赤い髪のリリス 戦いの風

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10、隣国からの使者

80、理(ことわり)の魔曲

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広間に入り、各自が場所についた。
広間にはベスレムから送られたのだろう大きな敷物があり、上座に領主の座とその背後の壁には王家の紋章のタペストリーがある。
室内には、明かり取りの窓から柔らかに日の光が差し込み、シンと部屋が静まりかえった。
どこか緊張感のある空気に、無駄な話をする者もなくガルシアが周りを見回す。

両側にはガーラントとミランが控え、その横には巫子が控えている。
斜め後ろには、幼少の頃から側近をしている貴族のクリスが、目が合うとうなずいた。
左端にはリリスがフィーネを抱えて冷たい床に座り、両側にずらりと騎士や貴族が控えている。

息を潜めるような、その時間。
ガルシアは心を治めるように目を閉じた。

「楽士よ、私の前でフィーネを奏でよ。
この固い雰囲気では肩が凝る。」

「え?あ、は…はい。」

ポロン……

その場で、慌ててフィーネをつま弾く。
するとガルシアが、大げさに敷物の上を指さした。

「そんな端っこで弾いても、ちっとも面白う無い。真っ正面で弾くがいい。
ベスレムの敷物は風合いも良く、最高だぞ。」

「はい」

リリスが立ち上がり、そっと敷物に座して一息深呼吸をする。
そして、ふと見回し何を弾くべきかと考えた。

あるのは部屋を満たす先行きの不安。
戦いへの覚悟。
そして、友人を殺された者の、憎しみの気配。

入り口に目をやり、腰の剣を握りしめる騎士もいる。
険しい顔で、唇をかみしめる者もいる。

だが……ならばこの中を、使者はどんな気持ちで訪れるのか。
魔導師がしていることを知るならば、死をも覚悟してくるのだろう。
元より使者というものはそう言うものだ。
誰も戦いなど望んでいない、そう信じている。

心に平静を。
そして国の平和を。

願いを込めて、セフィーリアに習った古曲に決めフィーネを奏で始めた。
その複雑な曲は一つの魔力も秘めている。
それは、弾き終わった後も続く、その空間に満ちる余韻。

人々が、澄んだ美しい音楽にじっと耳を傾ける。
こんな時にと文句の一つも言いたかったケルトも、渋々だった顔から険しさが消えて穏やかになった。
初めて聞くような……いや、遠い昔に聞いたような、どこか懐かしささえ覚えるその曲は……

「なんという曲だ?初めて聞くな。」

ガルシアが尋ねると、リリスが弾きながら顔を上げた。

「母から…セフィーリア様から習った古曲でございます。
題名はなく、ただ人のことわりを歌った曲だと。
心に理あれば、いたずらに物の道理を曲げることなく争いは起きますまい。
これは私の、そして王子の願いでございます。」

流れるような指の運びが、風のように音を奏で、清々しく胸のつかえを清めて行く。
なるほど巫子が薦めるだけある技術を持っている。
ガルシアが感心の吐息をはいて身を乗り出した。

「魔導師らしい話だな。
理を持って対応すれば、道は開けるか。
たとえ友人を殺されても?」

「……悲しみに、憎しみを返せば、また憎しみが来て悲しみがわき出るでしょう。
それを引き起こすのも人であれば、止められるのも人。
人の道は人が決めるもの。
私は、たとえ我が身が悲しみにあふれても、止める道を選びたいのです。」

「フフ……甘い奴よ。だが、それこそ人の命を預かる者の判断であろうな。」

子供の言うことに、憎しみを抱えていた者が剣から手を離す。
リリスの諭すような言葉は、音楽と共に心に染み入った。

これこそガルシアの狙いだったのだろう。
リリスの性格を、見透かしてこその問いだったのだと感じた。
ガーラントが傍らのガルシアをチラリと見る。

敵わぬお方よ……

ガルシアも彼を見て、ニヤリと笑う。
そして彼に声を潜めた。

「王の資質……と言う物があるならば……。
キアナルーサなら何と言ったかな?」

ガーラントが、不意を突かれて眉をひそめた。

「比べるのもおかしな話でありましょう。
王子も同じようにお答えになるはずです。」

「フフ……、俺は時々思うのだよ。
その時代、その人間が生まれ出でることには意味があるとね。
それを曲げようとするから流れが乱れる。」

「良く……わかりかねます。」

ガーラントが目をそらし、フィーネを奏でるリリスに目を写す。

あなたは、やはり世継ぎだったのか?
ならば……あるべき場所に戻るべきだと……

まさか…………あれは、ただの噂で…………でも………………

ふと、考えてはならない言葉が浮かび、軽く首を振った。




「さあ、どう出るガルシアよ。」

隣国の一行が城の敷地に入る様子を、リューズはトラン城の魔導師の間でメイスと杖の水晶を介して見ていた。

「リューズ様、レナントにはリリスがおります。」

「ふふ……」

どこか楽しみな様子で、リューズがくすりと笑う。
かたわらのメイスが、怪訝な顔で眉をひそめた。
水晶の向こうでは、案内され丁重に迎えられる様子が見て取れる。

「やはり、レナント公ガルシアは賢いと見える。
あれだけ下僕を使って襲わせたと言うに、部下を押さえるに長けておるわ。
なかなか手強いと見える。
くくく……こうでなくては面白うない。」

リューズの放った下僕が、レナントの城内を兵の後を追って飛ぶ。

バシンッ!

「うわっ」

「リューズ様!」

下僕がはじけ飛び、水晶から衝撃を術者に向けて放ってきた。
リューズが思わぬことに、仮面を押さえてうずくまる。
そして苦しげにうめき声を上げた

「ぐあああ、あ、あ」

メイスが首をかきむしる主のその指先を見ると、首から胸にかけて百合の入れ墨が輝き彼の体を縛っている。

「リューズ様!これはいったい?」

「うう、はあはあ……おのれヴァシュラム、この身の自由を奪うつもりか!
セレスの術返しにヴァシュラムの呪いが反応した。
くそ!憎き地の精霊、百合の戦士!」

メイスが初めて見る主の険しい顔に、ふと彼の弱みを見た気がする。
しかしリューズは立ち上がり水晶が何も映さないことを見ると、鬼気迫る顔でメイスを指さした。

「我が願い、わかっているなメイス!」

「は、はい。」

メイスが息をのむ。
そして膝を付き、恭しく頭を下げた。

「あなたの願いは私の願い。
アトラーナに戦いの風を。」

リューズは彼を見下ろしながら、不気味に微笑みうなずいた。




「くくっ」

イネスの横で、セレスが小さく笑う。

兄様?

怪訝な顔で、イネスが彼をチラリと見た。
リリスのフィーネの音に、軽く足でリズムを取っていたセレスが、おかしくてたまらない様子で口を押さえる。

「なんでもないよ、イネス。
使者殿が見えたようだ。」

「まさか、結界に罠を?」

「ちょっとね、ふざけた魔導師に挨拶しただけさ。」

セレスの作る結界は、普通の魔導師には歯が立たない強さがある。
しかも、彼はそれにトラップを仕掛けるのが得意なのだ。
彼が言う「倍返しのハリセントラップ」とは異世界の言葉らしく、誰も意味がわからない。

イネスがひょいと肩を上げると、ドアを開け兵が入ってきた。
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