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(16)その……、愛されてるなって……
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ビクトリオが紅茶を持って戻ってきても、シリルはまだ寝ぼけたままだった。
そんなシリルに、エディフェルドが好き放題している。
「あぁ、シリル、可愛い……」
甘い声で囁く掛け、シリルの顔中に口付けの雨を降らせていた。
すると、シリルはやや不満そうに呟く。
「ルド……、お腹空いた……。パン……」
目の前には美味しそうなパンがあるが、ミノムシ状態のシリルには手が届かない。
しかも、世話をしてくれるはずのエディフェルドは、食べさせるよりも口づけに余念がなかった。
「僕との口付けもいいものでしょ?」
そう言って、エディフェルドがシリルの鼻先に唇でソッと触れる。
そこに、ドンという音が割って入った。
戻ってきたビクトリオが、勉強机を拳で叩いたのだ。
「いつ、戻ってきたの? まったく気付かなかったよ」
ニコッと笑うエディフェルドに、ビクトリオが呆れた顔を向ける。
「嘘つけ。エディフェルドが人の気配に気付かないはずがないだろ」
「そんなこと、ないよ。今はシリルへの口付けに夢中だったから」
改めてニコッと笑うエディフェルドの様子に、ビクトリオは盛大なため息を零した。
「はいはい、そーですか、そーですか。昨日までは、あんなに切羽詰まった顔をしていたくせに、今はだらしなくニヤニヤしやがって……」
ボヤキながらも紅茶の用意をするビクトリオに、「当たり前だよ」とエディフェルドが返す。
「八年間、ずっと思い続けたシリルと恋人になったんだ。嬉しくて嬉しくて、顔が緩みっぱなしにもなるよ」
「はいはい、そーですか、そーですか。ほら、紅茶だ」
なんだかんだと面倒見がいいビクトリオは、蜂蜜を混ぜて解かした紅茶を注いだカップを差し出す。
「ありがとう」
笑顔で受け取るエディフェルドに、「口移しで飲ませるのはやめろよ」と、ジト目で釘を刺した。
「分かってる、そんなことはしないって」
「……どうだか」
低い声でビクトリオが呟くと、エディフェルドが「だって」と口にする。
「そんなことをしたら、止まらなくなりそうだし。朝食そっちのけで、シリルを押し倒すことになるよ」
ニコニコと笑っているエディフェルドを見て、ビクトリオが再度盛大なため息を零したのだった。
腹が減ったとシリルが泣きそうな顔で訴えてきたので、エディフェルドは今度こそ素直に食べさせる。
シリルの口元にパンを差し出し、一口齧ったのを確認すると、そのパンをエディフェルドも齧る。
スープが入っているカップを慎重に傾けてシリルに飲ませたあとは、そのカップにエディフェルドも口を付けた。
果物も同様に、シリルに差し出したものをエディフェルドも齧っている。
ビクトリオが指示を受けて用意した朝食は、きちんと二人前だ。スープのカップも二つ用意してある。
それを分かっていながらも、エディフェルドはこのように給仕しているのだ。
まぶたが半分閉じているシリルは、どうやらビクトリオの存在に気付いていないらしい。
もし気付いていたとしたら、エディフェルドの好き勝手にはさせないだろう。
八年間もシリルを見守ってきたビクトリオは、彼が恥ずかしがり屋であることも知っている。
――無防備なシリルは、初めてだ。
さすがに家の中までは覗くことをしなかったので、気を抜いているシリルの姿をビクトリオが目にすることはなかった。
エディフェルドが言うように、守ってあげたい可愛らしさがある。
だが、そこに恋愛感情はない。友人として、手を貸してやりたいという感情だ。
ふいに、エディフェルドが声をかける。
「シリルは僕の恋人だからね」
すかさず放たれた言葉にビクトリオは驚きもせず、ヒョイと肩をすくめた。
「心配しなくても、俺はそういう感情をシリルには持っていない。だが、友達にはなりたいかな」
そう言って、すでに食事を終えたビクトリオが静かに寝台へと歩み寄る。
すると、パチパチと瞬きをしたシリルが、ビクトリオを見上げた。
存在には気付いたものの、まだシリルの思考回路は完全に動いているわけではない。
ぼんやりしているシリルに、ビクトリオが話しかける。
「エディフェルドのことは、『ルド』と呼んでいるのか。じゃあ、俺のことは『リオ』と呼んでくれ」
今までは不用意に近付くことを許可されていなかったが、もういいだろうということで、ビクトリオがシリルに提案した。
ソッと首を傾げたシリルが、ポツリと呟く。
「……リオ?」
次の瞬間、ビクトリオが「ぐ、うぅ……」と低い声で呻いた。
それというのも、エディフェルドの右ひじがビクトリオの左わき腹にめり込んでいるのだ。
「いきなり、なにを……」
わき腹を手で押さえて片膝をつくビクトリオを尻目に、エディフェルドがシリルの額に自身の唇を押し当てた。
「ねぇ、シリル。彼のこと、『リオ』と呼ぶ必要はないからね」
状況が呑み込めないシリルは、ひたすら瞬きを繰り返すばかりだ。
「……おい。俺と俺の家族が、これまでお前にさんざん協力してきたこと、忘れたわけじゃないだろうな?」
痛みに顔を歪めながらビクトリオが口を開くと、エディフェルドは形のいい目をユルリと細める。
「それについては、感謝しているよ。おかげでシリルに悪い虫がつかなかったし、危ない目に遭わせることもなかったしね。でも、それとこれとは別だから」
ビクトリオはシレッと言ってのけるエディフェルドを軽く睨み付けるが、その程度で怯む主ではない。
それどころか、ビクトリオをいっさい相手にせず、キョトンとしているシリルに向かって「可愛い、大好き」と甘い声で囁いている。
「はいはい、分かりましたよ。まったく、俺の主はとんだ曲者だな」
苦笑を零しつつ、ビクトリオがゆっくりと立ち上がる。
その様子を、シリルが目で追っていた。
視線に気付いたビクトリオが、苦笑を深めてシリルに問いかける。
「なぁ、エディフェルドがずっとシリルのことを追いかけていたこと、知っているんだろ?」
まだ寝ぼけ眼ではあるが、少しは思考回路が動き出したようで、シリルはゆっくりと口を開く。
「ええと……、そんな話はチラッとされたけど……」
「それを聞いて、どう思った?」
改めて問いかけられ、シリルは僅かに視線を泳がせた。
「その……、愛されてるなって……」
眠気の前には、羞恥心が薄れるらしい。普段のシリルなら、絶対にこのようなことは口にしないものだ。
それを聞いて、エディフェルドがシリルを強く抱き締める。
「シリル! ああ、僕は幸せだ!」
ほんの少し恥ずかしそうにしているシリルだが、困ったように笑うだけでエディフェルドの腕の中から逃げ出す素振りは見せなかった。
そんな二人を見て、ビクトリオがフッと口角を上げる。
「あー、これはマズい。こんな可愛いことを言われたら、誰だってシリルを自分のモノにしたくなるだろうな」
その言葉に、エディフェルドが深く頷いた。
「そうでしょ、そうでしょ。シリルは本当に可愛いんだからね。でも、可愛いだけじゃなくて、かっこいいんだからね」
恋人を誇らしげに自慢するエディフェルドに、ビクトリオは「盗られるなよ」と告げる。
すると、エディフェルドの目がさらに細くなった。
「もちろん。……というよりも、そういう人を事前にどうにかするのが、ビクトリオの役目でしょ」
そう囁くエディフェルドの目は、『命さえ取らなかったら、相手になにをしてもいい』と言っている。
「たしかに、そうだったな」
ビクトリオはニヤリと片頬を上げ、『ホント、俺の主は曲者だ』と心の中で呟いたのだった。
そんなシリルに、エディフェルドが好き放題している。
「あぁ、シリル、可愛い……」
甘い声で囁く掛け、シリルの顔中に口付けの雨を降らせていた。
すると、シリルはやや不満そうに呟く。
「ルド……、お腹空いた……。パン……」
目の前には美味しそうなパンがあるが、ミノムシ状態のシリルには手が届かない。
しかも、世話をしてくれるはずのエディフェルドは、食べさせるよりも口づけに余念がなかった。
「僕との口付けもいいものでしょ?」
そう言って、エディフェルドがシリルの鼻先に唇でソッと触れる。
そこに、ドンという音が割って入った。
戻ってきたビクトリオが、勉強机を拳で叩いたのだ。
「いつ、戻ってきたの? まったく気付かなかったよ」
ニコッと笑うエディフェルドに、ビクトリオが呆れた顔を向ける。
「嘘つけ。エディフェルドが人の気配に気付かないはずがないだろ」
「そんなこと、ないよ。今はシリルへの口付けに夢中だったから」
改めてニコッと笑うエディフェルドの様子に、ビクトリオは盛大なため息を零した。
「はいはい、そーですか、そーですか。昨日までは、あんなに切羽詰まった顔をしていたくせに、今はだらしなくニヤニヤしやがって……」
ボヤキながらも紅茶の用意をするビクトリオに、「当たり前だよ」とエディフェルドが返す。
「八年間、ずっと思い続けたシリルと恋人になったんだ。嬉しくて嬉しくて、顔が緩みっぱなしにもなるよ」
「はいはい、そーですか、そーですか。ほら、紅茶だ」
なんだかんだと面倒見がいいビクトリオは、蜂蜜を混ぜて解かした紅茶を注いだカップを差し出す。
「ありがとう」
笑顔で受け取るエディフェルドに、「口移しで飲ませるのはやめろよ」と、ジト目で釘を刺した。
「分かってる、そんなことはしないって」
「……どうだか」
低い声でビクトリオが呟くと、エディフェルドが「だって」と口にする。
「そんなことをしたら、止まらなくなりそうだし。朝食そっちのけで、シリルを押し倒すことになるよ」
ニコニコと笑っているエディフェルドを見て、ビクトリオが再度盛大なため息を零したのだった。
腹が減ったとシリルが泣きそうな顔で訴えてきたので、エディフェルドは今度こそ素直に食べさせる。
シリルの口元にパンを差し出し、一口齧ったのを確認すると、そのパンをエディフェルドも齧る。
スープが入っているカップを慎重に傾けてシリルに飲ませたあとは、そのカップにエディフェルドも口を付けた。
果物も同様に、シリルに差し出したものをエディフェルドも齧っている。
ビクトリオが指示を受けて用意した朝食は、きちんと二人前だ。スープのカップも二つ用意してある。
それを分かっていながらも、エディフェルドはこのように給仕しているのだ。
まぶたが半分閉じているシリルは、どうやらビクトリオの存在に気付いていないらしい。
もし気付いていたとしたら、エディフェルドの好き勝手にはさせないだろう。
八年間もシリルを見守ってきたビクトリオは、彼が恥ずかしがり屋であることも知っている。
――無防備なシリルは、初めてだ。
さすがに家の中までは覗くことをしなかったので、気を抜いているシリルの姿をビクトリオが目にすることはなかった。
エディフェルドが言うように、守ってあげたい可愛らしさがある。
だが、そこに恋愛感情はない。友人として、手を貸してやりたいという感情だ。
ふいに、エディフェルドが声をかける。
「シリルは僕の恋人だからね」
すかさず放たれた言葉にビクトリオは驚きもせず、ヒョイと肩をすくめた。
「心配しなくても、俺はそういう感情をシリルには持っていない。だが、友達にはなりたいかな」
そう言って、すでに食事を終えたビクトリオが静かに寝台へと歩み寄る。
すると、パチパチと瞬きをしたシリルが、ビクトリオを見上げた。
存在には気付いたものの、まだシリルの思考回路は完全に動いているわけではない。
ぼんやりしているシリルに、ビクトリオが話しかける。
「エディフェルドのことは、『ルド』と呼んでいるのか。じゃあ、俺のことは『リオ』と呼んでくれ」
今までは不用意に近付くことを許可されていなかったが、もういいだろうということで、ビクトリオがシリルに提案した。
ソッと首を傾げたシリルが、ポツリと呟く。
「……リオ?」
次の瞬間、ビクトリオが「ぐ、うぅ……」と低い声で呻いた。
それというのも、エディフェルドの右ひじがビクトリオの左わき腹にめり込んでいるのだ。
「いきなり、なにを……」
わき腹を手で押さえて片膝をつくビクトリオを尻目に、エディフェルドがシリルの額に自身の唇を押し当てた。
「ねぇ、シリル。彼のこと、『リオ』と呼ぶ必要はないからね」
状況が呑み込めないシリルは、ひたすら瞬きを繰り返すばかりだ。
「……おい。俺と俺の家族が、これまでお前にさんざん協力してきたこと、忘れたわけじゃないだろうな?」
痛みに顔を歪めながらビクトリオが口を開くと、エディフェルドは形のいい目をユルリと細める。
「それについては、感謝しているよ。おかげでシリルに悪い虫がつかなかったし、危ない目に遭わせることもなかったしね。でも、それとこれとは別だから」
ビクトリオはシレッと言ってのけるエディフェルドを軽く睨み付けるが、その程度で怯む主ではない。
それどころか、ビクトリオをいっさい相手にせず、キョトンとしているシリルに向かって「可愛い、大好き」と甘い声で囁いている。
「はいはい、分かりましたよ。まったく、俺の主はとんだ曲者だな」
苦笑を零しつつ、ビクトリオがゆっくりと立ち上がる。
その様子を、シリルが目で追っていた。
視線に気付いたビクトリオが、苦笑を深めてシリルに問いかける。
「なぁ、エディフェルドがずっとシリルのことを追いかけていたこと、知っているんだろ?」
まだ寝ぼけ眼ではあるが、少しは思考回路が動き出したようで、シリルはゆっくりと口を開く。
「ええと……、そんな話はチラッとされたけど……」
「それを聞いて、どう思った?」
改めて問いかけられ、シリルは僅かに視線を泳がせた。
「その……、愛されてるなって……」
眠気の前には、羞恥心が薄れるらしい。普段のシリルなら、絶対にこのようなことは口にしないものだ。
それを聞いて、エディフェルドがシリルを強く抱き締める。
「シリル! ああ、僕は幸せだ!」
ほんの少し恥ずかしそうにしているシリルだが、困ったように笑うだけでエディフェルドの腕の中から逃げ出す素振りは見せなかった。
そんな二人を見て、ビクトリオがフッと口角を上げる。
「あー、これはマズい。こんな可愛いことを言われたら、誰だってシリルを自分のモノにしたくなるだろうな」
その言葉に、エディフェルドが深く頷いた。
「そうでしょ、そうでしょ。シリルは本当に可愛いんだからね。でも、可愛いだけじゃなくて、かっこいいんだからね」
恋人を誇らしげに自慢するエディフェルドに、ビクトリオは「盗られるなよ」と告げる。
すると、エディフェルドの目がさらに細くなった。
「もちろん。……というよりも、そういう人を事前にどうにかするのが、ビクトリオの役目でしょ」
そう囁くエディフェルドの目は、『命さえ取らなかったら、相手になにをしてもいい』と言っている。
「たしかに、そうだったな」
ビクトリオはニヤリと片頬を上げ、『ホント、俺の主は曲者だ』と心の中で呟いたのだった。
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