うたかた

雀野

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「美琴、大丈夫じゃろうな?」
「あの二人に任せとけば大丈夫やろ。美琴だって、我慢しとったのを吐き出せてスッキリしたやろうし」
ひとまず落ち着いた美琴を満月と日向に任せ、俺と無月、出雲は再び墓場に足を運ぶことにした。綺麗に掃除はされてしまっただろうが何か手がかりが残っているかもしれないと出雲が言い出したからだ。最初は躊躇ったが、真琴や美琴と約束のためだと自身に言い聞かせた。
「‥‥‥志摩」 
案を出して以降黙りを決め込んでいた出雲が墓場が見え出した頃申し訳程度の声で俺を呼んだ。珍しく何か言いづらそうな顔だ。
「ん?どうした、出雲」
「‥‥‥美琴はいい。でも、お前は本当にそれでよかったのか?」
彼女の言葉の意味。それは俺が松前邸を去る前に言った言葉のことだろう。

『いいか、美琴。自分の身や立場が危うくなったら必ず俺の紋を出すんや。全責任は俺がとる。いいな?』 

俺自身にはまるで力はない。
たが、今、《うたかた》の名と俺の家には権力がある。美琴に手を出そうものなら《うたかた》も、志摩家も、それに助力する家もすべてが敵になると言う脅し文句だ。力も未熟な俺にある美琴を守れる秘密兵器と言うところだ。
出雲は以前俺がそんな権力など望まないと言ったのを思い出したのだろう。
「ああ、俺はあんな子に酷な決断をさせた。それなのに俺自身がいつまでも逃げるわけにはいかんやろ?いい加減当主として腹括らなあかんなって思っとったところやし」
勿論、名だけの権力など望まない。だが、今、自分自身を主と認めなくてはこの事件はきっと解決しない。逃げてばかりではもう何も始まらないのだ。
「余計な心配かけたな。ありがとう、出雲」
「べ、別にお前がそれで言いと言うなら私は協力するだけだ」
少し照れた表情を浮かべながら背を向けて、出雲は先頭を歩き始めた。

ドオォォッ―――――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

しかし、その足はすぐに止まり再び振り返った。それは、今起きていることなどまるで夢だと言うように長閑な《倭家》の空気を震わせた轟音と女の悲鳴。
「なんじゃ、今の‥‥」
「二時の方角だ。行くぞ!」
俺達は踵を返し、走り出した。

二時の参列目、今朝通った道を辿った先。奥州家は半壊状態だった。土が掘り返され、無残に荒らされた庭にいたのは、華奢な肩を血に染め、踞る恵の姿だった。荒い呼吸を繰返すたびにどくどくと血が溢れる。生きてはいるが重傷だ。
「恵おばさん!」
「恵さん!」
同時に叫び、出雲が恵を抱き起こす。無月が慌てて再び踵を返し、時計の中心、診療所へと走った。生憎ここは奥州家の力の関係で携帯の類が繋がらない区域なのだ。
「おばさん、どうした!誰にやられた?」
息も絶え絶えな恵は、必死に首を横にぶんぶん振った。ジャケットを放り、脱いだシャツで止血を施す。刃物のような鋭いもので裂かれた傷はかなり深い。腕が繋がっているだけでも奇跡に近いかもしれない。時々呼吸に混ざって痛みに呻く声だが発された。
「おばさん!恵おばさん。しっかりしろ。もうすぐ無月が瑠璃姉ちゃん連れてくるから」
血が止まらない。焦った俺は縛ったシャツを引き、更に締める。動悸が激しくなるのがわかった。だが、今ここで俺は倒れてはいけない。
「恵!」
その時、縁側から叫ぶような声をあげたのは、奥州家当主 奥州一。一もまた、額に傷を追っている。家を半壊にまでした力によって彼も被害にあっていたのだ。しかし、一は、自らの傷をもろともせず裸足で庭に飛び降り、出雲を突飛ばして半ば奪うように恵の肩を抱いた。
「恵、どうした?恵っ!‥‥貴様っ」
一の鷹のような鋭い目付きがこちらへと向けられる。怒りと焦りと興奮で血走った目は獲物を狙うそれだ。思わず怖じ気づき一歩引いた。
「待て、私達は恵さんの悲鳴を聞いて駆けつけただけだ。今、無月が瑠璃を呼びに行っている」
「お前が、お前がいるから!《倭家》にこんなことが起きるんだ!」
出雲の声など聞く耳持たず、一は俺の胸倉を掴んで捲し立てた。
お前さえいなかったら、と。非情な言葉。だが、これが《倭家》の人間の大半が示す反応だった。自分が《うたかた》となってから何度も聞いた言葉のはずなのに、俺の心は何度でも貫かれたように痛むのだ。
「お前が消えればいい!お前だけが不幸になればいいんだ。俺達を巻き込むな!」
「ちょっと、なにやってるのよ!」
一の怒声に被せるように息を切らした瑠璃の声が響いた。後ろには無月も続いている。
胸倉を掴んでいた手が緩む。一瞬合った目は鋭いまま恵を見下ろしていた。瑠璃は、恵を抱いた一を半ば強引に引き剥がし、シャツをほどき手当てを始めた。
「‥‥‥ここじゃこれくらいしかできないわ。聖斗、恵さんを診療所へお願いできる?」
「ああ、わかった。‥‥一さんは」
膝をつき、うつ向いたままの一に一瞥くれた瑠璃は、首を縦に振った。彼自身の傷は大したことないようで暫くそっとしておいてやろうと言う意味なのだろう。虫の息の妻の姿を見て誰が冷静でいれようか。
「おい、志摩。お前もとっとと立たんか」
無月はそっぽ向いたまま尻餅をついた俺に右手を伸ばす。どこから聞いていたのか。無月なりに気を使ってくれているようだ。
「ああ。‥‥瑠璃姉ちゃん」
「何?」
「恵おばさんと、一さんを頼む」
瑠璃は黙って頷き、恵を抱え診療所に向かった出雲に続いた。俺と無月はそれを見届けたあと、奥州家の広い敷地ををぐるりと一周。犯人の痕跡を探したが手がかりが見つからなかったため、葬儀の準備を進めているであろう美琴の元へ一旦戻ることにした。

「無差別やと思うか?」
道中、珍しく口喧嘩もなく終始無言の空気に耐えられなくなったのか、無月が唐突に切り出した。
「さあ、どうやろうな。奥州家と松前家に共通点はない。それに、二人は恨まれるような人間じゃないのはお前もよくわかっとるやろ。動機はわからんけど無差別の可能性も捨てられやん」
無差別だとしたら今こうしている間にも誰かが襲われるかもしれない。俺は、言い様のない不安にかられた。もし、俺を慕う大切な人に何かあったら‥‥‥。
巻き戻される凄惨な過去の映像を必死に止める。
もう自分の無力を嘆きたくはない。あの時とは違う。俺は幼いだけの子供じゃない。
「志摩っ!」
決意を表す握りしめた拳が無月の声でびくりと開いた。
「しっかりせぇ。お前は主‥‥。頼みの綱なんじゃ」
思いもしなかった言葉にさっきまで頭のなかをぐるぐると巡っていった不安が吐く息のようにすうと消えていった。目を反らした無月に笑う。
「‥‥‥そうやな。せめて主らしくしとらなあかんな」
そんな話をしていれば松前家は目の前。
人の出入りが激しくなっていることに気づき、あの幼い少女の年以上に据わった決意を改めて実感した。

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