5 / 11
五
しおりを挟む「美琴、大丈夫じゃろうな?」
「あの二人に任せとけば大丈夫やろ。美琴だって、我慢しとったのを吐き出せてスッキリしたやろうし」
ひとまず落ち着いた美琴を満月と日向に任せ、俺と無月、出雲は再び墓場に足を運ぶことにした。綺麗に掃除はされてしまっただろうが何か手がかりが残っているかもしれないと出雲が言い出したからだ。最初は躊躇ったが、真琴や美琴と約束のためだと自身に言い聞かせた。
「‥‥‥志摩」
案を出して以降黙りを決め込んでいた出雲が墓場が見え出した頃申し訳程度の声で俺を呼んだ。珍しく何か言いづらそうな顔だ。
「ん?どうした、出雲」
「‥‥‥美琴はいい。でも、お前は本当にそれでよかったのか?」
彼女の言葉の意味。それは俺が松前邸を去る前に言った言葉のことだろう。
『いいか、美琴。自分の身や立場が危うくなったら必ず俺の紋を出すんや。全責任は俺がとる。いいな?』
俺自身にはまるで力はない。
たが、今、《うたかた》の名と俺の家には権力がある。美琴に手を出そうものなら《うたかた》も、志摩家も、それに助力する家もすべてが敵になると言う脅し文句だ。力も未熟な俺にある美琴を守れる秘密兵器と言うところだ。
出雲は以前俺がそんな権力など望まないと言ったのを思い出したのだろう。
「ああ、俺はあんな子に酷な決断をさせた。それなのに俺自身がいつまでも逃げるわけにはいかんやろ?いい加減当主として腹括らなあかんなって思っとったところやし」
勿論、名だけの権力など望まない。だが、今、自分自身を主と認めなくてはこの事件はきっと解決しない。逃げてばかりではもう何も始まらないのだ。
「余計な心配かけたな。ありがとう、出雲」
「べ、別にお前がそれで言いと言うなら私は協力するだけだ」
少し照れた表情を浮かべながら背を向けて、出雲は先頭を歩き始めた。
ドオォォッ―――――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
しかし、その足はすぐに止まり再び振り返った。それは、今起きていることなどまるで夢だと言うように長閑な《倭家》の空気を震わせた轟音と女の悲鳴。
「なんじゃ、今の‥‥」
「二時の方角だ。行くぞ!」
俺達は踵を返し、走り出した。
二時の参列目、今朝通った道を辿った先。奥州家は半壊状態だった。土が掘り返され、無残に荒らされた庭にいたのは、華奢な肩を血に染め、踞る恵の姿だった。荒い呼吸を繰返すたびにどくどくと血が溢れる。生きてはいるが重傷だ。
「恵おばさん!」
「恵さん!」
同時に叫び、出雲が恵を抱き起こす。無月が慌てて再び踵を返し、時計の中心、診療所へと走った。生憎ここは奥州家の力の関係で携帯の類が繋がらない区域なのだ。
「おばさん、どうした!誰にやられた?」
息も絶え絶えな恵は、必死に首を横にぶんぶん振った。ジャケットを放り、脱いだシャツで止血を施す。刃物のような鋭いもので裂かれた傷はかなり深い。腕が繋がっているだけでも奇跡に近いかもしれない。時々呼吸に混ざって痛みに呻く声だが発された。
「おばさん!恵おばさん。しっかりしろ。もうすぐ無月が瑠璃姉ちゃん連れてくるから」
血が止まらない。焦った俺は縛ったシャツを引き、更に締める。動悸が激しくなるのがわかった。だが、今ここで俺は倒れてはいけない。
「恵!」
その時、縁側から叫ぶような声をあげたのは、奥州家当主 奥州一。一もまた、額に傷を追っている。家を半壊にまでした力によって彼も被害にあっていたのだ。しかし、一は、自らの傷をもろともせず裸足で庭に飛び降り、出雲を突飛ばして半ば奪うように恵の肩を抱いた。
「恵、どうした?恵っ!‥‥貴様っ」
一の鷹のような鋭い目付きがこちらへと向けられる。怒りと焦りと興奮で血走った目は獲物を狙うそれだ。思わず怖じ気づき一歩引いた。
「待て、私達は恵さんの悲鳴を聞いて駆けつけただけだ。今、無月が瑠璃を呼びに行っている」
「お前が、お前がいるから!《倭家》にこんなことが起きるんだ!」
出雲の声など聞く耳持たず、一は俺の胸倉を掴んで捲し立てた。
お前さえいなかったら、と。非情な言葉。だが、これが《倭家》の人間の大半が示す反応だった。自分が《うたかた》となってから何度も聞いた言葉のはずなのに、俺の心は何度でも貫かれたように痛むのだ。
「お前が消えればいい!お前だけが不幸になればいいんだ。俺達を巻き込むな!」
「ちょっと、なにやってるのよ!」
一の怒声に被せるように息を切らした瑠璃の声が響いた。後ろには無月も続いている。
胸倉を掴んでいた手が緩む。一瞬合った目は鋭いまま恵を見下ろしていた。瑠璃は、恵を抱いた一を半ば強引に引き剥がし、シャツをほどき手当てを始めた。
「‥‥‥ここじゃこれくらいしかできないわ。聖斗、恵さんを診療所へお願いできる?」
「ああ、わかった。‥‥一さんは」
膝をつき、うつ向いたままの一に一瞥くれた瑠璃は、首を縦に振った。彼自身の傷は大したことないようで暫くそっとしておいてやろうと言う意味なのだろう。虫の息の妻の姿を見て誰が冷静でいれようか。
「おい、志摩。お前もとっとと立たんか」
無月はそっぽ向いたまま尻餅をついた俺に右手を伸ばす。どこから聞いていたのか。無月なりに気を使ってくれているようだ。
「ああ。‥‥瑠璃姉ちゃん」
「何?」
「恵おばさんと、一さんを頼む」
瑠璃は黙って頷き、恵を抱え診療所に向かった出雲に続いた。俺と無月はそれを見届けたあと、奥州家の広い敷地ををぐるりと一周。犯人の痕跡を探したが手がかりが見つからなかったため、葬儀の準備を進めているであろう美琴の元へ一旦戻ることにした。
「無差別やと思うか?」
道中、珍しく口喧嘩もなく終始無言の空気に耐えられなくなったのか、無月が唐突に切り出した。
「さあ、どうやろうな。奥州家と松前家に共通点はない。それに、二人は恨まれるような人間じゃないのはお前もよくわかっとるやろ。動機はわからんけど無差別の可能性も捨てられやん」
無差別だとしたら今こうしている間にも誰かが襲われるかもしれない。俺は、言い様のない不安にかられた。もし、俺を慕う大切な人に何かあったら‥‥‥。
巻き戻される凄惨な過去の映像を必死に止める。
もう自分の無力を嘆きたくはない。あの時とは違う。俺は幼いだけの子供じゃない。
「志摩っ!」
決意を表す握りしめた拳が無月の声でびくりと開いた。
「しっかりせぇ。お前は主‥‥。頼みの綱なんじゃ」
思いもしなかった言葉にさっきまで頭のなかをぐるぐると巡っていった不安が吐く息のようにすうと消えていった。目を反らした無月に笑う。
「‥‥‥そうやな。せめて主らしくしとらなあかんな」
そんな話をしていれば松前家は目の前。
人の出入りが激しくなっていることに気づき、あの幼い少女の年以上に据わった決意を改めて実感した。
0
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる