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独善という名の生き物
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カネダ氏は他人に優しい。道で困っている人がいたらすぐ助けに行くし電車やバスで老人にすぐ席を譲る。
「何故そんなに人助けばかりするんです?」
と訊ねると
「やあ、何故ってアナタ。そりゃあ私がしたいからですよ」
などと言うのである。
私はいつもカネダ氏のこの言葉やその時の表情に言い知れぬ違和感を感じていた。理由は定かではなかった。しかしなぜか彼の人助け精神にいつも些細な違和感を感じては誰にも言い出せずにいた。
私は、きっとまだ自分が未熟で若いからそういうことができるカネダ氏に嫉妬しているんだろうと無理矢理に納得した。
それから数年が経った。
ある時カネダ氏が飲みの席で喧嘩になっていると呼びに来た人があった。相手は私もよく知ってる共通の友人である。
私が急いで現場へ赴くと、果たしてカネダ氏は血まみれになって煙草をふかしていた。殴った相手はもう帰った後であった。
「何があったんです?」
「いやなに、酒の場でのちょっとした行き違いですよ」
とカネダ氏は笑うのだ。いい歳をして友人を殴るなんてとんでもない奴だ、と私は相手に対し怒りをあらわにしたがカネダ氏は「いいからいいから」と宥めるばかりであった。
その後、一年に一度くらいそういうことがあった。
どうしてあの大人しいカネダ氏が喧嘩になるような事があるのか。私は不思議でならなかった。
その理由と私が兼ねてより抱いていた違和感が正体がなんの前触れもなく判明したのはもう私が中年に差し掛かった頃だった。
ある日、私は馴染みの飲み屋で知り合いの女性の悩み相談にのっていた。そこに偶然カネダ氏が通りかかり、なり行き上その三人で飲む事になった。
女性は個人的な相談ゆえあまりいい顔をしなかったがカネダ氏がどうしても飲みたそうで、なんのかんのと理由をつけてなかなかその場を動かず、半ば押し切られる様な形でそうなってしまった。
初めは黙って女性の話に頷いていたカネダ氏だったが、そのうちにちょくちょく口を挟み出した。「でもそれって…」「まあ相手の気持ちも分かるなあ」「それはちょっと違うな」などと、とかく相手の神経を逆撫でするのである。
今日初めて会ったばかりの目の前にいる相手を頭ごなしに否定し、話の中に出てくる会ったこともない彼女の上司やらの肩をもつ。
そんなことをするものだから彼女は怒ってしまい、カネダに焼酎を思い切り浴びせて帰ってしまった。
「ははは。あれくらいのオンナはヒスでいけない。もしかして今日アレかな?」
カネダ氏はずぶ濡れになりながらデリカシーに欠けることを言って笑っているので私も流石に腹が立った。
「どうしてあんなことを言ったんです?彼女に対して失礼じゃないですか」
するとカネダは、まったく分からないという顔をするのである。
「どうして?いや、だってあの子、言ってることが子供過ぎるでしょ。社会人なんだから、世間一般ではもっと厳しいところもありますよ」
「だからって、初対面でいきなりあんな否定しなくても」
「否定じゃなくて人助けですよ。間違った考え方をしてたから正しく導いてあげようとしたんです」
カネダの顔は真面目だった。皮肉でも冗談でもない。まったく心底からの本音だったのだ。
「何故そんなことをするんですか」
私は意を決して聞いてみた。カネダは張り付いた様な以前と同じ生暖かい表情で言った。
「やあ、何故ってアナタ。そりゃあ私がしたいからですよ」
その日私は、独善という名の生き物を見た。
終
「何故そんなに人助けばかりするんです?」
と訊ねると
「やあ、何故ってアナタ。そりゃあ私がしたいからですよ」
などと言うのである。
私はいつもカネダ氏のこの言葉やその時の表情に言い知れぬ違和感を感じていた。理由は定かではなかった。しかしなぜか彼の人助け精神にいつも些細な違和感を感じては誰にも言い出せずにいた。
私は、きっとまだ自分が未熟で若いからそういうことができるカネダ氏に嫉妬しているんだろうと無理矢理に納得した。
それから数年が経った。
ある時カネダ氏が飲みの席で喧嘩になっていると呼びに来た人があった。相手は私もよく知ってる共通の友人である。
私が急いで現場へ赴くと、果たしてカネダ氏は血まみれになって煙草をふかしていた。殴った相手はもう帰った後であった。
「何があったんです?」
「いやなに、酒の場でのちょっとした行き違いですよ」
とカネダ氏は笑うのだ。いい歳をして友人を殴るなんてとんでもない奴だ、と私は相手に対し怒りをあらわにしたがカネダ氏は「いいからいいから」と宥めるばかりであった。
その後、一年に一度くらいそういうことがあった。
どうしてあの大人しいカネダ氏が喧嘩になるような事があるのか。私は不思議でならなかった。
その理由と私が兼ねてより抱いていた違和感が正体がなんの前触れもなく判明したのはもう私が中年に差し掛かった頃だった。
ある日、私は馴染みの飲み屋で知り合いの女性の悩み相談にのっていた。そこに偶然カネダ氏が通りかかり、なり行き上その三人で飲む事になった。
女性は個人的な相談ゆえあまりいい顔をしなかったがカネダ氏がどうしても飲みたそうで、なんのかんのと理由をつけてなかなかその場を動かず、半ば押し切られる様な形でそうなってしまった。
初めは黙って女性の話に頷いていたカネダ氏だったが、そのうちにちょくちょく口を挟み出した。「でもそれって…」「まあ相手の気持ちも分かるなあ」「それはちょっと違うな」などと、とかく相手の神経を逆撫でするのである。
今日初めて会ったばかりの目の前にいる相手を頭ごなしに否定し、話の中に出てくる会ったこともない彼女の上司やらの肩をもつ。
そんなことをするものだから彼女は怒ってしまい、カネダに焼酎を思い切り浴びせて帰ってしまった。
「ははは。あれくらいのオンナはヒスでいけない。もしかして今日アレかな?」
カネダ氏はずぶ濡れになりながらデリカシーに欠けることを言って笑っているので私も流石に腹が立った。
「どうしてあんなことを言ったんです?彼女に対して失礼じゃないですか」
するとカネダは、まったく分からないという顔をするのである。
「どうして?いや、だってあの子、言ってることが子供過ぎるでしょ。社会人なんだから、世間一般ではもっと厳しいところもありますよ」
「だからって、初対面でいきなりあんな否定しなくても」
「否定じゃなくて人助けですよ。間違った考え方をしてたから正しく導いてあげようとしたんです」
カネダの顔は真面目だった。皮肉でも冗談でもない。まったく心底からの本音だったのだ。
「何故そんなことをするんですか」
私は意を決して聞いてみた。カネダは張り付いた様な以前と同じ生暖かい表情で言った。
「やあ、何故ってアナタ。そりゃあ私がしたいからですよ」
その日私は、独善という名の生き物を見た。
終
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