赤い髪のリリス 戦いの風

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26、水の国の悪霊憑き

第296話 泡の精霊

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それは、水の中にあって水の中では無い世界。
空気のような空間は揺らめき、地面は砂で、マリモのような苔の生き物が灯りのようにあちらこちらで密集して辺りを明るく照らしている。
空を見ると青く青く澄んだ向こうに紺色の暗い青が続いて、水底は空に広がっているような、そんな気さえしてくる。

風が吹くと空気がかたまりで動き、リリスの足がふわりと浮いて、イネスが笑ってしっかり繋いだ手を引いた。
草木は普通にあるのに、手で枝をつかもうとすると、その木はまるで水に映った絵のようにつかめない。
精霊たちは、そんな木の上に乗って、こちらを見てはヒソヒソ話をしていた。

水の精霊はそれはそれは小さな精霊もいれば、山のように大きな精霊も遙か彼方に横たわって見える。
家というような建物は無く、巨大な草が海藻のように所々に密集し、そこは草を編んだ入り口があって家になっているように見える。
小さな精霊は、岩の隙間を家にしているようで、シャラナが踏まないようにと杖で指して注意を促した。
歩く先々で、精霊たちが岩や植物の間からひょっこり顔を出して、わらわらと集まってくる。

小高い苔の丘をぐるりと回り、シャラナについて歩いていると大小様々な丸い気泡のような頭をした精霊たちが朗らかな顔で彼女に色々な実を差し出す。
シャラナは無視して進み、途中半身が魚のようなひらひらしたヒレを豪華にまとった精霊と出会うと、人にはわからない言葉で案内を頼んだ。

突然、リリスがくいっと手を引かれて振り向く。
小さなまん丸い目をしたまん丸頭の精霊の子供が、ワカメのような髪を頭に乗せてにっこり微笑むと、彼の手にそれは美味しそうなブドウのような緑の果物を一房手渡し、パッと離れて行った。

「駄目だよ、リリ。」

イネスが、彼の手からそれを取り上げて近くの精霊に放る。
受け取った精霊は、美味しそうに食べ始めた。

「彼らは僕らを石にしようとしてる、面白がってるんだよ。
うっかり口に入れたら面倒なことになるからね。」

「嫌われているのですか?」

「いや、ただ、面白がってるのさ。石になる人間をね。
水の精霊は、それこそ生まれで性格ががらりと違う。
気をつけなければいけないのは彼ら、泡から生まれた者達さ。
簡単に消えてしまう彼らには、長命なくせに命に固執する人間がもっとも嫌いで滑稽なのだろうね。」

まん丸頭の気泡の精霊たちは、またヒソヒソ話して木に成った果物を手にする。
リリスがため息をつき、立ち止まって後ろを歩くゴウカに手を伸ばした。
ゴウカは何ごとかと、胸に手を当て彼に頭を下げる。

「ゴウカ様、申し訳ないのですが手をつないで下さい。
また何か頂いてしまいそうで、なんだか怖いのです。」

「承知致しました。」

ゴウカが一礼して、そっとリリスの手を握る。
柔らかく握ると、ギュッと握リ返した手が離すまいとしているようで、思わずハッとする。
そっとリリスの横顔を見ていると、突然不安そうな顔でリリスが振り返った。

気丈になさっているが、ご不安なのだろうか……

「ご心配は無用です、私は石になどなりません。何しろ元々灰ですので。」

前垂れを上げて微笑むと、リリスがホッとして少し顔がゆるむ。

「じゃあ、流されちゃったら大変ですね。
僕は、どうやってあなたを集めればいいんだろう… 」

不安そうな声に、ゴウカが慌てて首を振る。

「ご心配には及びませぬ。
海に流されようと、この世の果てに飛ばされようと、私は必ずあなた様の元に戻りましょう。お約束致します。」

ゴウカが頭を下げると、パッと朗らかに微笑み返す。
それはいつもの柔らかな微笑みに戻っていた。

「ああ! 良かった! ゴウカ様、どうかずっと私のそばにいて下さいね。」

そう言うと、イネスが隣でクスクス笑う。

「ほんと、リリはドキッとくることサラッと言うよなあ! あはは! 」

「え?! だって! 私は、ほんっとにそう思ったから…… !
もう! 私に他意はございませんよ? 」

真っ赤な顔して、リリスがぷうっとむくれる。
それでも、ぎゅうっと握った手は離さないように、しっかり何度も確認する。
本当は精霊に物を貰うことよりも、ゴウカが知らないうちに石になってしまったらどうしようと、何処か不安があったからだとは言えない。
それがゴウカを傷つけてしまわないか、リリスの心遣いでもある。

しかしその時、思いがけない言葉にゴウカは思わず息を呑み、前垂れを下げ口元を押さえていた。
大きく心を揺さぶられて、頭の中にグレンが、心話で何かあったのかと投げかけてくる。
ゴウカはこの時間がひどく尊い物に思えて、うっとりと感嘆の息を漏らした。

”グレン、私はこれほど幸せで良いのでしょうか? ”

思わずそう答えると、グレンがああ… と漏らして、一言呟き心話を閉じてしまった。

”……ああ、やはり私が行けば良かった。”
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