赤い髪のリリス 戦いの風

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19、ヴァシュラムとガラリア

第206話 地龍サラシャ

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セレス……ガラリアが目を閉じ、全身の力を抜いて水底へと沈んで行く。
目を閉じても、まぶしいほどの緑の輝きが身体を包んでいる。
断たれた手はすでに再生を始め、大きく息を吸うと緑の水が肺を満たし心地良いほどに力が身体中に満たされた。
地の力にゆるゆると包まれ、ゆっくり身体が癒やされてゆく。

あの……剣……

封印を解かれ、王子が手にした剣が目に浮かんだ。
渾身の力で、抜けないよう改めて封印を施した、あの古い剣。

マリナを……災厄のきっかけとなった、青の火の巫子マリナ・ルーを殺したあの剣。
あれには、闇落ちしたひどく歪んだ精霊の魂が宿っている。
打ち物師が名を上げようと、魔導師を殺し精霊の宿る石を柄の飾りにしたのだとリリサが話していた。
無垢な剣は怨念に満ちた精霊の石に汚され、巫子を殺し血を受けたことで大きな力を宿している。
ランドレール王子に献上したあと何故か打ち物師は狂って自害したが、王子は気に入って手放そうとはしなかった。
自分はそう話を聞いている。
でも彼女は、あの時ひどく言葉を選んで、誰かを庇っているようだと印象を受けた。

王子は剣を得たあと、密かに狩りに出ると言っては何人もの旅人をあの剣で殺して、憂さ晴らししていると伝え聞いた。
何度も妃から王子への進言を頼まれ、私はリリサに力になって欲しいと伝えた。
だが、リリサはあの剣が悪いのだと、何度もあの剣を渡して欲しいと王子に進言していたのに、聞いて貰えないと暗い顔で首を振った。

人の血を吸い、闇落ちした精霊の魂はすでに魔物に変わり、剣は黒い力を変わらず蓄えている。
まして、最後にはあのマリナの血を受けたのだ。
巫子の血は、使いようで大きな力になる。
あいつはそれを知っている。
あの剣を渡してはいけない。
あれを開放すると、キアナルーサの心は消えてランドレールを完全によみがえらせる事になるだろう。
マリナの血は聖なる火を呼び寄せ、記憶の曖昧な火の中のあの子がまた利用される。

ああ……
ああ……
私の大切なリュシエール……

私は、行かなくては。
あの子を止めなければ。

今度こそ、今度こそ……

ガラリアの身体が水面へと向かう。
それを止めようと、水が身体にまとわりつきガラリアが悲しげにそれを見た。

「聖なる泉よ、私をここから出さぬと言うなら、私はこの腕輪をはずして消えてしまおう。」

緑色の水が、戸惑いにズシンと大きく揺れて波打った。
圧力が弱まり、ガラリアを捕らえる力が解放される。
だが彼が水面へと向かおうとすると、まるで鉛のように重くなって再び行く手を遮った。


この水は、ヴァシュラムの一部だ。
大地の力を蓄え、それを循環し、命を芽生えさせる大きな力を持っている。
ここにはヴァシュラムが人の姿で見せる皮肉も嘘も無く、ただ静かに穏やかにここにあり、ガラリアに力を与え身体の一部のように包み込む母のように優しい。
人の姿のヴァシュラムも、この水のように優しくあればいいのにと身をゆだねながら時々思う。

昔は優しかった。
優しく慈しむように抱きしめてくれると、どれだけ心が救われたろう。

もう、今では……懐かしささえ覚える……

目を閉じ、そして意を決して遙か上に広がる水面を見上げる。
一部であっても本体だけにこの水は、ヴァシュラムの感情をストレートに表す。
ガラリアを離そうとしないのはいつもの事だが、ここまでしつこいのはそれだけ彼の身体の状態が思わしくないことがわかるからだろう。
先ほどあの剣を封印したことで、身体の状態は振り出しに戻ってしまった。

だが、事は急ぐのだ。
また見失わないうちにあの子を消し去らなくては……
私の身体は、もうすでに限界だ。
このぬるい水ではもう、すぐに再生できない所まで来ている。
私は消えても構わない、でも、このままではあの子が心残りで死にきれない。

もう少し、あと少しでラクになれる。
それまでこの身体が持てば、どうか……ああ、誰か私の願いを……。

ガラリアは引き留める水に、大きく首を振り水面へと声を上げた。

「地龍サラシャよ、お出でませ!」

水面が波打ち、無数の泡をまとって銀色に光る蛇が降りてくる。
いや、蛇では無い。
それは上半身が長い黒髪の裸の女、下半身が光り輝く銀のウロコをした蛇のような姿の地龍。
村で長老と呼ばれている女だった。

「御方様!お気が付かれたのですね。
この私めをお呼びであらせられますか?」

ガラリアの前に来ると、うやうやしく頭を下げる。
ガラリアは彼女に手を伸ばし、その手を握りしめた。

「ここを出る。出たいのだ。手をお貸し願いたい。」

「しかし……ここを出てはお身体が持ちませぬ。」

「事は急ぐ、ここでは時間がかかりすぎる。
どうか、るつぼに連れて行っておくれ。
どうにもならない時、るつぼに行けば道が開けるとヴァシュラムが言ったのだ。
それはこの身体を捨てることかもしれないが、私はどうしても、今もう一時だけ時間が欲しい。」

サラシャが驚いた顔で目を見開く。
だが、ガラリアの決意が固いことは、彼の気持ちを汲めばよくわかる。
ずっと探していた我が子とようやく巡り会えたのだ。
これを逃せば、またいつになるかわからない。
だが、気まぐれな地の王が、きちんと彼の気持ちに答えてくれるのだろうか?
こうして身体の調子を崩す原因は、いつもヴァシュラムの気まぐれな仕打ち一つだ。
それでも、地の王に頼るしか彼に道はなかった。

「承知致しました。では、失礼つかまつりまする。」

サラシャは彼の身体に髪を巻き付け優しく抱き留め、止めようとする水のプレッシャーさえ物ともせず上へ上へと向かった。
だが泉を出ても、やはり彼の身体は不安定で、先ほど断ち切られた腕輪の無い方の手は、再生中途であっさり崩れ落ちた。
サラシャは、彼を抱いたまま神域である泉の水源の方へと向かう。

「シイラ、紗を上げておくれ。」
「はい」

降ろされた紗を、控えていた白装束の少女シイラが上へと上げる。
サラシャが岩の間にするりと入って行くと、シイラが心配そうに声をかけた。

「長老様、御方様は大丈夫でございましょうか……」

「心配いらぬ、後は頼むぞ。
そこの関は元に戻しておいておくれ。長にも報告を。」

「はい、どうぞご無事のお帰りを、私はここでお祈りしております。」

サラシャがうなずき、その姿が岩陰に消えた。
神域の中は、ゴツゴツとした岩が重なり、人がようやく一人通れるほどの隙間をちょろちょろと強く緑に輝く水が流れている。
この水は、神気が強すぎて人には有害な物だ。
地龍であるサラシャは、本来地脈を司りここを守る龍であった。
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