拝啓、継母様。私は貴女に捨てられましたが、冷徹で有名な領主様と幸せに暮らします。

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第1章

第3幕 記憶の断片

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「大丈夫⋯⋯ですか?」

 恐る恐る近づき、肩を軽く叩くと微かに返事があった。
 どうやら生きているようだ。
 とりあえず琴音は近くの大木まで運び、男を木の幹のよりかける。

 こんな時はどうすれば良いのだろうか。

 そう考えていると男の口元が僅かに動くのが見えた。
 琴音は全神経を集中して聞き取る。
 どうやら水が欲しいらしい。

「あ!わ、私、汲んできます!」

とは言ったものの、何に水を汲もうか。
 流石に手で汲んで飲んでくれ、というのはいささか失礼だろう。
 琴音はそう考えるとふと小脇に抱えた籠が目に入る。

「ちょっと待っててください⋯⋯!」

 琴音は茸を1度全て捨て、軽く川の水で籠をすすぐと、中に水を溜める。

「こ、こんなものですみませんが⋯⋯」

 籠を男に手渡すと、男は軽く会釈をして静かに、水を喉へと流し込む。

「あ、あとこれも⋯⋯」

 琴音はさらに残しておいた握り飯を手渡すと、男は珍しいものでも見るように琴音の顔を覗き込むと、仏頂面のまま口を開く。

「⋯⋯何故ここまで私に手を尽くす?何が狙いだ」

 琴音にはこの言葉の真意は汲み取ることが出来なかったが、何か誤解をされているのだという事は薄々勘づいた。

「どういう意味かは分かりませんが⋯⋯困っている人を助けるに理由も何もありません」

 しっかりと男に目を合わせ、柔らかく笑みを浮かべ、自分の本心を偽らずに口に出す。
 すると、男のナイフの様に鋭い目の中に優しい灯火が一瞬見え、口元が微かに緩む。

 男は琴音の言葉には何も反応を示さなかったが、ただ、「礼を言う」とだけ呟くと握り飯を口の中へと放り込み、また水を飲む。

「⋯⋯助かった。私の名前は、東条とうじょう しんと言う。お前の名前は?」
「私の名前は、秋山 琴音です。もう大丈夫ですか?」

 一応琴音は彼の全体の風貌を流れるように確認するが、それらしく目立った外傷は無いようだ。

ーーそれにしても。

 それにしても、この男。実に恐ろしい男である。

 整った顔立ちといい、見た目の男性的な凛々しさの中に、どこか女性的な儚さと、しおらしさが入り交じっており、女性よりも女性的で、例え同性だったとしても見惚れてしまうだろう。

「⋯⋯何か私に付いているのか?」

 ここでハッと我に返る。

 興味深く眺めすぎた。こう言われるということは、よっぽどおかしな表情をしていたのだろう。

「い、いえ!何も!」

 一気に恥ずかしさに見舞われる。数秒前の自分を呪いたい。

「そうか⋯⋯では、私はそろそろ帰らね⋯⋯ば」

 そう言って真は立ち上がるが、まだ完全に体力が戻っていないのか、足がもつれて膝から崩れ落ちる。

ーードサ。

 真が倒れ、土煙が巻き起こる。

 この土の上に重いものが落ちる生々しい音が、辺りの心地の良い音を掻き消し、幼い頃の琴音の記憶を断片的に蘇らせる。

 激しい息切れに、嫌な感じの汗がダラダラと流れ、意識が朦朧もうろうとしてくる。

ーー母の顔、父の背中、それに手を伸ばす自分の腕、継母の笑み。

 まるで映画のワンシーンを見ているかの様に情景がコロコロ変わる。

 そして遂には、琴音もその場で膝から倒れてしまった。

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