その香り。その瞳。

京 みやこ

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(164)SIDE:奏太

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 マンションの下に用意されていたのは、黒塗りの車だった。

 よくある自家用車よりも、車体が少し長い気がする。いかにも、お金持ちの人が乗る車という感じだ。



――もっと普通の車だと思っていたんだけどなぁ。



 この手の車では、かえって悪目立ちしてしまうのではないかと心配してしまう。

 だけど、清水先輩がこの車を用意したのだから、安全面や機能面で意味があることなのだろう。

 車に近付いていったら、運転席から男の人が下りてきた。

 その人に見覚えがあり、思わず、「あれ?」と、僕は声を上げてしまう。

 そんな僕に、その人が綺麗なお辞儀をしてきた。

「おはようございます、奏太様」

 あいさつをしてくれたのは、僕と斗輝がショッピングモールで買い物した際に護衛に当たってくれた深沢さんである。



――澤泉家専属警備隊の副隊長を務めている人が、どうしてここに?



 不思議に思いつつ、僕も頭を下げた。

「おはようございます。この前は、ありがとうございました」

 あいさつとお礼を伝えたら、深沢さんがフワリと目元を緩めた。

 いかにも「強そうなボディーガード」という風貌の深沢さんだけど、笑うと一気に優しい雰囲気になる。

「とんでもございません。お出かけの際には、いつでもお供いたしますので、どうぞ遠慮なくお申し付けください」

 様を付けて呼ばれることも、立派な大人に丁寧な口調で話しかけられることも、どうしたって慣れない。



 僕はほんの一週間前まで、地方の田舎から出てきたただの大学一年生だったのだ。

 斗輝は『いずれ慣れるだろうから、あまり気にするな』と言ってくれるものの、やっぱり慣れる自信がない。



 とはいえ、わざわざこのように言ってくれる深沢さんに返事をしないのは失礼だから、僕はドギマギしながら口を開く。

「深沢さんが付いていてくださると、すごく安心します。えっと……、これからも、よろしくお願いします」

 改めて頭を下げると、「相変わらず、可愛らしい方ですね」という言葉が、頭の上に降ってきた。

「斗輝様の隣に立たれることで、ご自身がどれほどの影響力をお持ちになるのか、まだご理解されていないようで。その点に少々不安を覚えますが、そこが奏太様のいいところなのでしょう」

 僕の至らない部分を指摘している内容だけど、深沢さんの声はすごく穏やかで優しかった。

 顔を上げた僕の視界に、静かに微笑んでいる強面の顔が映る。

 その表情は、僕のことをこれっぽっちも馬鹿にしている様子はなく、むしろ心配しているようにさえ思えた。

 パチリと瞬きをする僕の頭に、斗輝の右手が乗る。

「とりあえず、車に乗ろうか」

「は、はい」

 僕がコクンと頷き返したら、深沢さんが後部座席のドアを開けてくれた。

 小さく頭を下げつつ、「ありがとうございます」とお礼を言って、車に乗り込む。

 僕に続いて斗輝が乗り、助手席には清水先輩が座る。

「では、行きましょうか」

 運転席に座った深沢さんがハンドルを握ると、車は静かに走り出した。







 どうやら、警備隊の人は運転も上手いようだ。

 カーブも、一時停止からの発進も、すごく滑らかである。

 密かに感動していると、斗輝が話しかけてきた。

「今日は奏太が発情期後に初めて大学に行く日だからな。万が一の事態に備えて、深沢に送迎を頼んだ。ああ、大学構内の奏太の護衛は、深沢ではない者を付けるから」

 それを聞いて、心の中でちょっと安心した。

 深沢さんは怖い顔をしていてもすごく優しい人だと分かっているし、何年も澤泉家で働いている優秀な人だけど、大学一年生の僕と一緒に行動するには、色々と違和感があるだろう。

 もし僕と講義を受けるとなったら、周りの学生たちが戸惑うに違いない。

 そんな僕の心の内を読み取ったのか、斗輝が苦笑を浮かべた。

「あの大学は、申請すると護衛官も大学構内に入ることが可能だ。清水のように、俺と同じ学年で同じ講義を受ける者がいたなら、奏太のそばに置いたんだが。残念ながら、奏太の護衛を任せられるほど、腕が立つ学生はいなくてな。それで、警備隊の中から一番若い者を、奏太に付ける」

「そうなんですね」

 僕は相槌を打つ。

 清水先輩は斗輝の右腕となるべくして小さい頃からそういった教育を受けているから、斗輝と同じ学校に進んできた。

 だけど僕が都内の大学に入ることを斗輝には予想できなかったので、僕に合わせて同じ年の護衛官を入学させることはできなかった。

 そもそも、僕が斗輝と出逢ったのは入学後なので、それはどうしようもないことである。



――できるだけ、歳が近いほうがありがたいんだけど。



 ただ、僕と同じ年齢の人は難しいかもしれない。

 アルファである斗輝は体格に恵まれていて、護身術も身に着けている。

 それに比べて、オメガの僕はひ弱だし、自分の身を守る術すべは、走って逃げることくらいだ。

 つまり、僕の身の安全を図れるくらい、経験を積んだ人でないと駄目ということになる。

 澤泉家の警備隊は、若い人だと二十歳前後で入隊するそうだ。

 それから実戦経験を積み、さらなる体作りをして、ということは、確実に僕よりも年上の人が担当者になるのだろう。

 どんな人が僕を守ってくれるのかと気になっていたら、斗輝が僕を安心させるかのようにやわらかく微笑んだ。

「奏太に付く者は、先月二十四歳になった浅見という男性だ。大学は社会人入学制度もあるから、そのくらいの年齢の学生なら他にもいる。あまり違和感なく、周りに溶け込むだろう」

 思っていたよりも年齢差がないので、浅見さんとうまくやっていけるかもしれない。

 担当者の年齢を聞いて、僕はあからさまに安堵の息を零した。
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