ひよっこホステスと異世界から来た皇帝

狩野真奈美

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貧乏人の困りごと

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お金がないのは困ったもんだ。放課後の教室で思わず深いため息を吐く。
「どしたー?お前T大受かっといてそのため息は何だよ」
「深田には貧乏人の困りごとは分からないわよ」
隣の席で赤本を広げて頭を抱えていた同級生がこちらを見ていた。緩いパーマのかかった茶髪に緩い笑顔がトレードマークのクラスのムードメーカーである。男子生徒であるが、誰にでも分け隔てなく優しく、親切にされた女子からよく告られている。茉莉花が生理痛で困っていた時も鎮痛剤をくれた。茉莉花が惚れることはなかったが、いい子であるとは思う。
「へーへー、俺は金持ちのボンボンですが残念ながら頭の出来がよろしくないので後期試験に向けて必死こいてんだよ。何だよ、前期でT大法学部受かったやつが。呪うぞ」
と口を尖らせているが、本気で怒っているわけではないのは目元の優しさで伝わる。
「お金がなくてそのT大蹴ろうかこっちは悩んでるのよ。ランクは落ちるけど特待生の方にするしかないかなって」
「あー、ね」
うーん、と深田が悩んでいる。
「なんか割のいいバイトないか父親に聞いてもいいんだけど水商売にならざるをえないんだよなあ」
そう、深田の家はクラブやキャバクラの経営を主にしている。
「私じゃ無理よねえ」
思わずもう一度ため息を吐く。
「いや、余裕でいけるんだけど、さすがに連れをそんな世界に巻き込むのはちょっとっていう俺の良心の呵責だけ」
「あはは、あんたそんなんで跡継ぎなれるの?」
「俺、次男だしぃ。ま、見た目も中身もお前なら出来ない仕事じゃないし、もっと自信持てば?なんなら読者モデルとかなってみれば?」
「そんな派手な業界向いてないわよ。さ、そろそろバイト行かないと。聞いてくれてありがとうねー」
手を振って教室を出る。「気をつけてなー」と緩い笑顔で深田が見送ってくれる。
さてと、バイトに行かないと。今は早朝の介護施設のバイトと夕方からのコンビニで何とか稼いでいる。
質素倹約に勤しんだ生活であるがなかなか厳しい。
一旦家に帰り、デニムとポロシャツに着替えて自転車でコンビニまで駆けて行く。
今日のシフトは倉林と一緒である。基本的に倉林と一緒に入る時はオーナーがいてくれる。大学生の倉林はチャラい外見通り中身もチャラく、勤務中延々と茉莉花を口説いてくる。こちらから何も言わなかったが察したオーナーは2人きりにならないようにしてくれる。元総会屋の西さんの紹介で勤めているので、この配慮はその辺りの圧力かもしれない。
飲み屋街の近くのコンビニなので客層もよろしくはないが、高校入学から勤めて3年、それなりに仕事にも慣れている。勿論、倉林と酔っぱらいのあしらいにも。
品出しをしていると案の定、酔っぱらいがやってきた。
「おお、べっぴんな姉ちゃんおるやん。これからおっちゃんと呑みに行こうや。ええもん食べさせてやるでー」
「あははー、ありがとうございます。お気持ちだけ頂いておきます」
茉莉花のお尻を触ろうとした手をそっと握り相手の胸元に返す。最後にきゅっと手を握ってニッコリ笑顔で断る。
「えー、ちゃんと見たらほんまべっぴんさんやん。ええやん、おっちゃんにちょっと夢見させてやー」
「お家帰って布団の中で見てくださいねー」
「まあええわ。また来るわー」
「ありがとうございます」
ニッコリ見送ると酔っぱらいはビールとおつまみを買って去っていった。
「大丈夫?茉莉花ちゃん」
すかさずお会計を終えた倉林が寄ってくる。
名前で呼ぶな。距離が近い。
下がれ下郎!!と叫びたくなる気持ちを抑えて「大丈夫です。慣れてますんで」とそっけなくいい下がって距離を取る。
「それより倉林さん。レジお願いします」
金髪を綺麗に巻いたこれからご出勤らしきキャバ嬢さんが来ている。倉林は大喜びで尻尾を振ってレジに向かう。
やれやれである。
22時まであと2時間の勤務であるが帰りたい。帰っても誰もいない。昔のように暖かい灯りのついた部屋で家族が待っているわけでもない。それを思うと寂しいが酔っぱらいと倉林の波状攻撃に晒されていると帰りたいと強く思う。
そんなことを考えながら今度はお弁当の賞味期限のチェックをしていると
「…凛音?」
鈴の転がるような声がした。
思わず振り向くと着物姿の色っぽい妙齢の女性であった。結構歳を重ねていると思うのだが、全く年齢が読めない。これはレジを打つ時に年代別に打ち込むのだが困るなあと思っていると女性はもう一度言った。
「凛音?…あらやだそんなわけないのに」
どうやら私が話しかけられているらしい。そして凛音という名前には相当な聞き覚えがあった。
「凛音は、母がホステスだった頃の源氏名と聞いてますがお知り合いですか?」
そう、母はホステスだったのだ。お客様だった父と大恋愛をして結婚している。そのせいで父方の親戚からは爪弾きにされていたが全く気にしていなかった。いつでも背筋を伸ばしてにこやかに対応していた母を思い出す。
「ええ、私は凛音と同じお店にいたのよ。まあまあ、あなたそっくりね。いい女の子がここのコンビニにいるっていう話を聞いたから様子見に来たのだけれど、凛音の娘なら納得だわ」
女性は綺麗に、でも温かみのある眼差しで笑った。癒される笑顔だった。
「あらやだ私ったら名乗りもせずに」
女性は白魚のような手から名刺を差し出す。
「そこの通りでカサブランカってお店をやってるの。百合子よ。何か困ったことがあったらいつでも来てちょうだい。凛音にもよろしく伝えておいて」
名刺を受け取りながら伝えるべきことは伝えておく。
「母は四年前に交通事故で亡くなりました」
「あら…」
百合子さんの顔が悲しみに染まる。
「お父様は?確か梅村さん…だったかしら」
「はい、父と母と兄もいたのですが三人とも一緒に交通事故で」
「…大変だったわね」
百合子さんは労るように私の髪を撫でた。
「何か困ったことがあったら本当にいつでもお店に来てちょうだい。お名前は?」
「茉莉花です」
「茉莉花ちゃん。そう、あの子いつもジャスミンの香りを漂わせていたものね」
「そうなんですか?」
それは初めて知った。母は香水などもあまり使わず着飾ることも少なく落ち着いたイメージしかなかった。
「そうよ。あのジャスミンの香りに酔った男が山ほどいたわ」
最後に、私の手をそっと握り「いつでもお店に来てね」と言うと百合子さんは去っていった。そこには百合の残り香が。
「憧れてたのかな」。母は百合子さんに。何となくそんな気がした。

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