その香り。その瞳。

京 みやこ

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(1)SIDE:奏太

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 僕がオメガと診断されたことは家族と診療所の先生しか知らない。村のみんなは、これまでと何一つ変わりなく接してくれている。
 しかし、オメガだと知る家族は、少し変わってしまった。

 幸か不幸か、これまで以上に過保護になってしまったのである。

 学校にいる間はともかく、家にいると、それこそおはようからおやすみまで、誰かしたら僕の面倒を見たがった。
 僕の第二次特性は確かにオメガだけど、別にこれまでと同じく生活ができるのに。
「奏太、お風呂でちゃんと温まったか?」
「肌に優しいボディソープ、使い心地はどう?」
「お前はすぐに湯冷めするから、ちゃんとパジャマを着るんだぞ」
「足を冷やさないように、靴下も穿いておけ」
「ああ、もう。まだ、髪が濡れてるじゃない」
「私がドライヤーで乾かしてあげるわ」
 夕食後。お風呂から出てくると、父、母、兄二人、姉二人が、ワラワラと僕のところにやってきて、あれこれと世話を焼きはじめる。
 一葉先生から僕がオメガだと聞かされた瞬間、自分が仲間外れになったような気がした。
 ところが、両親も兄姉も、むしろ僕がオメガであることを喜んでくれた。
『奏太とそのお嫁さんの間にできた子供も可愛いだろうけど、奏太自身が産んだ子どもなら、もっと可愛いはずだ』
 そんなおかしな価値観に、どれほど救われただろうか。



 高校三年となり、いくらのんびり屋の僕でも、進路のことを考えると焦り始めた。
「おい、奏太。暗い顔だな、どうした?」
 放課後、ボンヤリと窓の外を眺めていると、同じ高校に進学した幼馴染みが声をかけてくる。
 僕は幼馴染みにニコリと笑いかけた。
「ん? 進路のことだよ。大学に行きたいなって考えているんだ」
 それを聞いて、幼馴染みは苦虫を噛み砕いたような表情になる。
「うへぇ、まだ勉強する気かよ。俺なんて、高校の勉強だけで、もうたくさんだ」
 そういう幼馴染みは、卒業後は家業の農業を継ぐことに決めたそうだ。腕力と体力に自信がある彼ならば、立派にこなしていけるだろう。
 だけど、オメガである僕は腕力と体力に自信がない。おまけに、身長は百六十二センチで止まったまま。
 モヤモヤとした気持ちを笑顔で隠し、僕は教室を後にした。

 進路のことは家族に相談するべきだと思うけれど、僕は診療所に向かった。
 ちょうど往診から帰ってきた一葉先生と顔を合わせる。
「やぁ、奏太君。おかえり」
「あの……。ちょっと、話を聞いてもらえますか?」
 先生は切れ長の目を細め、「どうぞ」と中に入る様に促してくれる。
「それで、なんの相談かな?」
 診察所の奥にある居住スペースに通され、向かいのソファに座った先生が尋ねてきた。
「僕、東京の大学に行きたいんです。そこで、色々研究したいことがあって」
 僕の言葉を聞いた先生は、なんとも言えない表情になる。
「脅かすわけじゃないんだが……」
 そう前置きをして、先生は話し始めた。
 東京の大学に進学すれば、思う存分、研究ができる。その分野では、それなりに名の通った大学なのだ。
 だが、オメガである僕にとっては、危険と隣り合わせの場所でもあるという。
 発情期を迎えたオメガは、その体からアルファやベータを誘う香りを放つ。それには抗いがたい誘力があり、時に、やすやすと彼らを狂わせるという。
 しかも彼らは、無理やりにオメガを抱いたからといって、責任と取るとは考えられないそうだ。むしろ「わざわざ相手をしてやったんだ」と言わんばかりの態度。
 東京に住んでいた先生の話だから、嘘ではないと分かる。
「もちろん、誰もが君のフェロモンに誘われるわけでもないし、乱暴されると決まったことでもない。だけどね、可能性がないわけじゃないんだよ」
 その話を聞いて、ちょっとだけ寒気がした。
 のんびり屋で、さほど体の大きくない僕が、無理やりに抱かれてしまったら。ましてや、使い捨ての人形のように、打ち捨てられてしまったら……
 考えるだけで、内臓が引き絞られるように苦しい。
 僕の表情に気付いた先生が、向かい側から手を伸ばしてソッと頭を撫でてくれた。
「奏太君が勉強したいっていう気持ちは、尊重してあげたいんだ。かなり頑張ってもらわないといけないんだがな」
 先生が口にした大学の名前は、僕が希望していた大学よりもランクが上だ。
 できることなら、僕はその大学に進みたいと考えていた。だけど自分の成績を考えると合格圏内ではなかったため、受験することすら諦めていた大学だった。
「そこなら、君が研究したい分野の専門家もいる。それに、私の弟が、そこで校医をしているんだよ。オメガである君の助けになってくれるように、よく頼んでおくから」
 ありがたい話だが、僕は困ってしまう。今から必死に勉強すれば大丈夫かもしれないが、それはあくまでも「かもしれない」である。
 僕は眉毛を下げたまま、膝の上に乗せた拳をじっと見つめる。
 そして、おもむろに顔を上げて口を開いた。
「その大学を目指します! 僕、頑張ります!」
 こんなにきっぱりと言い放ったのは、生まれて初めてかもしれない。



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