その香り。その瞳。

京 みやこ

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(156)SIDE:奏太

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 斗輝の丁寧なお世話もあって、美味しい朝食を存分に楽しむことができた。

 彼は僕に食べさせる合間にタイミングよく自分の口にピラフやポタージュを運び、僕よりもモリモリと食べていた。

 だけど、ちっとも粗雑な感じはなく、スプーンの動き一つ取ってみても、すごく優雅だった。

 そんな斗輝の様子を間近で見ていた僕は、改めて彼のかっこよさに惚れ惚れしているのである。

 今は彼が淹れてくれた甘めのレモンティーを飲ませてもらいながら、相変わらずフニャリと頬を緩ませていた。

「ずっと奏太が笑っているところを見ると、満足のいく朝食だったみたいだな」

 斗輝は片手で僕の髪を撫で、形のいい目を細める。

 僕は彼を見つめ返しながら、コクンと頷いた。

「はい、本当に美味しかったです。でも、僕が笑っているのは、他にも理由があるんですよ」

「なんだ? まさか、俺の口元が汚れているとか?」

 彼は僕の髪を撫でていた手を移動させ、ローテーブルの端に置かれていたティッシュペーパーを一枚引き抜いた。

 そして、慌てて口元の左端を拭い始める。

 その様子に、僕は思わずクスッと笑ってしまった。

「え? まだ汚れているのか?」

 そう呟いた彼は、すぐさま口元の右端を拭う。

「奏太、これで大丈夫か?」

 不安そうに僕の顔を覗き込んでくる斗輝の態度に、悪いと思いつつも、僕はプフッと噴き出してしまった。

 すると、彼の眉がちょこっと下がる。

「どうして、笑っているんだ? もしかして、ちっとも綺麗になっていない? それとも、違うところが汚れている?」

 いっそう慌てて顔中をティッシュペーパーで拭い始めた彼の手を、僕はソッと握り締めた。

「大丈夫ですよ。もともと、汚れていませんし」

 握った手を放した僕は、彼の手からレモンティーが入っているカップを取り上げ、ローテーブルに置いた。

 次いで、彼のことをギュウッと抱き締める。

「僕が笑っていたもう一つの理由ですけど、斗輝のことをかっこいいと思っていたからです。どんなしぐさでも、それこそ、ポタージュを飲むだけでもかっこいいなって」

 照れくさいけれど、ここは正直に答えるべきだと、鈍くさい僕でも分かっていた。

 包み隠すことなく伝えると、彼の顔が穏やかなものになる。



 とはいえ、まだ完全な笑顔ではない。



 斗輝は不安が残っている表情のまま、僕に問い掛けてきた。

「なら、噴き出したのは、どういうことだ? それこそ、俺がどこかおかしかったからじゃないのか?」

 やや沈んだ声を出す彼のことを、僕はさらに強く抱き締める。

「それも、違います。ほんの少し前まで見惚れるほどかっこよかったのに、その斗輝が慌てて口元を拭っているのが、めちゃくちゃ可愛く見えたからですよ。ギャップ萌えですね」

 僕の言葉に安堵したのか、彼がゆっくりと息を吐いた。

「そうだったのか……。可愛い自分の姿はまったく想像できないが、奏太が喜んでくれたのならよかった」

「普段の斗輝は冷静で、常にキリッとしていて、いかにもアルファという感じですからね。そんな斗輝のことを可愛いって言う人は、きっといないですよ」

 彼のご両親や年上の親族なら、斗輝がいくつになっても可愛い存在かもしれないけれど、他の人たちから見たら――それこそ、大学の人たちは――、可愛いという言葉は出てこないだろう。

「僕だけが知っている斗輝の姿ですね」

 優越感に浸ってフニャリと頬を緩ませたら、今度は僕が彼に強く抱き締められる。

「たしかに、こんな俺のことを可愛いというのは、奏太だけだな」

 その口調は柔らかいけれど、どこか拗ねたような色も感じた。

「あの……、もしかして、嫌でした?」

 人々の上に立つべき存在である彼には、やっぱり可愛いという言葉は禁句だっただろうか。

 オズオズと尋ねたら、斗輝は苦笑を零す。 

「まぁ、手放しでは喜べないと言ったところか。奏太には、いつだってかっこいい思われたいからな」

「心配しなくても、斗輝は基本的にかっこいいです。ただ、ごくたまに、それこそ、僕の前でだけは、可愛い斗輝がちょこっと顔を出すだけですって」

 僕の言葉に、彼は苦笑を深めた。

「そんな俺が、奏太のご家族の前で出てこないといいんだが……。こんな情けない男に、大事な息子は任せられないと言われたら、俺はいったいどうしたらいいんだ?」

 冗談を言っているみたいに聞こえるけれど、彼の瞳は結構真剣だ。本気で心配しているらしい。



――こういうところも、すごく可愛い。



 僕は心の中でこっそり呟く。

 この分だと、一緒に暮らすことによって、可愛い斗輝をたくさん見ることができそうだ。

 そう考えるだけで、なんだかワクワクする。

 僕はこれからの生活に、新たな楽しみを見出した。



 ただ、ここでうまくフォローをしておかないと、斗輝は常に自分に厳しくして、可愛い部分を見せてくれなくなりそうだ。 

 それでは、『僕だけの斗輝』を見ることができなくなってしまう。



――恥ずかしいけど、しょうがないかな。



 僕は密かにしょげている彼の唇に、自分の唇をソッと押し付ける。

 軽いキスだったものの、斗輝の機嫌を上向きにさせる効果はあったようだ。

 下がっていた眉尻が、元に近い位置に戻る。



 でも、まだ足りない。



 僕はもう一回彼にキスをして、ニッコリと笑いかけた。

「そんな心配は、必要ないですよ。だって、清水先輩たちの前でも、斗輝はずっとかっこよかったですし。きっと、僕と二人きりだから、斗輝の気が緩んでいるんですね」

 僕としては、彼を元気づけるために精一杯の言葉を掛けたのだが、なぜか、彼の表情は晴れない。

「斗輝?」

 名前を呼ぶと、彼が短く息を吐いた。

「気が緩むというのは、よくないことだな。最愛の奏太がどんな時でも心穏やかに過ごせるように、俺はいつだってしっかりしていないといけないのだが……」

 気落ちした声で呟く彼の唇に、僕はまたしてもキスをする。

「どうして、よくないことだと捉えてしまうんですか? 僕の前だからこそ、リラックスしているんですよね。僕は、そういう斗輝の姿が見られて嬉しいんですよ」

「だが……」

 それでも浮かない表情の彼を、僕はチロリと睨んだ。

「じゃあ、僕も斗輝と同じようにします」

「同じ、とは?」

 首を傾げる彼を、僕はいっそう強く睨む。

「斗輝の前では、絶対に気を抜きません。わがままも二度と言いませんし、ほんのちょっとだって甘えたりしません」

 きっぱりと言い切ったら、彼の目がギョッと見開かれた。

「それは、駄目だ」

「じゃあ、斗輝もたまには気を抜いてくれますか?」

 黒曜石を思わせる瞳をジッと見つめたら、斗輝がヒョイと肩をすくめる。

「分かった。奏太は、俺の扱いが上手くなったな」

 そう言って、彼は大きな手で僕の髪を優しく撫でた。

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