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第3幕 どうして頭から離れないの...?

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「零?どこだ?どこにいる?」

   珠羅はそう言って辺りを見渡す。

   しかし、零どころか誰もいない。

「零...?一体どこへ行ったんだ...?まさか...」

   すぐに珠羅の頭ががあきらかにこれしかない、という状況が出てきた。

「誘拐...!?」

ーーーー安直だった。

    珠羅は沸き立つ怒りを逃がすように拳を強く握り、厨房の机を叩く。

    今まで珠羅は妃を娶ろうとはしなかった。

    だから王宮内でも、我が娘を妃に、そして国を操る...と企む者がいたのだろう。

    そこへ急に零が入って来たため今回の誘拐を決行させ、零を亡きものにしようとしているのだ。

    珠羅は下へとうつ向く。

「いくら、後宮だからといって誘拐されるとは考えてもいなかった...女性1人誘拐から守れないなんて...」

ーーーー私は...なんと愚かなんだ...

    しかし、ここで待っていても零は帰って来ないだろう。

「追いかけるか。」

    次に珠羅が顔をあげた時には目に心配という色は消え、絶対に助けるという決意の色に変わっていた。

    ◆   ◆   ◆

    零は厨房の棚の中からカップを取り出す。

「あんな優しい表情を見せられたら、帰るに帰れないわ...」

    零は珠羅が来る前にあらかじめ沸かしておいた紅茶をカップに注ぐ。

   そして町の噂とはとても無縁な珠羅を思い出す。

『君は...私と一緒にいるのは嫌か...?』

    あの時の少し困った顔とその声音を思い出し、せっかくおさまりかけた頬が、またボワッと熱を帯びる。

「あれは...どういう意味だったのかしら...」

    すると、後ろで物音がした。ーーーー珠羅だろうか。彼が遅くて怒っているのではないだろうか、そう思うと後ろを振り返るのをためらう。

「陛下です...か!?」

   しかし零は、勇気を振り絞り振り返ろうとしたその時、手拭いで鼻と口を押さえられ、目を見開く。

「!?...!!」

   喋ろうとするが、体はどんどん重くなる。恐らくこの手拭いに染み込ませた薬品のせいだろう。

「大人しくしろ!」

    そう男の野太い声を聞いて零の意識はそこで途切れた。

    ◆    ◆    ◆

ーーーーここ...は?

    辺りを見渡すと、無造作に置かれた大道具や、壺、布の束などが視界に入り、概ね倉庫だと予想する。

    そして手を伸ばそうとして自分は縄で手足を縛られて自由がきかないということを悟る。

(ここはどこ?しかも、手も足も縛られてる...怖い。)

    そしてこの時に真っ先に思い浮かんだのは珠羅だった。

    あの美しい髪、顔、声音。ついこの前まで恐ろしかったのに頭の中には彼がずっといる。

「陛下...」

と零がポツリと呟いた時、

「お妃様はようやくお目覚めですかな?」

と、意識を失う前に最後に耳にした野太い男の声がきこえてきた。

「あ、貴方は...?」

    そこに居たのは左目に片眼鏡をかけた50代位の中年の男だった。

     少し白髪の混じった髪に白い無精髭をはやし、顎に手を添えながらニヤリと笑っている。

「あの国王は愚かだ。早く辞めて頂きたいものだな。大人しく我が娘を娶っていれば良かったものを、こんな町娘を娶るとは...先代と何ら変わりも無いではないか。」

(先代...?)

    零にはあまり男が何を言っているのかが理解出来なかった。

    しかし、わかったことが1つあり、零は男から目を逸らさずに答える。

「陛下は...愚かではありません!!私を気遣って優しく接してくれる、素晴らしい人です!!」

    自分も滑稽なものだ、と零は心の中で笑う。ついさっきまであんなにも恐ろしかった珠羅が零を気遣って優しく話しかけてくれただけでこんなにも彼を思ってしまうとは。

「クックック、その台詞を聞くと国王はさぞ喜ぶだろうな。」

    そして男は懐から短剣を取り出して叫ぶ。

「まあ、肝心の妃は居なくなるがなァ!!」

    男が短剣を高く振り上げる。

(刺される...!!助けて...陛下...!)

    そう思い零はぎゅっと目を瞑る。しかし、いつまで経っても短剣は零には届いてこない。

「そうだな、喜ぶだろうな。私なら。」

ーーーーどこかで聞いた事のある優しい声。

    ゆっくりと目を見開くとそこには珠羅が男の手首を押さえていた。

「へ、陛下!!」

「き、貴様...!!どうしてここが!?」

    男は苦虫を噛み潰したような顔をして嗚咽をもらし、珠羅は、

「さあ、どうしてだろうな?」

と不敵に微笑む。







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