煙十朗奇譚

三文士

文字の大きさ
3 / 23

烏の濡れ羽編 その3

しおりを挟む
「お戯れを!ご主人様、お客様におやめくださるよう言ってください」

 狼狽する天音。主人も同様である。

「先生、どうしました!?」

 しかし当の煙十朗はのんびりとしたもので、身体をくねらせ手を振り解こうとする天音をニヤニヤと睨め付けている。

「ご主人。一連の怪異の正体が分かったよ」

「なんと!?もうですか!?」

「ああともさ」

「それは一体」

 息を飲む主人と天音。煙十朗は彼の持つ火に顔を近づけて煙草に火を点けた。

「彼さ。この美少年が怪異だ」

「ふえ?」

 これには両者とも驚いた顔をしたが、天音の方は即座にこれを否定した。

「お客様。いい加減なことを仰らないでください。僕が怪異ですって?なにを根拠にそんなことを」

「根拠などない。お前からは臭いがする。妖怪どもと同じ臭いがする。それだけさ」

 これに天音が不自然なくらい大きな声で高笑いをし始めた。

「ご主人様。お聞きなさいましたか?こちらの方は誰の紹介か存じませんが、よっぽどペテン師だ!詐欺師だ!」

「……ううむ。先生。それだけではどうも……」

 流石の主人もこれには怪訝な顔をした。

「信用できないかい。この霧ケ峰煙十朗が」

「いや……その……」

「そうなるとご主人。アナタは紹介した人間のことも信用していないということになるが……」

「とんでもない!全面的に信用しております!絶対です!」

「けっこう」

 煙十朗は天音の目を見つめながら淡々と語り出す。

「さて、天音くん。キミを怪異だと言ったが正確にはそうでない。キミは、人間である」

「じゃあなんだってんですか!」

 天音が、二重の意味で頬紅潮させている。恥じらいと、憤りがその顔色の中に燃え上がっている。

「まあ落ち着けよ、お天ちゃん。しかし、怒った顔も悪くない」

「お天……ちゃん!?僕は男子だ!馬鹿にして!」

 天音はなおも手を振り解こうとするが煙十朗の束縛はびくともしない。

「おやおや。見かけよりじゃじゃ馬だね。力も強い。尋常の男なら逃げられているなあ。しかしこの霧ケ峰煙十朗はそう甘くない。さて、先も言ったがキミは人間だ。しかし、怪異と濃密に繋がっている」

「くぅ……」

「天音!?」

 主人が青ざめながら後退りする。天音は美しい顔を歪ませて彼を睨みつける。

「逃げるな!大雑把業平おおざっぱなりひら!貴様の首を獲る為に僕は今の今まで我慢してきたのだ!」

「我慢?」

「そんな!天音!」

 天音の我慢という言葉に煙十朗は引っかかったようだった。

「そうだ。このペテン師の言う通りだ。僕が一連の怪異を呼び寄せた。全ては大雑把業平。貴様を殺すため」


「おーおー。ご説明ありがとう。殺し屋さん」

「嘘だ……あんなに愛し合っていたじゃないか」

「それが嘘だ!誰が貴様のような好色なひひ爺いを!」

「おーおー。いいねえいいねえ。見えてきた見えてきた」

 煙十朗だけが二人との温度に差がある。高騰する二人と、一定を保つ煙十朗。奇妙である。

「ずっと、ずっと我慢してきたのだ。気の弱い貴様が、怪異に疲弊することを。心が弱くなればいとも簡単に殺せる」

「はー。しち面倒くさい。そんなことせずパッと殺してさっと逃げればいいだろうに」

「先生!?」

 大雑把業平は情けないことに顔を恐怖で歪め膝をわなわなと震えさせている。身動きのとれない華奢な少年とて、自分の命を狙っていると聞けば恐ろしくて身動きができなくなる。彼という人間はそれほど小心者なのだ。

「それをやらんのは出来なかったんだろう。お天ちゃん。キミは殺しの玄人ではない。ずぶの素人もいいところだ。ペラペラとよく喋るし。ついでに教えておくれ。誰に雇われた」

「それは言えない!僕だって殺し屋の端くれだ!雇い主は明かさない!」

「やはり誰かに雇われたのか」

「は!」

「なんと!」

 天音は露骨に「しまった」という顔を浮かべてしまい、それを見た煙十朗はなおも顔をニヤけさすのであった。

「おおかた、ご主人が邪魔な奴がいて、それが雇ったどこぞの下っ端に、更にはした金で雇われたんだろう。下請けの下請け。末端もいいとこだ。ご主人、言っておきますが彼を締め上げても雇い主は分からないと思うよ。それで、この美少年をどうするね?殺すかい?逃すかい?」

 殺す、という言葉に主人の大雑把業平は大層驚いた。

「そんな!先生!殺すだなんて!とてもとても」

「じゃあ逃すかい?ひょっとするとまたアンタを殺しに来るかもしれないよ?」

「それは困る!」

 そんなやりとりを黙って聞いているような天音ではなかった。

「いい加減にするんだね。もう僕だって我慢の限界だ。ペテン野郎め。まずはお前から始末してやる」

 そう、言うやいなや。烏森天抓音の顔がだんだんと変化していくのだった。

 ギチギチ

 みちみち
 
 美しい顔がみるみる歪んでいき、鋭いクチバシと強付いた羽毛に覆われた。

 続
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...