ロクデナシ短編集

三文士

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ケチの助ケチ五郎

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 ケチの助ケチ五郎というあだ名の人がいる。

 元々は双子の様にそっくりな兄弟で兄がケチの助、弟がケチ五郎と呼ばれていたそうだ。

 しかしある時、博打で作った借金から逃げるため、弟のケチ五郎が行方をくらました。ケチのくせに博打をするなんてとんでもねえ野郎だとみんな口を揃えて彼を罵ったが、結局ケチ五郎の方は見つからなかった。噂では東南アジアの奥地に逃げたとか、その筋に東京湾に沈められたとか。

 とにかくケチ五郎がいなくなって、兄のケチの助だけになったがどうもケチの助というと悪口めいていていけない。ケチの助ケチ五郎という方が洒落がきいていていいだろうということで、兄を称して「ケチの助ケチ五郎」という名前になった。

 そんなケチの助ケチ五郎さんが空き地の一角を勝手に整備して、骨董屋をはじめた。木材とトタンであばら屋を建てて、勝手に商売をはじめてしまったらしい。屋号は「枯れ野」である。

 私も何度か足を運んでみたが、枯れ野は骨董屋というよりもゴミ屋に近かった。何しろそこら辺から拾ってきた物を修理もせず並べているだけなので骨董屋とは名ばかりの泥棒市場であった。

「この土地の地主は文句を言いませんか?」

 と私が訊ねると

「さあ、そんなことは知りませんね」

 と店主は言うのである。このご時世に他人様の土地で商売をしておいてこれであるから、なかなかの豪胆さだ。

 初めて訪れた時、何も買わず帰るのも気まずかったのでひと通り商品を眺めてみた。

 やたらと派手なスカーフがあって薄汚れてはいたがえらく目立っていたので手に取って聞いてみた。

「これはどこか有名なブランドのものですか」

 するとケチの助ケチ五郎さんは

「知りませんな。けどそうかもしれません」

 というのだ。

「知りませんて、どこから仕入れたのです?」

 と聞くと

「それは近所のババアのスカーフです」

 という。

「どんなババアです?金持ちですか?」

 と聞くと

「いえ貧乏なババアです。いつも酔って家の前で寝てるんです。この間もゲロを吐きながら寝てましてね。スカーフがゲロまみれだったので洗濯してやったら私にくれたんですよ」

「なるほど」

 ババアのゲロまみれのスカーフ。買いたいとは思わないが、滅多に売っていない代物ではあると思った。

 私は隣にあった古い天狗のお面に手を伸ばした。元は朱色であったのだろうが長い年月により茶色くなっている。

「これは年代物ですね。どこで仕入れたんですか?」

 と聞くと

「それは去年亡くなったゲイバー『菊正宗』のママの遺品です」

 と言うのである。

「ああ、あのママの。何か思い入れのあるものなんですか?」

 と聞くと

「さあ。よく知りませんが、一度あの店に入った時にたまたま誰も客がいなくて。で、あのママがその天狗の鼻に接吻をしていたのを見ました」

「接吻ですか?」

「そうです。それはもう、濃厚でねっとりとした接吻でした」

 と事もなげに言うのである。

「どうしてそれを貰ったんですか?」

 と聞くと

「タダで貰える物が他に何もなかったので」

 と言うのである。

 これも欲しいとは思わなかったが滅多に売っていない代物だと思った。

 最後に出入り口付近に吊るしてあった巾着に目がいった。シミだらけですえた臭いがした。

「これはまた使い込んでこんありますね」

 と聞くと

「それはいなくなった弟のものです」

 という。

 手に取ると中に何か入っている。巾着を開けようとするとケチの助ケチ五郎さんは手で制した。

「開けるなら買ってください。中身も含めた品物です」

 絶対ロクでもないと分かっていながら、人間は一度気になると好奇心に囚われてしまう。

「じゃあいくらなんです?」

 と聞くと少し悩んでから

「じゃあ一万円」

「いやいくら何でも高すぎる」

「じゃあ五千円」

「それもちょっと……」

 というと痺れを切らして

「じゃあ千円だ。これ以上は負けられません。弟の形見なんですから」

 弟の形見を千円で売り払うのもどうかと思うが、とにかくそれで買うことにした。

 枯れ野からの帰り道に巾着を眺めながら「勢いでロクでもないものを買ってしまったな」と思いながらふと立ち止まって巾着を開けてみた。

 中には鼻をかんだあとティッシュとガスの切れたライター、そして小銭が少し入っていた。

 後日、ケチの助ケチ五郎さんに中身を聞かれたので小銭に入っていたことを伝えると

「そうなると千円で売ったのに小銭分代金が浮いてしまう。それは返してくれ」

 と大真面目な顔でいうのだ。

 なるほどコレは間違いなくケチの助ケチ五郎であるとひどく納得したものである。

 終
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