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千代田くんという男
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千代田くんという男。苗字が千代田なので千代田くんと呼ばれている。下の名前は知らない。
飄々としてるくせにスラっと背が高くて男前なので女によくモテる。男にもモテる。
気の良い男で何でも請け合うから人気者だ。近所の子供らの面倒もよくみている。
ただ付き合った女連中からはいつも睨まれている。いつも違う女といるもんだから大勢から恨みを買っているらしい。それだけが千代田くんの短所である。
それでも千代田くんはやっぱり人気者である。
「足立区生まれの千代田くん。北区在住、千代田くん」
というのが彼が酔うと言うお決まりの冗談でみんなはこれが大好きである。私もこれが好きであった。
ある時、千代田くんが女を一人連れてきた。色白な痩せた女で器量はまずまず良い方だった。それがケメ子である。ケメ子はなぜか終始不貞腐れていて、彼女が何かを言おうとするとすぐ千代田くんが「まあまあまあ」と言って制してしまうのだった。
三人で飲み屋で一杯やっているとケメ子が便所に立った。ケメ子がいない間に千代田くんが小声で私に話しかけてきた。
「なあ、どうだいアイツ。なかなかだろ?」
「そうだね。なに?あの子と結婚するの?」
「馬鹿言うんじゃねえよ。誰があんなのと」
なかなかだろ、と言った後にあんなのというので私は千代田くんが何が言いたいのかさっぱり分からなくなっていた。
「つまりさ、お前、どうかなと思ってアイツ」
「ええ?だってあの子、千代田くんのガールフレンドだろ?」
「いやいや、そんなんじゃねえからさ。それにホラ、ケメ子だってお前のことまんざらでもないって」
「いつ言ってたのそんなこと」
「さっき」
千代田くんは全くもって嘘なんかついていないという顔で私にそう言うのだ。だから、というわけでもないが私はケメ子と付き合うことになった。
私のアパートで二人で暮らすようになってからケメ子はいつも千代田くんの悪口を言っていた。
「あの男は女だけじゃなくて金にもだらしない。私以外にも大勢から借金してる」
「そうなんだ」
「昔の女から借金した金で新しい女を口説いてるんだよ。最低な男さ」
「そうか」
「アンタさ、なんであんな奴と友達なわけ?」
「うーん、千代田くんが好きだから?ケメちゃんは千代田くんのこと好きじゃないの?」
そう訊ねるとケメ子はいつだって同じことを言う。
「大っ嫌い!アイツもあの絶対言う冗談も大嫌いよ!」
私はそう言っている時のケメ子の顔が好きだ。
だから私はケメ子と結婚することにした。
私たちはごく慎ましい式を挙げた。数人の友人と親戚だけ。
千代田くんは満面の笑みで祝福してくれたが、渡された祝儀袋には金が入っていなかった。私はそれをケメ子には黙っていた。
そして後、千代田くんは突然に結婚した。彼の奥さんは太って目の細いよく笑う女だった。
千代田くんの結婚式は近所の居酒屋を貸し切って執り行われた。
乾杯の挨拶で千代田くんがいつもの冗談を言うと客は全員大笑いした。あれほど千代田くんが嫌いだと言っていたケメ子も私の隣で歯茎を抜き出しにして笑っていた。しかし彼の太った奥さんだけは何故か全く笑っていなかった。
私はどうしても気になって、千代田くんが離席した時に彼女に話しかけた。
「奥さんは千代田くんのあの冗談、嫌いですか?」
「え?ああアレ。いえそんなことないです」
奥さんが細い目を丸くして言った。
「でもさっき、まるで笑ってなかったじゃないですか」
そう言うと奥さんはビヤタンを一気に飲み干してはっきりこう言った。
「だってあの冗談。つまらないですよ」
「つまらないですか?」
「ええ、とっても」
そこで千代田くんが戻ってきたので話はそれきりになった。
帰り道、私はべろべろに酔ったケメ子をおぶって家路についていた。背中の重みを身体で感じながら、私はケメ子と結婚して良かったなと思った。
そしてやっぱり私は千代田くんが好きだった。
終
飄々としてるくせにスラっと背が高くて男前なので女によくモテる。男にもモテる。
気の良い男で何でも請け合うから人気者だ。近所の子供らの面倒もよくみている。
ただ付き合った女連中からはいつも睨まれている。いつも違う女といるもんだから大勢から恨みを買っているらしい。それだけが千代田くんの短所である。
それでも千代田くんはやっぱり人気者である。
「足立区生まれの千代田くん。北区在住、千代田くん」
というのが彼が酔うと言うお決まりの冗談でみんなはこれが大好きである。私もこれが好きであった。
ある時、千代田くんが女を一人連れてきた。色白な痩せた女で器量はまずまず良い方だった。それがケメ子である。ケメ子はなぜか終始不貞腐れていて、彼女が何かを言おうとするとすぐ千代田くんが「まあまあまあ」と言って制してしまうのだった。
三人で飲み屋で一杯やっているとケメ子が便所に立った。ケメ子がいない間に千代田くんが小声で私に話しかけてきた。
「なあ、どうだいアイツ。なかなかだろ?」
「そうだね。なに?あの子と結婚するの?」
「馬鹿言うんじゃねえよ。誰があんなのと」
なかなかだろ、と言った後にあんなのというので私は千代田くんが何が言いたいのかさっぱり分からなくなっていた。
「つまりさ、お前、どうかなと思ってアイツ」
「ええ?だってあの子、千代田くんのガールフレンドだろ?」
「いやいや、そんなんじゃねえからさ。それにホラ、ケメ子だってお前のことまんざらでもないって」
「いつ言ってたのそんなこと」
「さっき」
千代田くんは全くもって嘘なんかついていないという顔で私にそう言うのだ。だから、というわけでもないが私はケメ子と付き合うことになった。
私のアパートで二人で暮らすようになってからケメ子はいつも千代田くんの悪口を言っていた。
「あの男は女だけじゃなくて金にもだらしない。私以外にも大勢から借金してる」
「そうなんだ」
「昔の女から借金した金で新しい女を口説いてるんだよ。最低な男さ」
「そうか」
「アンタさ、なんであんな奴と友達なわけ?」
「うーん、千代田くんが好きだから?ケメちゃんは千代田くんのこと好きじゃないの?」
そう訊ねるとケメ子はいつだって同じことを言う。
「大っ嫌い!アイツもあの絶対言う冗談も大嫌いよ!」
私はそう言っている時のケメ子の顔が好きだ。
だから私はケメ子と結婚することにした。
私たちはごく慎ましい式を挙げた。数人の友人と親戚だけ。
千代田くんは満面の笑みで祝福してくれたが、渡された祝儀袋には金が入っていなかった。私はそれをケメ子には黙っていた。
そして後、千代田くんは突然に結婚した。彼の奥さんは太って目の細いよく笑う女だった。
千代田くんの結婚式は近所の居酒屋を貸し切って執り行われた。
乾杯の挨拶で千代田くんがいつもの冗談を言うと客は全員大笑いした。あれほど千代田くんが嫌いだと言っていたケメ子も私の隣で歯茎を抜き出しにして笑っていた。しかし彼の太った奥さんだけは何故か全く笑っていなかった。
私はどうしても気になって、千代田くんが離席した時に彼女に話しかけた。
「奥さんは千代田くんのあの冗談、嫌いですか?」
「え?ああアレ。いえそんなことないです」
奥さんが細い目を丸くして言った。
「でもさっき、まるで笑ってなかったじゃないですか」
そう言うと奥さんはビヤタンを一気に飲み干してはっきりこう言った。
「だってあの冗談。つまらないですよ」
「つまらないですか?」
「ええ、とっても」
そこで千代田くんが戻ってきたので話はそれきりになった。
帰り道、私はべろべろに酔ったケメ子をおぶって家路についていた。背中の重みを身体で感じながら、私はケメ子と結婚して良かったなと思った。
そしてやっぱり私は千代田くんが好きだった。
終
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