けるような腕の持ち主ではない。
お前がケガをせぬように、下の者達が気を使っているのはわかってお上げなさい。間違っても騎士の命である剣を取り上げたりせぬように。」
「わ、わかってますよ、そのくらい。
僕だって下々にも色々と、ちゃんと配慮しているんです。
それに、本当に僕は強いんですよ。ゼブラだって、僕に勝ったことは無いんです。
母上はご覧になったことがないから。」
王妃がため息をついて茶を一口飲む。
配慮が出来ないから心配なのよと、心でつぶやいた。
「わかりました、では今度見に行きましょう。
でも、勉学もおろそかにならぬようになさい。
レスラカーンは本の虫だと聞くけれど、あなたと足して割ったらちょうど良いのに。
あの子はいずれ、あなたの補佐になるでしょうけど、頼るばかりでは王の威厳は保てませんよ。」
「は!僕がレスラに頼るだって?
母上、あいつは目が見えないんですよ?周りも見えないあいつにどう頼るって言うんです?
だいたい手を引かれなきゃろくに動けないあいつに、宰相なんて出来るわけ無いじゃないですか。
僕としてはいい迷惑ですよ。
あいつは、 ……自分の城に引きこもって子でも成していればいい。
女相手に本が何の役に立つと言うんだ、あいつの勉学など意味が無い、無駄なんですよ。」
王子の口から聞いたことが無いような下品な話に、王妃が思わずハンカチで口元を覆った。
「なんて下品な!酷いことを。キアナルーサ、こちらを向きなさい。
なんと言うこと、 ……お前はこれまでレスラカーンの何を見てきたのです。
あの子はあなたの何倍も努力を……」
バンッ!
キアナルーサが舌打ち、腹立たしそうにテーブルを叩いて立ち上がった。
「もう!もう結構!ああ……もう、うんざりだ!
私は戻ります、あなたの小言を聞いてるヒマはない!」
王妃が驚き、席を離れようとする息子の顔を見る。
優しく穏やかだった顔はゆがみ、苦々しさと苛立ちに満ちている。
この子が人を、いつも庇うことしかしなかった従兄弟を、これほど悪く言う事があったろうか。
まして自分の前で、これほど激しい感情を見せたことが無い。
いつからこれほど変わったのか、引っ込み思案で大人しく、いつも自信なさげだった息子の、これまで見たことも無い反応にひどく驚いた。
自分自身もリリスの事で感情が穏やかでは無かっただけに、最近とみに苛立ちを見せる王子とゆっくり話しをする機会が無かったことに、ひどく後悔を覚えた。
雨は勢いが収まった物の、風が強くて時折どこからか笛を吹くような音が響き、それが不気味で耳障りに感じた。
茶を楽しむような日ではないというのに、王妃は静かにカップを傾け、最初は最近の気候から、やがていつもと変わらぬ様子で勉強は?仕事は?と、まるであの夜の話題を避けるように、うんざりする話しを息子に投げかける。
人払いしたとき、もしや隠し事を話してくれるのではと期待したが、結局いつもの説教でガッカリした。
自分が何を思い悩んでいるかなど、この母親はわかっているのだろうか。
キアナルーサは生返事を返しながら、あまりにも落ちついたその姿に苛立ちを覚えた。
あの夜……あんな姿を見せながら、母は僕に何も話してくれない……
リリスがさらわれた夜、騒ぎに駆けつけたキアナルーサは、リリスを心配して取り乱した母を見た。
叔父に叱咤されながら泣き叫ぶ姿は恐ろしささえ感じるほどショックで、しかもそのあとフレアゴートの声を聞いた兵たちの、自分に向けた視線はどれも疑惑を含み、プライドを打ち砕いてひどく自分を傷つけた。
自分は蚊帳の外だ。
王位継承者とは名ばかりで、まるで期待されていないことを肌で感じる。
「……馬鹿にして、この僕を……」
小さくつぶやいた声に、母が怪訝な顔で話しを止めた。
「なにか?私の話を聞いているの?
お前にはもっと歴史の本を読むように勧めて欲しいと、教育係から頼まれているのよ。
歴史のことを知るのは大切です。
かつての王たちがどのような判断をし、それでどのような結果を得たか、アトラーナの今はすべてそれまでの歴史を踏んできての……」
「わかってますよ!だから今、ゼブラに適当な本を選ばせているのです。
先日司書のロナ爺がよこしたのは難しくて……もう少しわかりやすいものをと。」
あからさまに、母が大きなため息をついて首を振った。
「お前は…本当に小さい頃から本が苦手でしたものね。
まあいいでしょう、剣の方は筋がいいようだし……」
「ええ、先日は指南役のレビンを打ち負かしたのです。
次に負けたら剣を一本取り上げると言ったら、ひどく困っていました。」
自慢げに言う息子に、王妃がまたため息をつく。
どうしてそれがわざと負けたのだとわからないのか。
この年になって、わざわざそれを伝えるのも馬鹿馬鹿しい。
だが、言わねばわかるまい。
「レビンは騎士団長補佐役の騎士、お前に負けるような腕の持ち主ではない。
お前がケガをせぬように、下の者達が気を使っているのはわかってお上げなさい。間違っても騎士の命である剣を取り上げたりせぬように。」
「わ、わかってますよ、そのくらい。
僕だって下々にも色々と、ちゃんと配慮しているんです。
それに、本当に僕は強いんですよ。ゼブラだって、僕に勝ったことは無いんです。
母上はご覧になったことがないから。」
王妃がため息をついて茶を一口飲む。
配慮が出来ないから心配なのよと、心でつぶやいた。
「わかりました、では今度見に行きましょう。
でも、勉学もおろそかにならぬようになさい。
レスラカーンは本の虫だと聞くけれど、あなたと足して割ったらちょうど良いのに。
あの子はいずれ、あなたの補佐になるでしょうけど、頼るばかりでは王の威厳は保てませんよ。」
「は!僕がレスラに頼るだって?
母上、あいつは目が見えないんですよ?周りも見えないあいつにどう頼るって言うんです?
だいたい手を引かれなきゃろくに動けないあいつに、宰相なんて出来るわけ無いじゃないですか。
僕としてはいい迷惑ですよ。
あいつは、 ……自分の城に引きこもって子でも成していればいい。
女相手に本が何の役に立つと言うんだ、あいつの勉学など意味が無い、無駄なんですよ。」
王子の口から聞いたことが無いような下品な話に、王妃が思わずハンカチで口元を覆った。
「なんて下品な!酷いことを。キアナルーサ、こちらを向きなさい。
なんと言うこと、 ……お前はこれまでレスラカーンの何を見てきたのです。
あの子はあなたの何倍も努力を……」
バンッ!
キアナルーサが舌打ち、腹立たしそうにテーブルを叩いて立ち上がった。
「もう!もう結構!ああ……もう、うんざりだ!
私は戻ります、あなたの小言を聞いてるヒマはない!」
王妃が驚き、席を離れようとする息子の顔を見る。
優しく穏やかだった顔はゆがみ、苦々しさと苛立ちに満ちている。
この子が人を、いつも庇うことしかしなかった従兄弟を、これほど悪く言う事があったろうか。
まして自分の前で、これほど激しい感情を見せたことが無い。
いつからこれほど変わったのか、引っ込み思案で大人しく、いつも自信なさげだった息子の、これまで見たことも無い反応にひどく驚いた。
自分自身もリリスの事で感情が穏やかでは無かっただけに、最近とみに苛立ちを見せる王子とゆっくり話しをする機会が無かったことに、ひどく後悔を覚えた。
0
あなたにおすすめの小説
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜
影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。
けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。
そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。
ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。
※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。
〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。
江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。
幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。
しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。
それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。
母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。
そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。
そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。
【完結】16わたしも愛人を作ります。
華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、
惨めで生きているのが疲れたマリカ。
第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、
買われた彼を解放しろと言うのなら返品します【完】
綾崎オトイ
恋愛
彼を解放してあげてください!お金で縛り付けるなんて最低です!
そう、いきなり目の前の少女に叫ばれたルーナ。
婚約者がこの婚約に不満を感じているのは知っていた。
ルーナにはお金はあるが、婚約者への愛は無い。
その名前だけで黄金と同価値と言われるほどのルーナの家との繋がりを切ってでも愛を選びたいと言うのなら、別に構わなかった。
彼をお金で買ったというのは、まあ事実と言えるだろう。だからルーナは買ってあげた婚約者を返品することにした。
※勢いだけでざまぁが書きたかっただけの話
ざまぁ要素薄め、恋愛要素も薄め
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる